捕らわれのお姫様

【怪盗忍者1号】(男)

【怪盗忍者2号】(女)



 双腕重機ボガバンテを使って人質事件を起こしている男もその名は知っていた。最近、東京都内に出没している2人組の怪盗。


 本人らの主張では、その出自は忍者。かつての日本で暗躍し、江戸時代の泰平のあいだに廃れたとされる隠密技能者、その技を密かに継承している一族とのこと。


 本当かどうか怪しいが。


 その顔を隠す頭巾と動きやすそうな黒装束のデザインは忍者のイメージに合致していて、忍法だと言われればそう見える武術・曲芸・手品を使うのは事実。


 盗みを働く場所へと忍びこみ、変装して人の目を欺き、荒事になればしのびがたなしゅけんなどの忍者の定番アイテムで戦い、それが必要な局面ではアークに乗りこむ。


 昔の忍者には機巧人形からくりを用いた者もいる。搭乗式人型ロボットであるアークは機巧人形からくりの現代版という扱いらしい。



 その行いは──義賊。



 悪人以外からは盗まない(標的は怪盗忍者に悪人と見なされたということ)し、悪徳政治家や悪徳商人の犯罪の証拠を盗んでは公表して、警察がそいつらを捕まえる手助けもしている。


 それでも彼ら自身も窃盗・不法侵入・器物破損・銃刀法違反、多くの法を破っている容疑者であり、警察に追われる身には違いない。


 だが怪盗忍者らは自らを捕えようとする警官であろうとも悪人以外には危害を加えない(薬で眠らせることはある)。悪人相手なら暴力も振るうが、その場合も決して命は奪わない。


 その一線を守っていることもあり。


 正義の味方と、大衆からは大人気。


 そんなところも創作物フィクションで見る怪盗そのもの……そう、怪盗など──現代では忍者も──本来は創作物フィクションの中にしかいない。


 それを現実でやらかす怪盗忍者は当初、世間からも失笑ものの道化だと見られていたのが、今や本物という扱い。



(世の中どうかしちまった!)



 本来は創作物フィクションの中だけの存在だったのに現実に出てきたのは、搭乗式人型ロボットもだ。その重機バージョンと言える双腕重機ボガバンテが世の中を変えて、男の人生を狂わせた。


 そう考えると怪盗忍者はボガバンテの同類と言える。しかも、ボガバンテと同じ搭乗式人型ロボットであるアークに乗っているのだから、なおさら忌々しい。



(くそったれが‼)







 怪盗忍者1号の搭乗機は、それを開発中だったじょうりくグループの研究所から盗んだ鳥人型アーク【ミルヴァス】の試作機。


 全身を黒く塗られた全高3.8mのその機体が、高さ390mのビル【トーチタワー】の上から、その麓の広場で暴れるボガバンテに乗る男を見下ろしてきていた。


 ミルヴァスのスピーカーから変声器ボイスチェンジャーを使っているらしい若い男の声が響いてきて、トーチタワーと広場を挟んで隣に建つ高さ212mの【常盤ときわばしタワー】との谷間にこだまする。



『そら、予告状だ!』



 バサッ‼ ボガバンテの運転席から運転室キャビンの天井にはめられたガラス越しにミルヴァスを見上げていた男の視界が、塞がれた。



「うおッ⁉」



 ガラスが外からシートで塞がれ、シートの裏側しか見えない。そこには文章が印刷されていて──反射的にその文面をなぞる。



[即刻、人質の少女を頂戴いたします。怪盗忍者]



 それが怪盗の流儀ということで、怪盗忍者はいつもは予告状を出してから予告した時間に予告した場所へと現れる。


 だが今回は自ら立てた犯行計画ではなく、男の犯行を見てから人質をという名目で救出するため駆けつけたので、予告状を出すのが登場したあとになり、その文章も略式ということか。



「って、読んでる場合か!」



 おかげで反応が遅れた。男が急いで右腕を動かすと、その腕を包んだ可動式フレームが同様に形を変え、フレームのセンサーがその情報を電気信号で送信。


 受信したボガバンテの右腕が、男の右腕と同様に動く。



 バッ!



 ボガバンテの右手が運転室を覆うシートを掴み、剥ぎとった。瞬間、男の目に広がったビルの谷間の青空に──黒い、稲妻。



 ズバババババッ‼


 ズダァァァンッ‼



 まさに落雷のようだった。男はそれをほとんど目で捉えられず全く反応できなかったが、なにが起こったのかは理解できた。


 怪盗機ミルヴァスがトーチタワーの屋上から飛びおりた。そしてその壁を蹴って背中の翼を広げて滑空、向かいの常盤橋タワーへと斜めに降下。


 身を翻して常盤橋タワーの壁を蹴ってトーチタワーへと降下、そしてまたトーチタワーの壁を蹴って常盤橋タワーへの、連続。


 その軌跡、まさに電光。


 そして雷鳴のような音を立て、ボガバンテから少し離れた場所へと着地した。男がそちらを見ると、怪盗機ミルヴァスの右手にはその腕の長さほどの刃渡りの直刀、アークサイズの忍刀が逆手に握られている。


 その怪盗機ミルヴァスの横にいつのまにか分厚いマットが敷かれていて、その上に2つの人影が倒れていた。1人はベスト状の忍装束からタイツに包まれた華奢な手足が伸びる女忍者くのいち──怪盗忍者2号。


 彼女はもう1人の人物の胴体に巻きついた大きな機械の手を、その指をほどいて取りのぞいた。それは切断されたボガバンテの左手首から先で。そのもう1人は、人質の少女だった。



「って! なにィィィッ⁉」



 男は今さら気づいた。怪盗機ミルヴァスは着地する直前に、人質を掴んでいるボガバンテの左手の傍を横切り、その手首を忍刀で切断していたのだ。


 脆弱な関節部とはいえ金属製のアームを刀で斬る。そのために必要な勢いがつくだけのスピードで、すれ違いざま刀を振るい、人質には当てていない。


 両側のビルの壁を蹴りながら落ちてきたことといい、機体性能だけではない、操縦士パイロットに超人的な動体視力と操縦技術がなければ不可能だと、アークに関しては門外漢の男にも分かった。



(これがヒーローの実力かよ‼)



 そして地上に控えていた2号が、切断されたボガバンテの左手ごと落下した人質を空中で受けとめてマットに着地した。さっき予告状のシートをかぶせたのも2号だろう。


 全く見事な手並みだった。世間でもてはやされるだけはある、自分のような悪事の初心者とは格が違う。



(あっ──)



 男が運転室内に固定した携帯電話スマートフォンの画面を見ると、自身がこの状況を撮影している配信動画に、視聴者からの最新のコメントが書きこまれていた。



[怪盗忍者マジスゲー‼]


[いいぞ、ヒーロー‼]


[そんな奴やっちまえ‼]



 ギリッ!



 男は歯を食いしばった。自分でも悪だと分かっている、承認を求めていたわけではなかったが、自分の配信する動画で視聴者に自分の敵を応援されるのは思いのほか腹が立った。


 それもこんな、自分がこの犯行に走る原因を作った、世の中をおかしくさせた要素の集合体みたいな奴を!


 そいつが歩み寄ってきて、声を上げた。


 ヒーローらしい、それは爽やかな声を。



『人質はこの怪盗忍者がいただいた! お前はもう終わりだ! さぁ、おとなしくお縄につけ!』


「テメェが言うな、この泥棒がァ‼」



 元より最後は捕まる気、なんらかの手段で人質が解放されれば投降しようと思っていたが、コイツに言われて従えるか!


 男は両腕を振りあげた。連動して振りあげられたボガバンテの腕は怪盗機ミルヴァスの全高よりも長い。相応に重たく、建設作業をこなすパワーを秘めたこの腕で殴れば、こんな華奢な人形ひとたまりもないはずだ。


 中身ごと潰せる。


 捕まったあと死刑にならないよう殺人は犯さない気だったが、怒りがその決定を覆した。この不快な盗人を殺せるなら、あとはどうなってもいい! 右腕を怪盗機ミルヴァスの頭上へと振りおろす‼



「死ねェ‼」


『おっと!』



 ガシャァッ‼ 地面を叩いた剛腕が広場のタイルを砕いて撒き散らす。怪盗機ミルヴァスは寸前にひらりと回避していた。そして──



 バッ‼



 その鳥の脚のような関節構造の脚部で踏みこみ、疾風はやてのごとくボガバンテの横を駆けぬけた。男は懸命にその動きを捉えようとして、まだ振りおろしていない左腕をそちらへ──



 ガッシャァァァァン‼



 ──叩きつけようとして、なにかの落ちる音にぎょっとした。ボガバンテの足下に転がるそれを見てハッと上を見れば、やはり運転室キャビンの天井が切断されて落ちたのだと分かった。



「ドーモ♪」


「あ、な⁉」



 声に振りむけば運転室キャビンの正面ガラスの外に怪盗忍者2号が貼りついていた。その女は手にした物体を頭上に放り投げ──それが天井に開いた穴から運転室キャビンに落ちてきて、煙を噴きだした。



「あ、あーッ‼」



 結局、殺すどころか一矢 報いることもできず。ただ翻弄された挙句、男は麻酔薬を含んだ煙を吸いこんで意識を失った。







 バラバラバラ……



『現場上空です‼ 怪盗忍者1号の乗るロボットは背中に2号を乗せて飛びさりました‼ そして今、警官隊が突入しました‼ 犯人を確保‼ 人質も保護した模様です‼』



 ラジオとテレビに流れる、報道ヘリの実況。



『人質にされた12歳の女の子、東京都のたちばな さくさんは意識もはっきりして……えっ⁉ 失礼しました、たちばな さくくんは男の子とのことです。お詫びして訂正いたします‼』







「ああああああ‼」



 12歳、二次性徴も顕著になるこの歳になってもまだ美少女かと見紛われる顔立ちの美少年──たちばな さくは、声変わりしてもまだ女性的に聞こえる高い声を荒らげていた。


 さくは両親と3人で東京駅付近に買いものと昼食に訪れていた時、あの広場でボガバンテが暴れまわる場面に遭遇し、捕まって人質にされた。昔、ボガバンテを罵った祟りか。


 両親は自分を助けようとしたが、もしボガバンテに殴られたら死んでいた。だから警察が2人を強制避難させてくれたことには安心したが……心細かった。


 あの場に1人で取り残され。


 興奮した犯人と2人っきり。


 その犯人が操るボガバンテの手に握られて。あの男がその気になれば自分を握りつぶすことも、手を離して墜落死させることもできた。


 生殺与奪の権を握られていた。


 なのに自分には打つ手がない。


 小学5年生の頃、夏休みの林間学校で見学していた工場が謎の虎型ロボットに襲われ、火事になった敷地内を避難中、友達とも他の生徒ともはぐれ1人になった時と同じような無力感だった。


 だが、あの時は。


 奇跡的にそこで試験中だったアーク【ブルーム試作1号機】を見つけ、乗りこんで火から身を守り、虎型ロボットも撃破して、あの場を切りぬけられた。


 奇跡は今度は起きなかった。


 自分が乗るべきアークが現れて、ボガバンテが自分を解放してそれに乗せてくれて、それを操縦してボガバンテをやっつける、なんて都合のいい展開になりようがなかった。


 もしそうなれば、怪盗忍者1号のミルヴァスに出る幕はなく、自分があの男の操るボガバンテを倒したのに。


 今回の自分は怪盗忍者という〔救済者ヒーロー〕に救われる役どころの〔被救済者ヒロイン〕でしかなかった。自分がなりたいのは〔救済者ヒーロー〕のほうなのに、アークに乗れればそうなれたのに!


 悔しかった。


 死の恐怖にも、ボガバンテの固い指が体に食いこんだ痛みにも泣かなかったのに。捕らわれのお姫様のように助けられた屈辱と羞恥には耐えられなくて、助けられたとたん怪盗忍者2号の前で泣きだしてしまった。


 2人の怪盗に感謝など湧かなかった。余計なことをしやがってとしか。だが2人が助けてくれなければ自分は助からなかった。命の恩人に対する礼儀くらい、わきまえている。


 だから──



《危ないところを助けていただいて、ありがとうございました》



 ──と。


 本心を押し殺して、感謝を述べたのに。


 ミルヴァスの中の男、怪盗忍者1号は。



《男⁉ オイオイ予告状に思いっきり〔少女〕って書いちゃったじゃねぇか! なにが【サクヤちゃん】だよ、紛らわしい名前と顔しやがって‼》



 勝手に間違えたくせに。


 勝手なことを言って。



《なっさけねぇ、あれしきのことで泣いてんじゃねぇ! 男ならシャンとしやがれ! オメーみてーな女々しい男を見てっとイライラするぜ‼》



 怖くて泣いたんじゃない。


 だが悔し涙と説明したところで『男が泣くな』と言われただけだろう。さくはなにも言いかえせずに、警察が来る前に飛びたつミルヴァスを黙って見送るしかなかった。



「くっそォォッ‼」



 そして今。警察やら病院やら家庭やらでのアレコレが済んで、やっと解放されたさくは友人たちとゲームセンターに来ていた。


 そこでアーク操縦ゲーム【こうゆうアーカディアン】で友人の1人、幼馴染で親友のいわなが 常磐ときわと対戦中。鬱憤を吐きだすように絶叫しながらゲーム内のアークを操縦し──



『動きが雑だぞ、リッカ!』


「ッ──うわぁぁぁぁッ‼」



 怒りで気合いはあっても冷静さに欠けていたため、できた隙を突かれて常磐ときわのアークに自機を撃墜されて。全身に激しい痛みを感じて、意識を失った。

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