天懸地隔

「⁉」



 意識をなくしていたと気づいたたちばな さくが慌てて目を開けると、そこは搭乗式人型ロボット【ブルーム】の操縦室コクピットではなく、薬品の臭いのする知らない部屋のベッドの上だった。


 自分はメカタイガーと戦っていた。


 だがメカタイガーが閃光に包まれてからの記憶がない。そのあいだに誰かがここまで運んでくれたらしい。ここは──



「病室?」


「リッカ!」「たちばなくん!」「たちばな!」


「みんな!」



 ベッド脇の椅子に、さくメカタイガーを引きつけることで逃がしたいわなが 常磐ときわゆき りっつきかげ の3人が座っていた。汚れた服から着替えている。3人とも怪我とかはなさそうだ。



 バッ‼


「えっ⁉」



 さくは跳びかかってきたりっに、ベッドの上で押し倒された。さくの顔の左にりっの、右にの顔がふれる。体に2人の手足が巻きついてくる。



「な、ゆきさん? つきかげさん?」


「よかったぁ……!」


「心配させて……!」


「……ごめん。ありがとう」



 さくは神妙な声で答えた。2人はただ自分を心配してくれて、今はそういう真面目なシーンだと空気を読んだので。


 内心は大慌て。


 だって2人の体の感触が、体温が、息遣いが、いい匂いが! 膨大な五感情報が挟みうちで押しよせてくる! 中でも特に気を取られるのが、自分の胸に押し当てられた2人の双丘‼



おっぱい×4オッパイオッパイオッパイオッパイ‼)



 右の、前から『大きいな』と意識しまくっていたの乳房が自分の胸の上で、ふにっと潰れているのがハッキリ分かる。


 左の、これまで服の上からでは少しはあるのか少しもないのか不明だったりっの胸が、実は少し膨らんでいた証を肌で感じる。常磐ときわに先に知られたその真実を自分も知ることができた。


 待望の、2人のおっぱい。


 そこに胸部で服越しにとはいえ接触を果たしたことで、さくの肉体は本人の意思によらない生理現象として男性器チンコに血液を集中させ、そこを膨張させていた。



 ぼっ



 それは性的に興奮している、つまりスケベなことを考えている証拠! 現在2人の脚はさくの股間にふれていないが、少しでも動けば当たってしまう、バレてしまう。


 軽蔑されて嫌われる‼


 メカタイガーと戦って何度も死にかけた時に劣らぬ恐怖。嬉しいのに怖い! 天国と地獄が一緒に来ている! なんとかしなければ。さくは腕を回し、2人の肩をそっと抱いた。



「あっ……」「たちばな……」



 男が女性の体に勝手にふれるのはアウトだが今回は向こうから抱きついてきているのだし、これくらいは大丈夫だろう。むしろ受けとめる反応をしないほうが冷たいし。


 2人の体をさりげなく左右にズラす。


 2人の脚がチンコから離れるように。


 それには成功したが2人の胸も密着したままズレて、感触は伝わるし2人は『あっ♡』となんかエロい声を出すしで、膨張率は増してしまった。


 ズボン内部の物体が膨張するほど、ズボンに脚を乗せている2人にその張力が伝わる率も高くなる。かえってバレやすくなったのではと怯えるさくに、2人が耳元で囁いた。



「「助けてくれて、ありがとう」」



 熱い吐息が耳にかかる。余計ドキドキしてしまうが、2人から感謝を伝えられているのに話が耳に入ってこないなど言語道断。さくは会話に集中するよう念じながら答えた。



「どう、いたしましてッ!」


「わたし、またたちばなくんに命を救われちゃったね。追加のお礼、これだけじゃまだ足りないけど取りあえず、ありがとうのハグ。喜んでくれてるかな」


「もちろんだよ、ゆきさん」


「む。今回はアタシもよ、たちばな。これでアタシも、アンタに命を救われた身。これから恩返し、していくから」


つきかげさん⁉」



 の上体がわずかに動いた。


 ふにっとした感触が追加された。


 いかん、話に集中!



「むーっ」



 りっが拗ねた声を出した。その声はさくにも『自らの優位性アドバンテージが崩れた』という不満に聞こえた。


 これまでさくの〔命を救った相手〕はりっ1人だった。友達になって以来、りっはその恩があるからと積極的にさくとの距離を詰めてきた。


 そんな恩のないは普通に仲良くしてくれたがりっほどの積極性もなく、結果、自分との距離感はよりりっのほうが近くなっていた。


 だがりっと同じになった。


 なので、これから距離を詰める。


 の発言はその宣言に聞こえた。



~? たちばなくんは恩返しに特別なことしなくていいって言ってたよ? 『仲良くしてくれるだけでいい』って」


「アンタだって『追加のお礼』とか言ったくせに! それなら、もっと仲良くなれば、いいんでしょ? た、たちばな、今度2人で、で、出かけ、ない……?」


「あーっ! たちばなくん、わたしも! 先にわたしと、ね?」


「ちょ、2人とも待って!」



 2人の気持ちは嬉しいが、これが相手の命を救ったご褒美なら自分だけ享受するのは間違っている。さくはベッド脇で苦笑している親友を見上げた。



「トキワ」


「ん」


「2人を守ってくれて、ありがとう」


「なに、当然のことだ。俺のほうこそ、ありがとう。これで俺もお前に命を救われた身になったな。お礼に俺も抱擁しようか?」


「結構です」


「だろうな」



 大好きな親友だが同性に抱かれても嬉しくない。丁重にお断りすると常磐ときわもそれが分かっていたようで微笑む。爽やかな奴だ。


 さくは視線を元に戻した。



ゆきさん。トキワにおぶってもらったお礼した? 命の恩人って言うなら、もうトキワもそうだよね」


「うん。もちろん言ったよ」


「アタシもいわながに命、救われたんだ。落ちてくる虎のロボットに潰されるところだったのを。そのお礼も、とっくに言ったわよ」


「俺は2人から抱きつかれていないがな」



 ギクッ!



「い、いわながくんにも……」


「ハグしよう、か……?」


「いい。要求したわけではない、安心しろ。それよりもリッカを放してやれ、それじゃ落ちついて話ができんだろう」


「「は~い」」



 2人の体が離れていく。さくの胸にいくつもの感情が去来した。名残惜しさ、勃起がバレる恐怖からの解放感、2人が常磐ときわに抱きつかなかったことへの安心感、そう思ったことへの罪悪感。


 常磐ときわへの尊敬の念。


 ハグを辞退するとは、なんてストイックなんだ。常磐ときわは本当にカッコいい。上辺ばかりカッコつけて中身はクソエロガキな自分とは大違いだ。



(って、平和だなぁ)



 こんなこと、のんびり考えていられるのも窮地を脱したから。

目覚めてから慌ただしくて思う暇もなかった、本当は一番に思うはずだった気持ちがしみじみ、あふれてくる。



(助かったんだ、僕たち)



 あの地獄でひたすら念じていた。自分・常磐ときわりっの4人全員で生還する、1人だって欠けてはいけないと。ギリギリだったが、なんとか乗りきれた。


 ああ、本当に、よかった。







 常磐ときわりっが椅子に座りなおして、これまでのことをさくに説明してくれることになった。話すのは主に常磐ときわ



「まず──」



 避難所についた3人はじょう りく けん の社員らに、さくが火事場に残って人型ロボットで虎型ロボットと戦っていると伝えた。


 そんな話を直接3人が消防団に言っても信じてもらえなかっただろうが、人型ロボットは常陸製だし、虎型ロボットは常陸の者たちも見ている。


 彼らがうまいこと言ってくれて、消防団がさくの救出に出動。粉々になった虎型ロボットと、その近くに倒れる人型ロボットを発見、回収した。


 虎型ロボットは自爆したらしい。


 さくが【メカタイガー】と仮に呼ぶあのロボットを放った何者かが、回収された残骸から出自と製造技術を暴かれないよう、行動不能になった時に機密部品を抹消するための爆薬を仕込んでいた。


 それが常陸の技術者の見解。


 さくが見たメカタイガーを包んだ光はその自爆によるもので、爆発の衝撃でさくは気を失ったが乗っていた人型ロボット【ブルーム】に大した損傷はなかった。


 だからさくも生きていた。


 ブルームは火災現場など有毒ガスが発生している場所でも運用できるよう、コクピットを密閉して酸素ボンベから機内の空気に酸素を供給、温度も最適に保つシステムを導入していた。


 それが破壊されれば死んでいた。


 『これに乗っていれば火を防げる』と考えたさくだが、ガスのことは頭になかった。思った以上に守られていたと知り、さくはブルームとその製作者に改めて感謝した。


 閑話休題。


 さくは救助され、この病院に運ばれ検査され、どこも悪くないが体力を消耗していると診断され、この病室に寝かされた。


 3人はそれからすぐここに来て、さくが自然と目を覚ますまで音を立てず付きそってくれていた。3人だけさくが心配だからと残り、小学校の他の者たちは全員バスで東京に帰った。


 バスは工場見学のあとは林間学校の宿舎に行く予定だったが、林間学校自体、その全日程が中止になった。


 当然だ。


 奇跡的に小学校の犠牲者は5年2組の生徒2名のみだったが、自らも火災に遭い、同級生・同期生を喪ったばかりの生徒たちに『気を取りなおして林間学校を楽しもう』とはならない。


 それに、そんなことをすれば日本中から学校に『不謹慎だ』と非難が殺到する。この火事はあの工場だけでなく近隣の町全体に広がり、歴史的な大火災として報道されているから。


 火は、まだ、燃えている。


 現場では消防団と自衛隊による消火・救助活動が続いている。すでに大量の死者・行方不明者が出ており、その数はこれからも増え続けるだろう。


 そうと知り、さくは絶句した。


 そこまでの大惨事になっていたとは、自分とその周りの小さな世界を守ることで汲々としていたさくには、想像の埒外だった。よくそんな大災害の中〔自分の世界〕は守られたものだ。



「よかった、誰も死ななくて」


「いや、だから死んでいると」



 さくのつぶやきに常磐ときわが眉をひそめた。



「身近な人、死んでほしくない人は誰もってこと。僕たち4人はこうして生きてるし、学校の面子でも死んだのは2人だけ。ならいいじゃん」



 りっをいじめていた2人組。



「リッカ……くちわざわいかどだぞ。俺も以前、つきかげに失言したが。外で言うなよ。相手が誰であれ人が死んでその言いかたはない。炎上する」


「そうだね。ソウマくんに殴られた原因もぜっだったんだ。気をつける。でもほら、今は4人だけだし」


「まぁな」


「死ねば仏ではあるけど。僕がみんなとはぐれたの、あいつらに押されて転んだからなんだ。嫌味の1つも言いたくなるって」


「なに⁉」「「えっ⁉」」



 3人が目を剥いた。常磐ときわはさらに顔を赤くする。



「あいつら、そこまで! ええい、俺が虎型ロボットの落下から助けてやれず殺してしまったなどと、責任を感じて損した!」



 常磐ときわは珍しく感情的になっていた。


 りっがなだめるように声をかけた。


 

いわながくん、そんなこと思ってたの? 優しいね。わたしはあの時『どうやって殺してやろう』って、そればかり考えてたよ~」


「うつむいて、ンなこと考えてたんかい!」


「っ、くく……」



 りっのカゲキ発言にが突っこみ、常磐ときわが噴きだし空気が和らいだ。一方、さく常磐ときわが彼らの死を自分が殺したも同然とまで思い悩んでいたと知り、心がザワついた。


 彼らが思った以上に救う価値のないクズと分かり、常磐ときわの心が軽くなったならいいが。なにか引っかかる。なにが──



「‼」



 さくの全身に汗がにじむ。


 気づかなければよかった。


 だが気づいてしまった以上、確かめずににいるほうがつらい。知るのは怖いが……さくは気力を振りしぼり、その言葉を喉から搾りだした。



「虎の、パイロットは?」


「「「パイロット?」」」



 3人はきょとんとし──常磐ときわが答える。



「ああ、いや。虎は無人機だったと調べた人たちが言っていた。中の人などいなかった、お前は誰も殺していない。安心しろ」



 さくは体から、どっと力が抜けた。



「はぁ~っ。僕、当初はアレの中に人がいるかもって想定してたのに、恐怖で忘れて撃破しちゃって。今頃、思いだして。危うく人を殺すトコだったよ」


たちばなくん!」「たちばな!」


「な、なに⁉」



 りっが詰めよってきた。凄い剣幕だ。



「たとえそれで人を殺しちゃってたとしても、わたしたちばなくんのこと嫌いになったり怖がったりしないから!」


「アタシも! アンタはヒーローでアタシたちを救ってくれて、褒められることしかしてない! 気にすんじゃないわよ!」


「~っ、ありがとう、2人とも」


「俺も、2人に同感だ」


「ありがとう、トキワ」



 3人の言葉はもちろん嬉しいが、本当に殺してしまっていたら心の重荷は取れなかったろう。だから本当に助かった。


 正当防衛だとは認められるだろうが、そういう問題ではない。たとえ相手が悪人だろうと自分のような一般人に──



 人の命が背負えるわけ、ないのだから。

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