運命
眩しい太陽がアスファルトを焦がす。7月7日、梅雨は明けたか曖昧だが、少なくとも晴れた今日は、すっかり夏。
午前8時すぎ、登校時間の通学路を、小学5年生 男子2人組がよれよれのランドセルをしょって歩いていた。
「そこで目が覚めたんだ」
「クッ、うらやましい!」
2人組の片割れ、
と、近所では有名な凸凹コンビ。
よく『正反対なのに仲がいい』と言われるが、当人たちにしてみれば同じものを深く愛する者同士。その他の違いなど些細なことだ。
そう、
「俺も見たいな、ロボットに乗る夢……ところで、なぜその夢で俺は敵だったんだ。お前はそんなに俺を殺したいのか」
「んなワケないじゃん! いや夢のキャスティングの理由なんて僕にも分かんないけど。決戦相手って、よく知らない人より親友とか肉親とかのほうが盛りあがらない?」
「それは確かに」
悩みを1人で抱えこんでいると言えなくもないが、そこまで深刻な話とは思っていない。こんな悩んでもどうしようもないことでイチイチ暗くなっていたくないだけ。
それに、不満自体は親友の
「あー、現実でもロボットに乗りたーい!」
「お前はそればっかりだな。ま、同感だが」
「今朝あんな夢見たからますます乗りたくなったよ。でも現世には搭乗式ロボットがない! ロボットのある世界に生まれたかった! 今からでもトラックにはねられて──」
「いやそれラノベの話!」
主人公である現実世界出身の人間が死んで、現実とは異なる世界=異世界に生まれ変わるという導入のラノベ(ライトノベル、小説の一分類)は多い。
その主人公の現世での死因の代表格が〔トラックによる交通事故〕で、最早トラックは異世界転生の代名詞となっていた。
そして数ある異世界には、搭乗式ロボットが存在する世界もある。この世で無理なら、ロボットに乗るにはそういう世界に転生するしかない、という主旨のことを
「やめろよ⁉ 現実と虚構を混同するな、異世界なんて実在しない……とは証明できんが、まぁないだろ!」
「いや、それくらい分かってるし。冗談だよ、自殺なんかしないって。トキワには僕がそこまで馬鹿に見えてるの?」
「ああ」
「うおーい!」
などと、話していた時。
交差点で歩行者用信号が青なのを確かめていた
しかも、減速していない。車両用信号は赤なのに! まさか停止線でとまらず横断歩道を通過する気か⁉
「「危ない‼」」
もう1人の少女が、立ちつくしている。
じっと、迫りくるトラックを見ている。
「イヤァァァァ‼」
悲鳴を上げたのは……跳びのいたほうの少女だった。もう1人の少女は悲鳴を上げることもできず…………歩道に倒れ、動かなくなった。
一緒に転がった、
「怪我、ない?」
「はっ……はい」
ドキドキと、心臓が早鐘を打つ。
いつもロボットの話題でばかり騒いでいる
だが女子とこんなに密着しているというのに、このドキドキはそういう意味でのものではなかった。そんな気分になる余裕はない。
ただひたすら怖かった。
泣きだしていないのが自分でも不思議なくらいだ。あまりの恐怖に涙も引っこんだか。もうトラックにはねられて異世界転生とか、たとえ冗談でも二度と考える気にならない。
(死ぬかと思った。この子も、僕も)
あのトラックは、やはり減速しなかった。猛スピードで停止線も横断歩道も越えて、今はもう走り去ってしまっている。
この子はそのトラックに今にもはねらるところだったが、とっさに手を伸ばした
(でも……)
下手したらこの子を助けられなかったどころか、助けようとした自分まで一緒にはねられて死んでいた。
なにせこんな経験、初めてだ。
とっさに動けたのは日頃こういう場面に遭ったら『ヒーローっぽくこう動こう』とイメージトレーニングしていたからだと思うが。成功したのは運が良かっただけだろう。
「おいリッカ‼ 無事か⁉」
「うん」「はい──あれ?」
少女が
「もしかして君の名前【リッカ】?」
「ええ……あ、そっか。あなたも?」
「うん。渾名だけどね。僕は
「そうなんだ! わたし、
「そっ、そうだね」
ぱぁっ、と。それこそ花が咲いたかのような
(めちゃくちゃカワイイ⁉)
人形のように整ったあどけない顔立ちに、ぱっちりした瞳。やや気弱そうだが愛嬌のある表情。名前がお揃い、そんな些細なことを全力で喜んでいるらしい、小犬っぽいオーラ。
前髪を切りそろえた黒髪はサラサラのストレートロングで、大和撫子という言葉を思わせる。
顔も、袖なしの白いワンピースからのぞく腕も、その名のとおり雪のように色白な肌をしている。
(こんなカワイイ子を抱きしめてたとか!)
同じ小学校の同期生。一度も同じクラスになったことがなく、これまで交流はなかったものの見覚えはある──が、こんな美少女とは気づかなかった。
初めて、女の子に見とれた。
「ご縁を感じるな~…………って⁉ そそそそんなことより⁉ たたたた、助けてくれて、ありがとうございました! あなたは命の恩人ですぅっ。お礼が遅れて、ごめんなさいぃぃぃっ‼」
慌てて立ちあがり、頭を下げる
「どういたしまして。気にしないで、呆然としちゃってたのは僕も同じだしさ」
「あぅぅ~、おそれいります~っ」
それで互いの身長も分かった。
そう分かると
「いつまで話してんの。もういいわよね⁉」
自分はドギマギしているし
その子が
「
「ご、ごめんね?
名前は確か……
背は
「なんで逃げなかったの‼ アンタ死ぬ気⁉」
「その……もちろん死にたいわけじゃないよ? ただ迫ってくるトラックを見たらふと『このままはねられたら異世界に転生して魔法使いになれるかも』って頭に浮かんで、反応 遅れちゃって」
「あ、アンタって子は……!」
立花のほうのリッカこと
「もう、今後は気をつけてよ」
「うん、
話が済んだようで、
思えば今までは後ろ姿だけで、
整ったその顔は、普段なら
でも、だからこそ。
その泣き顔に
「……」
「え?」
なにか言ってきた
「ど、どうしたの?」
「なによ、おかしい⁉ そりゃアタシはなにもされてないけど、大事な親友の命を助けてもらったのよ、お礼くらい言ってもいいでしょ‼」
「あ、お礼を言ってくれてたのか! ごめん、君に見とれてて聞こえてなかった」
「…………ええ⁉」
「なに言ってんの⁉ アタシなんか──」
「え?
「分かったから⁉ それ以上 言わないで‼」
「(リッカ、お前、凄いな)」
「なにか言った?」
「いや、なにも」
¶
一方。
信号無視して横断歩道を通過した直後のトラックの
「馬鹿野郎、起きろ!」
「ん? ……うおっ!」
居眠りしていた運転手が目を覚まし、ハンドルをしっかり握りなおす。それまで助手がなんとか支えながらも蛇行していたトラックの軌道が、ようやく安定した。
運転手が安堵の息を吐く。
「ふぅ、危ねぇ危ねぇ。死ぬとこだったぜ」
「それと、子供をひくところだったぞ!」
「あん? そうなのか、気づかなかった。完全に意識 飛んでた時だなそりゃ」
「気をつけろ、俺たちはまだ警察の厄介になるわけにはいかないんだからな」
「分かってんよ」
自らの過失で子供を死なせるところだったと知ってもまるで悪びれない運転手。そして助手席の男も、ただ警察に捕まりたくないだけで子供の命には興味がないような口振り。
明らかに、まっとうな人間ではない。
「寝る間も惜しんで完成させたんだ。しっかり実行部隊に届けて使ってもらわねーと、俺たちの苦労が水の泡だもんな」
「そうだ。全ては──」
2人の言う〔届けもの〕──それは今このトラックの荷台の中でうつ伏せになって眠っている、ネコ科動物のような姿の獣。
ただしその体はネコ科最大の虎や獅子よりずっと大きく、その表面は硬く滑らかで角張っている……
「「我ら【ザナドゥ】の悲願のために」」
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