龍虎相搏

 火事場で1人 遭難中、たまたま見つけた全高4mほどの搭乗式人型ロボット【ブルーム】に乗って悲願が叶い、脱出を目指すついでのロボット操縦ドライブを満喫していたさくは、紅に染まった友人たちを見て浮かれ気分から醒めた。


 心臓を鷲掴みにされたようだった。


 ひどい怪我をしたのか常磐ときわりっは血まみれで、しかもその傍にいるメカタイガーに今にも食われそう。


 そう思った瞬間、さくは絶叫を上げながら乗機ブルームを全速力で走らせてメカタイガーへ体当たりし、吹っとばしていた。それでメカタイガーが転倒している隙に3人を逃がすことができたが──



(もしや、余計だった?)



 3人は怪我しておらず、血は今ブルームの足下に転がっている死体のもので、それらがメカタイガーに踏みつぶされて散ったのを浴びただけだったようだ。


 メカタイガーはこれまで人間を直接は襲っていなかった。足下のを潰したのは跳びおりた先に偶然いたからとかで、3人に危害を加えるつもりはなかったのかも知れない。


 だったとしても、攻撃してきたこちらブルームのことは敵と認定したようだ。ユラリと起きあがり、ギロッと視線をこちらに向け、グワッと口を開けて咆哮する様は、怒れる猛虎そのものに見えた。



 ガオォォッ‼



 本能的な恐怖に身がすくんだ。ブルームの全高は自分の倍以上あるが、メカタイガーも生身の虎より同じ倍率ほど大きい。差引ゼロ。檻を破った虎から威嚇された気分──



「ヒッ⁉」



 威嚇では済まなかった! メカタイガーはネコ科特有のしなやかな動きで大地を蹴り、こちらに猛然と跳びかかってきた。さくはとっさに左右のレバーを引き、右のペダルだけ一杯に踏みこむ!



 ギュルッ‼



 後退バックしながら左へ曲がったブルームの目と鼻の先を、メカタイガーが左から右へと通りすぎた。闘牛士マタドールのイメージでなんとか回避できたが、生きた心地がしない!



「待って! 話しあいましょう‼」



 さくは叫んだ。これまで無人機と思いこんでいたメカタイガーだが、実はブルームと同じ搭乗式で中に人が乗っている可能性もある。その場合、対話で戦闘を回避できるはず。


 3人に危害を加えようとしていたと思ったのが誤解なら謝る。誤解でなかったとしても今後 自分と3人の安全を保障してくれるなら許す。


 どちらの場合も3人が傷つけられていたなら許せなかったが、そうなっていない以上、自分にはムキになって戦う理由はない。



(カタキは討たないよ!)



 さくはそこら辺に転がっているであろう(直視すると精神がたないので見ないようにしている)メカタイガーに殺されたイジメっ子2人に断りを入れた。


 常磐ときわりっと全員で生還するのが最優先事項だ。命の危険を冒してまでカタキを取ってはやれないし、取ってやりたい気持ちもない。自分は彼らのせいで死にかけたのだから。



「僕たちは分かりあえる‼」



 さくは機体を旋回させて正面をメカタイガーへ向けながら呼びかけ続けた。突進が空振りしたメカタイガーはいったん停止し、四肢をのしのし動かしてその場でこちらへ向きなおり……また突進してくる!



「話せば分か、るぅーッ‼」



 悲鳴は上げたが、想定はしていた。左右のレバーを握る手と、左右のペダルを踏む足を、冷静に動かし対処する。ギリギリまで引きつけてから、さっきと同じ方法で回避──ドカッ‼



「うあッ⁉」



 ブルームの操縦室コクピットが揺れて、シートベルトで固定されたさくの体を衝撃が襲った。メカタイガーの突進はよけられたが、回避運動で後退バックした先にあった壁に機体が背中から激突した。


 さっきメカタイガーに体当たりしても中のさくは無事だったように、ブルームの衝撃吸収能力はかなり高いらしい。今回も負傷はしていないが、隙を作ってしまったし、機体は背後を塞がれている。


 そこへまた、メカタイガーが襲ってくる!



「くそ‼」



 もう後ろへはよけられない。なら横だ。メカタイガーが眼前に迫った瞬間、さくは左へ跳ぶために右足で地面を蹴った──いや。


 蹴ったのは地面ではなく足下のペダルだった。左へ跳ぶ時の動きをコクピット内でしてしまい、さくは血が凍った。


 ブルームのペダルは、爪先側を踏むと踵側を支点にに倒れる仕組み。なのにペダル全体をに踏み落としてどうする。こんなことをしても機体へはなんの入力にも──



 バッ──ドガァッ‼



 ブルームに突進をかわされたメカタイガーが壁に激突、風穴を開けた。さくが『もうダメだ』と思った瞬間、ブルームは右足で地面を蹴って左へ跳躍していた。さくがしようと思ったとおりに。



(横にも動けたのか!)



 ペダルの可動部は『爪先側が前に倒れる』だけと思っていたが『全体が下に沈む』もあったのだ。そうすると機体は沈んだペダルと同じほうの足で地面を蹴って反対方向へ移動する。



(このロボット、想像以上だ!)



 さくが最初に気づいたブルームの移動方法は、左右のレバーを前後させることでそれぞれに対応した機体の左右の半身を個別に前後移動させるもの。


 真正面か真後ろ以外の方向へ移動したい時は半身同士の動きのズレを利用して機体の向きを変える。直接的には左右へ移動する手段がない──と思っていたが、そんなことなかったのだ。


 きっと他にも未知の機能がたくさんあるのだろう。そして今、率先して試すべきは。さくはブルームをメカタイガーが突っこんだ壁の傍へと戻らせた。



 グルルルッ!



 メカタイガーは自分で開けた穴にハマり、体の前半分を向こう側に、後ろ半分をこちら側に出した姿でジタバタさせていた。この状態ならこちらは安全に攻撃できる!


 メカタイガーが対話を拒んだ以上、パイロットにその意思がないか、そもそも意思疎通できない無人機と判断した。だったら倒そう、攻撃の入力は、おそらくコレ!



 カチッ──ガァン‼



 右レバーの先端についた3つのボタンの内、最も大きく目立つものを親指で押すと、ブルームはメカタイガーのお尻へ右手でパンチした。正解、攻撃ボタンだ!



 ガァン‼



 今度は左レバーについた同じボタンを押すと、やはり左手でパンチした。よし、お次はカチカチカチッと左右のボタンを連打して、ブルームの両拳で連続パンチだ!



 ガンガンガン‼



 ブルームの手の甲からは前方に向かって龍の爪のような突起スパイクが伸びており、その尖端がメカタイガーのお尻を激しく叩く──が、表面に擦過傷を作るだけで効いていない!



「なら、こっちだ!」



 さくは左右両方のレバーの前側についたトリガーを人差指で同時に引いた。銃の引金そっくりで、いかにも『銃を撃ちます』という形のコレならきっと、なにか射撃攻撃を……しなかった。


 ブルームが示した反応は、左右の前腕を体の正面に立てる動作だった。ボクシングのファイティングポーズのような。なにをやって──バチィ‼



「うわぁッ⁉」



 突然、鞭のようにしなったメカタイガーの尻尾によってブルームは弾かれ後退させられた。構えた両腕が尻尾を受けとめなかったら転んでいたかも知れない……トリガーは防御か!


 いや、絶対に射撃にも使うはずだ。


 けど今は射撃武器を装備していないから防御入力に切りかわっている? ブルームが銃もなにも持っていないのは外見からも分かっていたが、どこかに内蔵されていたりもしなかったようだ。



 ガラッ‼



 メカタイガーの周囲の壁が崩れ、拡大した穴から解放されたメカタイガーが這いでてくる。こちらからの一方的な攻撃タイムは終わった。



「ダメだ!」



 倒せるなら倒してしまおうと思ったが攻撃力が不足している。やっぱり逃げよう。そう、敵に背を向けて一目散に──そこまで考えて、さくは無理だと悟った。


 恥とかではなく、メカタイガーの加速力はブルーム以上だとこれまでの動きで分かっている。走って逃げても追いつかれる。それに背を向けたら敵が見えない、死角から攻撃されたらよけられない!



 ガオォォッ‼


「くっそぉッ‼」



 結局、さくは敵を正面に見ながら後方へと逃走、突進してきたメカタイガーに追いつかれたら、これまでどおり闘牛士マタドールスタイルか横跳びで回避すると決めた。


 進行方向が見えないバックも怖いが、さっきのように障害物にぶつかっても今度は慌てずに対処すると肝に銘じる!



 バッ! ギュルッ‼


 ブン! ズシャッ‼



 ブルームがひらり、はらりと身をかわし、その脇を通過したメカタイガーが方向転換で身をひねる度に、そこらに散らばる燃えた建材が跳ねとばされて火の粉を散らす。


 ブルームはメカタイガーに加速力では劣るが小回りでは勝っている。さくは慣れたこともあり的確に回避を成功させていった。しかし機体はともかくさくの精神力が削れていく。



(この状況、マズくない……?)



 今、攻撃をよけるのはそんなに難しく感じていないが、それでも不運にミスする可能性は常にある。自分は別に強運の持ち主とかではない。こんなのいつまで続くか。


 運が尽きたらジ・エンド。


 尽きると言えばブルームの稼働時間もだ。あとどれだけつ? モニターにそれらしき表示があるが見方が分からないし、メカタイガーから目を離せないのでじっくり見てもいられない。



 バッ! ギュルッ‼


 ブン! ズシャッ‼


「ハッ、ハッ、ハッ!」



 焦燥感に呼吸が荒くなってきた。倒せないし、逃げられない、いつまでこうしていればいい? この先、メカタイガーの攻撃を決して食らわないとしても、待っている展開は2通り。


 どちらかが先にガス欠になる。


 メカタイガーが先になってくれれば逃げられるが、ブルームが先になったら自分は……死ぬ。その未来の分岐に、自分の関与できることが……ない。



(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ‼)



 こんな理想のロボットに、一生 無理だろうと絶望さえしていたロボットに乗るって夢がせっかく叶ったのに、まだ全然 楽しんでいない! こんなところで死んでられるか‼



 ドンッ!



 ついにまた、背後のなにかにぶつかりブルームがとまった。コンソールパネルにある機体後方を映したサブモニターを見ると双腕重機ボガバンテの残骸が。



(元の場所に戻って──!)



 ここは工場敷地内の、地肌が剥きだしになった重機の実演場だ。最初にメカタイガーが現れて、ボガバンテを攻撃して爆発させた。


 だから、すぐ傍に。


 ボガバンテがその前にしていた試し斬りで振りおろし、重ねた畳を台座ごと斬って地面に刺さった、271cmと長大な反りのない片刃の刀剣【れいだいちょくとう】が、今もそのままになっていた。


 そしてコクピット側面のモニターに映る景色の中のその刀の傍には拡張現実で、ブルームの操縦桿レバーを象ったアイコンのアニメーションが表示されていた。


 レバーの親指ボタンを押すのと、人差指トリガーを引くのを、同時に行え。とのアイコンからの指示に、さくは考えるより先に従っていた。左右のレバー両方で!



 ガッ! ググッ……



 ブルームが両手で刀の柄を握って力を込めるとズシャッ‼ と土砂を撒きちらして地中からそれを引き抜いた。選ばれし勇者が伝説の剣をその手にする様そっくりに。


 ブルームが大直刀を中段に構えた。


 ブルームの腕の長さに合っている。


 なんだこのりっが大好きな(自分も普通に好きな)ファンタジーの定番シチュは。出来すぎだ。


 これでは信じていないはずの神に『いいからロボットアニメの主人公らしく戦え』と言われた気になるじゃないか。人が殊勝にロボット狂のさがを抑えて安全第一を心がけていたのに──なら!



「やってやる‼」


 ガオォォッ‼



 ブルームが中段に構えた刀の向こうからメカタイガーが駆けてくる。もう逃げるのはやめだ。さくは左右のレバーを前へと突きだし、左右のペダルを目一杯に踏みこんだ──ギュオッ‼


 ブルームの足底部の車輪が最高速で回りだし、機体を爆発的に加速させてメカタイガーに向かって全速前進させる! 互いを目指して爆走する2体のロボットの距離が瞬時に縮まり──ゴォッ‼



「⁉」



 白兵攻撃の間合いに入る寸前に、メカタイガーが口から炎を吐いた。最初に建物に放火した機能! これまで使われなかったので失念していた!


 少々の火に当たった程度ではブルームはなんともないし、コクピット内もすぐに高温にはならない。だがこれは目くらましだ。正面モニターが赤く染まってメカタイガーが見えなくなった。


 永遠に感じる刹那、さくは怖くてたまらなかった。それでも。うろたえて下手に回避すれば隙をさらし、追撃を食らって本当にられる!



「うわぁぁぁぁ‼」



 さくは針路も速度も変えず、ただ右レバーのボタンを押した。それでブルームがどう動いたのかも炎で見えない。直後に衝撃、コクピットが激しく揺れ、機体が転倒! したが、生きてる‼



「虎は⁉」



 さくは天井のモニターにその姿を見つけた。倒れたブルームの頭上方向の地面に、口に深々と刀が刺さったメカタイガーが横たわっていた。



 カッ──



 メカタイガーが、眩い閃光に包まれた。


 その瞬間、さくは意識を失った。

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