バラ色の部活動

 1年生は授業初日から3日間、部活動の体験入部期間となる。期間中に任意の部を体験してみて、最終的にどこへ入るか決める際の判断材料にする。


 それは各部の2・3年生にとっては新入部員を獲得するための勧誘の時期──初日、終業時のホームルームのあと、1年A組の教室の外に各部からのスカウトが殺到した。



とうくん、ぜひバスケ部に!」


「いいや、バレー部に!」「テニス部に!」「野球部に!」「サッカー部に!」「剣道部に!」「柔道部に!」「空手部に!」


「「「「「「「「「とうくん‼」」」」」」」」」



 とう 飛鳥あすかは午前の体育で行われたバスケットボールの試合で超人的なプレイを発揮した。それも、バスケ初体験で。


 それが技術でなく圧倒的な身体能力とセンスによるものなら、バスケ以外でも発揮されることは必至。話を聞きつけバスケ部はもちろん他の運動部も獲得に躍起になっていた。



「はっはっは! 人気者はつれーな‼」



 きゃーっ♡


 飛鳥あすかくーん♡



 上機嫌に笑う飛鳥あすかにハートマークを飛ばす、彼に心を奪われた女生徒たち。A組内外から集まった彼女たちと各部のスカウトによって、A組の外の廊下はギッチギチに渋滞していた。



「「「「……!」」」」



 大柄な常磐ときわが人を押しのけて道を切りひらき、さくたち4人はなんとか人垣を突破した。


 長身の飛鳥あすかよりさらに背の高い常磐ときわは、通常だったら高身長なほど有利なスポーツのバスケットボール部やバレーボール部から勧誘されそうなものだが、見向きもされていなかった。


 飛鳥あすかという強すぎる光に霞んで、存在感を失っている。常磐ときわが苦虫を噛みつぶしたような顔をしているのを見て、さく常磐ときわの肩を軽く叩いた。



「ドンマイ」


「お前は本当に気にしてなさそうだな」


「いけ好かない奴だけど、僕としては好都合だからね。アイツが注目される分、僕たちはされない。日陰者のほうが気が楽だよ」


「なるほどな」



 〔さくりっ  常磐ときわ〕という2組の恋人カップルを装っている自分たちが、実は〔りっさく  常磐ときわ〕となっている秘密を守るには、そもそも注目されないのが一番。


 それは秘密なので、さくは周囲からは『ただ目立つのが嫌い』としか聞こえないよう気をつけて発言している。


 その言葉に、常磐ときわは肩をすくめた。



「だが、すぐ目立つことになるぞ? 俺たちのアーカディアンの腕が知れれば。お前はS級、俺とゆきはA級だからな」


「そうだよリッカくん、覚悟しないと」



 そう言ったりっの顔は緩んでいて、目立つのを敬遠するよりも期待する気持ちのほうが大きいように見えた。


 引っこみ思案なりっだが、アイドル的な存在への憧れは強い。『魔法少女になりたい』という一番の願いに関係しているのかも知れない。


 すでにアイドルではあるが。


 ロボットゲーム【こうゆうアーカディアン】の上位ランカーである4人は、すでに多くのファンを獲得し、雑誌のインタビューなども受けている。


 ただ、それはアーカディアン用のプレイヤーネームとその戦績以外に情報のないアカウントとして。本名・年齢・性別・肉声・素顔は非公開。インタビューも全てメールでのやりとり。


 だが、これからは事情が変わる。


 アーカディアン部──部活としてアーカディアンをプレイし、大会に出場する。匿名のプレイヤーではなくプロフィールを公開した、この学園の生徒として。


 4人がそこでスター選手となるのは実力的に確約されている。かつては得意なもののなかったりっさくもだが)には、自らがそうなるとは予想できなかったと言っていた、学園のアイドル。



「そっか。そうだね」


「うん。そうだよ♪」



 それに伴って様々なトラブルも予想されるが、さくはそちらにばかり気を取られている自分より、りっのほうが健全に思えた。なにより瞳をキラキラさせたりっは超かわいい。


 そういうわけで。


 4人は今、校舎内のアーカディアン部の部室に向かっていた。そもそもアーカ部に入るため、それのあるこの学園に入学した。


 だから他の部を試しもしない。


 初めからアーカディアン一択。



「問題は他の部員よね~? どんくらい強いのが何人いるのか。レギュラーは当然アタシらがもらうけど? 選手層は厚いほうがいいもの。アタシらの練習台としても」



 の声も心なしか弾んでいる。


 調子こいてるところも超かわいい。


 さくは苦笑して答えた。



「アーカ部は今年できたばかりだから、もう他の部活に入ってる先輩たちは、よっぽどでないと転部はしないだろうね。帰宅部と新入生からどれだけ集まるか」


「アーカディアンは今、世界で最も遊ばれてるゲームじゃない。それを部活でやれるってんだから新入生は殺到するわよ。みんなアタシらの引きたて役ですけど」


……〔部活漫画の序盤で主人公に鼻っ柱 折られる役〕みたいなこと言ってると、フラグが立つよ?」


「はい、現実と虚構を混同しない! それにアンタはアタシの鼻、折ったりしないでしょ?」


「もちろん」



 これがアーカディアン部を描く漫画だとしたら、その主人公はさくしかいない。が言外にそう言ってくれるのが嬉しく、目を細めたところで目的地に到着し、さくが扉は開けた。



 ガラッ



「失礼します」


「「「失礼します」」」


「は~い、いらっしゃーい♪」


「「「「⁉」」」」



 室内から返ってきた声に4人はビクッとした。そこにいたのは自分たち1年A組の担任。今朝のHRでセクハラを働いた男子を粛正し、恐怖政治を敷いたセクシー美人教師、かざ すみれだった。


 この人は終業HRの時、自分たちと一緒にA組の教室にいた。自分たちはあそこから最短ルートでここまで来たはずだが、道中この人を見なかった。


 どうやって先回りしたのか。


 気にはなるが訊くのが怖い。



「か、かざせんせいがアーカディアン部の顧問なんですか?」


「はーい、そうでーす♪ ところでたちばなくん? 先生のことは【スミレ先生】と呼ぶように、今朝のHRで言ったわよね~?」



 記憶にない。恐怖で意識が飛んでいたか。


 しかし正直にそれを白状しても益はない。



「失礼しました、スミレ先生‼」


「はぁ~い♪ よろしい~っ♡」



 バラ色の部活動になるはずが、のっけからスミレ色になった。見ると他の3人も、きっと自分がしているのと同じような、愛想笑いを浮かべていた。

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