※打切※ 機甲遊戯アーカディアン

天城リョウ

邂逅

悪夢

 バババッ‼


 バババッ‼



 闇の中、争う2つの人影が手にした機関銃で互いを撃つ度、銃口から弾丸と共に吐きだされた発射炎マズルフラッシュが一瞬だけ両者の姿を照らしだす。


 それらは確かに2本の脚で直立し、2本の腕を持つ人らしき形をしてはいたが、人そのものでないことは一目瞭然だった。


 人の形に造られた、機械の塊。


 背丈も人より高く、4m近い。



〔巨大人型ロボット〕



 片方は全身が白く、もう片方は黒い。それら2体が足底の車輪で砂塵を巻きあげ荒野を駆けながら、人より優れた視力で闇を見通し、狙った敵へと銃を撃つ。連射機能で3発ずつ。



 バババッ‼


 バババッ‼



 その弾の大半はよけられるか、敵機が身を隠した岩に阻まれるが、時折かすめては傷を刻み──それが蓄積して2体は満身創痍になり、体中の傷口から火花を散らしていた。


 火が、血を、思わせる。


 人なら今にも失血死しそうな体でなお戦っているようなもの。機械であるロボットにとっては機能低下はしても停止するほどの痛手ではないと分かっていても、やはり壮絶に感じた。


 人である、2体の乗り手たちには。



「『オオオオオ‼』」



 銃撃と共に上がる叫びは、紛れもなく人のもの……人もどきな機械の中に、本物の人がいる。この2体は自らの判断で動くではなく──


 人が乗って動かすロボット。


 その操縦士パイロットたる2人は己が機体の操縦室コクピットで、両手に握った左右2つの操縦桿レバーと、両足で踏む左右2つの足踏桿ペダルによって、その力を御している。


 密閉されたコクピット内での視界は、機体のカメラが撮影した周囲の景色を映す、内壁の前・左右・上に貼られた四角い液晶モニターから得ていた。



「ははっ、あはははは‼」



 白いほうのパイロット、さくが哄笑を上げた。その、よく女性と間違われる整った顔を歪めて。だが決して戦いが楽しいのではない。



 ロボットに乗って戦う﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅のが楽しいのだ‼



 人の形をしながら人より遥かに強大な体躯を、その内側から意のままに操り、生身では叶わぬほど熱く激しく極限まで戦いつづけられる、この快感。


 だがそれ以上に、幼い頃はほとんど作り話フィクションの中だけの存在だった搭乗式ロボットにこうして乗れて戦えていることが、ただただ嬉しかった。



〔搭乗式巨大人型ロボット兵器〕



 人はそれを〔今より進歩した未来の科学の産物〕として空想の中で生みだしてから、それで戦う者たちの物語を創りつづけ、アニメなどで表現してきた。


 それに魅せられた者たちには『現実でも生まれてほしい』と望む者も多かったが、現実は空想より不自由だ。


 たとえ科学が進歩しても現実の制約下ではそうしたロボットは作れないと言われていた。だが人はその予想を覆えし、こうしてそれを実現させた!



「いい時代になった‼」


『ああっ、本当にな‼』



 さくの言に、黒いほうのパイロットも同意した。2人は殺しあう敵同士だが、搭乗式ロボットの時代の幕開けに立ちあえた幸運なロボット好きであるのは一緒だった。


 また〔いい時代〕とは、それだけではない。


 ごく少数の選ばれた宇宙飛行士だけでなく、誰しもが地球から宇宙に出られる設備が整い、社会全体での本格的宇宙開発の第一歩として月での資源採掘が始まった。


 これもまた地球に生まれた人類が長いこと手を伸ばしながらも届かずにいた、しかしこの時代についに届いた夢だった。



 ババババババッ‼


 ズシャアアアッ‼



 2体のロボットの放つ弾丸に岩盤を砕かれ、その足の車輪にこすられて砂を飛散させている、空気も水もないため草一本生えぬこの荒野こそ、その月。


 さくと敵パイロットが生まれた母なる地球は今、2人の頭上で漆黒の闇に抱かれながら青く輝き、殺しあう子らを見つめている。


 そんな遠くへ辿りついてもまだ戦いを忘れられないのか──という母の嘆きが聞こえるようだが、むしろここでこそ戦わずしてどうする。


 月は!


 多くのロボット作品で決戦の地となる聖地! 2人の因縁の戦いに終止符を打つのに絶好のロケーション‼



 バッ──ジャキッ‼



 白と黒の2体は共に、弾が切れた機関銃を投げすて、背中に担いでいた長剣を抜きはなった。そして柄を両手で握り、切先を敵へと向けて、腰を低くして構える!



「そろそろ決着をつけようか」


『ああ……行くぞ、リッカ!』



 さくのことをと、敵パイロットは呼んだ。


 自分──たちばな さくのことを、名字の【たちばな】を【りっ】と読みかえた渾名で呼ぶのは、この世に彼1人だけ。さくもまた最大の敵であり無二の親友でもある、その男の名を呼んだ。



「トキワァァァァァッ‼」


『リッカァァァァァッ‼』



 互いの名を叫びながら、互いを目がけて、2人は機体を全速で前進させた。間合いが一瞬で詰まって肉薄する──


 その、刹那。


 さくは白き愛機に剣を振りかぶらせてから、渾身の力を込めて斜めに振りおろす袈裟斬りを放った。


 一方トキワの黒い機体は、切先をこちらに向けた構えを変えぬまま突っこんできて、勢いを乗せた刺突を放ってくる。


 どちらの刃が先に届いたとしても、遅れたほうの刃もとまらないだろう。だとしたら、この先に待つのは──







「ッ‼ ……あぁ、やっぱ、夢かぁ」



 死んだと思った直後、自室のベッドで目を覚まし、小学5年生 男子、たちばな さくは深い深い溜息をついた。


 最高の夢だったからこそ、それが夢でしかありえない現実が悲しい。西暦202X年現在、人類は月へ進出などしていないし、搭乗式巨大人型ロボット兵器も実現させてはいない。



「ロボットに乗りたい」



 ロボットアニメの主人公のように、ロボットに乗って戦いたい。そう本気で思うからこそ現実におけるロボット開発事情を調べて、それがいかに望み薄か理解してしまった。


 搭乗式ロボットの開発は行われてはいるが、制作されている機体の性能はまだ低く、とても兵器としての運用には耐えない。


 それもアニメなどに登場するようなロボットを実現させたい物好きな技術者が、実益よりロボット愛を優先してやっていること。


 そもそも……


 人型という形そのものが兵器に向かない以上、今後どれだけ性能が上がろうと実用化することはないと言われている。


 なら自分は一生、ロボットに乗って戦う機会はないのか。叶わぬ夢を抱いたまま、虚しく生きて、虚しく死ぬのか。そう想うと、さくは胸が締めつけられた。

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