双腕重機

 さくたち東京の公立小学校の5年生が林間学校の社会科見学で訪れたこの工場の会社【じょうりく けん 】は、建設機械業界において日本で1・2を争い、世界でも第3位の規模を誇る。


 その常陸建機が属する【じょうりくグループ】はここ茨城いばらきけんで創業された世界有数の総合電機メーカー【じょうりく せい さく じょ】を中核とする、総従業員30万人の巨大企業グループ。


 だが生徒の大半にはそんな権威は通用しない。社名を聞いても『あー、あのCMの』と反応されればまだマシで、知らない子も多い。



(それでいいんじゃ)



 大人の力関係を持ちこんでも子供たちには煙たがれるだけだ。それは未来を担う若者にこの分野への興味を持ってもらうという社会科見学の主旨に反する。


 そう考えればこそ、生徒たちと引率の教師らを出迎えて工場を案内し、解説などを行っているその男は自己紹介もしていない。


 作業帽子をかぶり、作業服ツナギを着た。


 職人らしい貫禄の、白髪頭の老人。


 いかにも〔工場長〕という風体のこの男がその実、この工場の勤務でもなければ常陸建機の社員でもなく。常陸ひたち かおる】であることなど。


 どうでもいいと。


 無論、教師たちは分かっているので生徒が政財界の重鎮であるこの老爺に無礼を働かないか戦々恐々としていた。


 彼がその気になれば一般人を東京湾に沈め、その殺人を隠蔽するなど造作もない。さすがに子供にそんなことはしないだろうが、監督責任のある大人である教師まで許されるとは限らない。


 そんなことは露知らぬ生徒たちは和やかなムードの中、朗らかに語る工場長(偽)のマイク越しの声に耳を傾けていた。







『我が社は以前より、このように2つの腕を持ったショベルカー〔そう わん じゅう 〕を開発してまいりました。こちらはその最新型となる【ボガバンテ】です!』



 工場長の開いた掌で指し示された先に、橙色の重機。


 運転手が座っている箱状の運転室キャビン


 その左右から伸びる機械のアーム。


 どっしりした車体を支えるいくつもの車輪は複数の板を繋げて帯にしたたい(無限軌道・キャタピラ・クローラーなどの別名もある)に包まれている。


 ボガバンテはその履帯で、舗装されていない剥きだしの地面を踏みしめていた。工場敷地内に設けられた重機の実演用の空間。そこだけどこかの工事現場のよう。


 その一帯は地面に並べられた三角コーンと、隣りあった2つのコーンの頂点同士を繋ぐ縞柄の棒──コーンバーの連なりによる結界で仕切られている。


 生徒たちはその外から見学していた。



『ボガバンテとはスペイン語でザリガニを意味します。2つの腕をザリガニのハサミに見立てて名づけられました』



 が、あまりザリガニには見えない。


 2つのアームの先端がハサミ状になっていたならそう見えたかも知れないが、そこは人間の手そっくりになっていたから。


 ボガバンテの全体の形は人型からは遠かったが『先端に五指のある手を備えた腕が左右2本ある』だけでかなり『人間らしい』と思わせる。


 工場長の解説は続く。



『この姿を見て「ロボットだ」と思いませんでしたか? ただの自動機械という意味ではなく、アニメや日曜朝のヒーロー番組で戦っている人型の巨大ロボット……はい、そうなんです』



 この茶目っ気のある話しぶり。


 生徒たちは引きこまれていた。



『双腕重機はたまたまロボットっぽく見えるのではなく、アニメなどのロボットが大好きで、それを作りたくて入社した社員によって開発された、重機でありロボットなんです』



 おーっ! と生徒たちから歓声が上がる。


 生徒のロボット好きの割合は高かった。


 さく常磐ときわほどディープな者は珍しいが。



『子供の頃から好きだった、まだ存在しない架空の科学の産物を実現したくてこの道に入るって、業界では珍しくないんですよ。なにかを目指すきっかけとは、そんな理由でいいんです』


「いい話だね」



 さくは右隣にいるに囁いた。今の話は『月面でジャンプしてみたい』との理由から宇宙飛行士を目指し、周囲の無理解に苦しんできたを励ましてくれたと思ったから。


 言葉は少なくともその意図は伝わったのだろう、は頬を染め、はにかんだ笑顔を見せてくれた。超かわいい。



「うん。アリガト」


「えへへ……ッ⁉」



 さくは急に悪寒がした。今はのいる右を向いているため見えない、左隣のりっの周辺だけ体感温度が下がったような。


 いや、まさか。


 これは『といい雰囲気になってりっが嫉妬している』=『りっは自分に気がある』という己の願望が生みだした幻覚だ。でも怖いので見て確認はせず、さくは双腕重機に視線を戻した。



『ボガバンテ、起動!』



 ブロロロ……とエンジン音が鳴りはじめ、排気口から煙を吐いた双腕重機がゆっくりと動きだす。


 まずはその両腕がスッ──と動き。


 運転室キャビンの正面で互いの掌が合わせられた。胴体に当たる運転室キャビンが前傾しないのでお辞儀にはならないが、礼を執ったことが分かる。



 おーっ!



 双腕重機の運転室キャビンはほとんどが透明な窓に覆われて、中にいる運転手の姿が外からよく見える。ヘルメットに作業服姿のその運転手も、胸の前で合掌していた。


 双腕重機と運転手、両者の腕が同時に同じポーズを取った。その光景は複数人による踊りの動きがピタリと一致した時のように美しく、生徒たちを魅了した。



「すごいね」



 りっが小声でささやいた。語りかけるその口調は彼女の右隣にいる自分や左隣にいる常磐ときわに向けてのものだろうとさくは察した。ロボット好きな自分たちが喜ぶと思ってくれたのだろう。



「うん」「ああ」


『作業、開始!』



 双腕重機が傍に積まれた建材を手に取っては、それらを地面に置きながら組みあわせていく。せっせと動く重機の腕、運転手の腕もそれと同じに動いているのがよく分かった。


 運転手の両腕の側面に沿って、節のある棒が見えた。座席の肩の部分から運転手の握るグリップまで続いている。


 それらが運転手が腕を動かす度に同様に曲がり、それと同じ形になるよう重機のアームが動いていると、生徒たちは目で見て理解した。


 工場長が解説する。



『このような操作方式を〔マスタースレーブ〕と呼びます。自分の体と同じように簡単にロボットの体を動かせる、とても便利なシステムです』



(知ってる)



 さくの脳裏にいくつか創作上の操縦方式にマスタースレーブを採用している搭乗式ロボットが浮かんだ。


 それらでは操縦士の腕だけでなく脚の動きもトレースしていた。ボガバンテでは腕だけなのは車体の脚に当たる履帯が、人間の脚とは形が違いすぎるからか。


 その履帯は運転手の足下のペダルで操作しているようだ。



(うまく使い分けてる)



『従来の双腕重機では普通のショベルカー同様、アームの関節ひとつひとつの動きをレバーで制御していました。それは難しい操作で、たとえ熟練者でもあまり早くは動かせません。ですが』



 重機なら誰もが見慣れていた。


 これまで生きてきて、そこらの工事現場で稼働している姿を幾度となく目にしているから。


 たとえじっと観察してはいなくても意識に焼きついたその動きより、ボガバンテはあまりに──


 速い。



『マスタースレーブならこのとおり。人が手で積み木のブロックを持つような気軽さで建築材を扱えます』



 不思議な光景だった。


 本来なら普通の重機でゆっくりとしか動かせないような大きな建材が、巨人が積み木をしているように楽々と動かされて組みあがっていく。どうにも現実感がない。


 科学の力と分かってはいても。


 狐か狸に化かされている気分。



『昔はマスタースレーブ、運転手の負担が大きすぎて使えなかったんですけどね。技術が進歩して使えるようになりました。これが普及すればあらゆる工事が早くなる、世界が変わりますよ!』



 おお~っ



 工場長は自信満々だった。自社製品への贔屓目があるとしても、その性能を見せつけられたさくには大袈裟とも思えなかった。


 ほどなくボガバンテが作業を終える。できあがったのは大きな木の台座に、畳を何枚も何枚も高く重ねて、四隅を固定した物体だった。りっさくに顔を寄せて小声で訊いてくる。



「あれ、なにか分かる?」


「……分からないや、ごめん」


「あっ、いいの。気にしないで?」



 せっかくりっに頼られたのに役に立てなかったことがさくは悔しかった。本当になんなんだ、新品の畳のいい匂いをさせやがって。


 どうも、アレを組みたてて終わりではないらしい。ボガバンテはなお駆動し……右腕だけ振りあげ、肘を曲げて運転室キャビンの背後へ手を伸ばし、なにかを掴んだ。



 ギラッ‼



 銀色の光が閃いた。車体の前に戻されたボガバンテの右手には陽光を照りかえす、薄く細長い金属棒が握られていた。


 それが運転室キャビンの背後にくくりつけていた鞘から抜かれた刀剣だと気づき、生徒たちはざわめいた。


 ただ、異様に長い。


 長大なボガバンテの腕と比べると、その前腕だけほどの長さしかないのだが、全長は2mをゆうに越えている。どんな長身の力持ちでも、あれを生身の人間が振れるとは思えない。



『この刀、長さは271㎝あります』



 さくの背丈の倍以上ある。それはそうと工場長は〔剣〕でなく〔刀〕と呼んだ。日本語でその2つは混同されることも多いが、区別する場合〔剣〕は両刃で〔刀〕は片刃の刃物を意味する。


 見ればその刀剣は切先が▲ではなく◢だ。斜線と、その下に伸びるほうの側にしか刃がついていない〔刀〕ということか。刀剣はロボットの定番武器なので、さくもそれくらいは分かった。


 工場長が続ける。



『見てのとおり人が使うには大きすぎますが、古来からそうした規格外の刀は神様への奉納用として作られることがありました』



『ここ茨城いばらきけんにある鹿しまじんぐうに伝わる国宝【ちょくとう黒漆平文大刀拵くろうるしひょうもんたちごしらえ】もそうした規格外の一振りです』



『この刀、その名も【れいだいちょくとう】は近年、サイズや形はその国宝を模して、中身は最先端科学技術と職人技の融合によって、今 作れる究極の刀を目指して鍛えられました!』



 おおっ! と歓声が上がる。


 刀剣が本来の武器としては廃れた現代で、そんな刀をわざわざ作ろうというのは浪漫でしかない。だが漫画・アニメ・ゲームを通じて刀剣に興味を持った生徒たちには、その浪漫こそが大事。


 もう次の展開は予想できる。


 みんな期待に瞳を輝かせた。



『そしてボガバンテなら、人には振れないこの刀も振れます! 重機で刀を振るう機会など普通ありませんが、我が社の技術アピールということで……令和の大直刀、試し斬り! 実演です‼』



 わーっ‼



 生徒たちのボルテージは最高潮に高まった。その声援の中、悠然とボガバンテが動きだす。履帯を回して地面の上をずりずり動き、畳の積まれた台座の前のちょうどいい位置でとまる。


 すっ──刀を持った両手を静かに振りかぶり、そこでいったん動きをとめた。ぴんと張りつめた空気に、生徒たちも思わず静まりかえる。そして──



 ずばぁん‼



 一瞬だった。電光のように振りおろされた刃は、雷鳴のような轟音を立てて、全てを斬りさいていた。


 2mほどに積まれた畳の全てを、その下の分厚い木製の台座ごと一刀両断し、地面にまで斬りこみ深々と埋まっていた。



 ウワァァァァーッ‼


 パチパチパチ──



 割れるような歓声と拍手の中、りっが囁いた。



「凄いんだね、今のロボット技術って。あれがもう少し発展したらアニメみたいなロボットになるんじゃない? そしたらたちばなくんたちもパイロットになれる、夢が叶うね」


「あの双腕重機? このあと生徒にも少しだけ運転させてもらえるみたいよ。よかったじゃん」


「あ、いや」



 さくは答えに窮した。2人は自分がずっと周りの熱狂をよそに無反応だったと気づいていない。ロボット好きな自分があの重機を気に入っていると信じている。


 話を合わせようかとも思ったが、耐えられなかった。



「違うんだ‼」


「「えっ?」」


「僕が乗りたいロボットはああじゃない‼」



 りっはぽかーんとした。2人だけではない、周りで騒いでいた生徒たちも皆、手と口をとめて何事かと注目した。だがさくは気づかない。


 周りが見えなくなっていた。



「だって機体が操縦士の動いたとおりに動くなんて、そんなの当たり前すぎて面白くもなんともない‼」


「リッカ、よせ!」


「あんなのはロボットって言わない! パワードスーツの間違いだ! ロボットは、2つのレバーと2つのペダルで操縦しないといけないんだ‼」


「歯ぁ食いしばれ‼」


「えっ──」



 謎の声に振りかえると、ヘルメットに作業服姿の男の拳が目前に迫り、さくは歯を食いしばる暇もないままブッ飛ばされた。

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