やってみないと分からない

 自分が怪盗忍者からブルーム試作1号機を守る。そう宣言したさくに、りっは遊びの予定を決める時のように答えた。



「31日。うん、その日なら空いてるよ♪」


「集合、何時? 早いほうがいいわよね」


「え?」



 さくは戸惑った。一緒に来てほしいなどと頼んでいない、ただ自分の決意を伝えただけで。どう答えたものか思案していると、2人が不穏なオーラを発した。



「リッカくん、まさか1人で行く気?」


「だとしたら今度こそ怒るわよ?」


「あ、いや……」



 正直なところ、ただ自分が行くと決めただけで『1人で行くか/複数人で行くか』ということまで頭が回っていなかった。だが自分の願いに他者を巻きこむ発想は自分にはない。


 なので誰もなにも言いださなければ1人で行っていたはずで、それこそが『1人で抱えこんだ』『水臭い』態度ということか。さっき叱られたばかりだ。



「一緒に行こうか」


「うん♡」「トーゼン!」


「いや、ちょっと待て‼」



 常磐ときわがまとまりかけた話を制止した。



「行ってどうする気だ! できることなんてないぞ⁉」



 それはまだ考えていない。


 さくは考えながら答えた。



「……怪盗忍者が予告状を出したら必ず警察が警備に当たって、そこにはパトアークも配置されるはずだから。お願いしてそれに乗せてもらって、怪盗忍者をやっつける……とか?」


「乗せてもらえるわけないだろ!」


「いや、まぁ僕もそれはそう思うけど。ダメ元で試してみることさえせず1号機が盗まれるのを黙って見てるなんてできないよ」



 そこにりっが同調した。



「そうだよ、いわながくん。最初から無理って決めつけてたらなにも成せない。無理かどうかはやってみないと分からないよ? ……これ、創作物フィクションでよく聞く台詞だね」


ゆき……俺はむしろ、万が一その無理が通ってしまった場合のほうが心配だ。怪盗忍者と戦えば死ぬかも知れないんだぞ」



 がパタパタ手を振った。



「負けても死にゃしないわよ。怪盗忍者、不殺主義者だし」


……泥棒の善性をアテにするな。それに、本当に奴らが誰も死なせない主義者だとしても、まだ誰も死んでいないだけで今後、誤って死なせる可能性はある。戦闘ともなれば」


「うっ」



 常磐ときわは以前はのことを【つきかげ】と名字で呼んでいたが、彼女と付きあっているという噂を本当らしく見せるために今では【】と下の名前で呼んでいる。


 のほうも以前は【いわなが】と名字で呼んでいたが、今は【常磐ときわ】と下の名前で呼んでいる。


 常磐ときわはそれこそ本当の恋人を心配しているように真剣だった。偽彼女で本当は女友達の、同じく女友達のりっ、幼馴染で親友のさく、3人ともを心配してくれている。


 さくは気が引きしまった。



「ありがとう。確かに、認識が甘かったと思う。トキワが言ってくれたから気づけた。肝に銘じて、戦うよ」


「戦うな! お前のロボットに乗って戦いたい気持ちは分かる、しかし本当に戦うのは駄目だ。リスクを軽視していないか? 『自分は死ぬわけない』と」


「そんな楽観はできないよ」



 ゲームアーカディアンで『やられたら死ぬ』と自己暗示をかけて、死にたくないと必死にプレイして、それでも何度もやられた。


 人間、死ぬ時は死ぬものだ。


 それは昔より痛感している。



「人はどうせ、いつか死ぬ。なら僕はロボットに乗って戦って、操縦室コクピットで死にたい。もちろん、できる限り生きたいけど。それはロボットで戦い続けながらの話だ」


「怖く、ないのか?」


「……怖くない、わけじゃないんだ。VR感覚でショック死する危険を知った時、怖かった。でもそれ以上に、アーカディアンを辞めさせられるかもってほうが怖かった」


「それがキツイのは、分かるが」


「2年前だって、何度も死ぬかと思って本当に怖かった。なのに『もうこりごりだ』って思えてない。またあの戦場に戻りたいと思ってる……どうかしてるよね」


「リッカ……」


「そう、分かってても……僕のVR感覚は実機に乗って戦えない現状への不満が溜まるほど強くなってるみたいなんだ」


「なに?」


「この前はロボットアニメの主人公みたいな怪盗忍者にヒロインみたく救われた屈辱で、過去最高に不満が爆発して。そしたら、初めてVR感覚で気絶までした」


「……!」


「もう限界なんだ。このままじゃVR感覚でショック死する前に発狂して死んじゃう。ロボットアニメの主人公みたいに行動できそうな場面で、そうしない人生はもう……耐えられない」


「……」



 沈黙した常磐ときわの前に、りっが進みでた。



いわながくん、分かってあげて」


ゆき……」


「わたしも魔法少女になれたら『魔法少女として戦って死ぬのは女子の本懐』って思うよ。そういうヒーローに、本気で憧れてるわたしを、いわながくんも否定しないでくれたよね?」


「アタシはそんな覚悟ないけど。友達の覚悟は尊重するわ。でも死なれちゃたまんないから、誰も死なないようサポートする……もちろん自分込みで」


……はぁ~っ、分かった」


「わぁい!」「さんきゅ、常磐ときわ!」


「ありがとう、トキワ!」



 さくもお礼を言うと、常磐ときわはこちらを振りむいた。



「俺も、あの地獄に戻りたい。今度こそは自分が実機に乗って、あの時のお前のように戦いたい。危険と分かっているのに、そう思わずにはいられない」


「トキワ……」


「俺たちは昔っから同じロボット狂だろう? 分かっていたさ、とめられないのは。だが『やってみないと分からない』だろ?」


「あはは」


「俺も行きたいが、あいにく31日は用事がある。だからリッカ、俺がいなくても必ず自分を、も、ゆきも、守りぬけ」


「分かった。誓うよ」


「ああ──ゆき。コイツを頼む」


「任せなさい! りっは同類の狂人だからアテになんないけど、アタシは真人間だから。引き際を見極めるわ」


「むー。ひどーい」



 常磐ときわが肩を震わせて笑った。


 りっも笑いあった。


 それを見ながらさくは思案した。好きな女の子を危険な場所へ連れていく、それはかなり抵抗がある。自分が行くのをやめれば済む話だが……やはり、それはできない。


 常磐ときわの言葉を噛みしめる。


 さくは首にかけたチェーンに通した、2年前の夏2人に指輪を贈った時に一緒に買った、桜の花を模した飾りのついた指輪を、ぎゅっと握った。

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