双腕重機
その常陸建機が属する【
だが生徒の大半にはそんな権威は通用しない。社名を聞いても『あー、あのCMの』と反応されればまだマシで、知らない子も多い。
(それでいいんじゃ)
大人の力関係を持ちこんでも子供たちには煙たがれるだけだ。それは未来を担う若者にこの分野への興味を持ってもらうという社会科見学の主旨に反する。
そう考えればこそ、生徒たちと引率の教師らを出迎えて工場を案内し、解説などを行っているその男は自己紹介もしていない。
作業帽子をかぶり、
職人らしい貫禄の、白髪頭の老人。
いかにも〔工場長〕という風体のこの男がその実、この工場の勤務でもなければ常陸建機の社員でもなく。
どうでもいいと。
無論、教師たちは分かっているので生徒が政財界の重鎮であるこの老爺に無礼を働かないか戦々恐々としていた。
彼がその気になれば一般人を東京湾に沈め、その殺人を隠蔽するなど造作もない。さすがに子供にそんなことはしないだろうが、監督責任のある大人である教師まで許されるとは限らない。
そんなことは露知らぬ生徒たちは和やかなムードの中、朗らかに語る工場長(偽)のマイク越しの声に耳を傾けていた。
¶
『我が社は以前より、このように2つの腕を持ったショベルカー〔
工場長の開いた掌で指し示された先に、橙色の重機。
運転手が座っている箱状の
その左右から伸びる機械のアーム。
どっしりした車体を支えるいくつもの車輪は複数の板を繋げて帯にした
ボガバンテはその履帯で、舗装されていない剥きだしの地面を踏みしめていた。工場敷地内に設けられた重機の実演用の空間。そこだけどこかの工事現場のよう。
その一帯は地面に並べられた三角コーンと、隣りあった2つのコーンの頂点同士を繋ぐ縞柄の棒──コーンバーの連なりによる結界で仕切られている。
生徒たちはその外から見学していた。
『ボガバンテとはスペイン語でザリガニを意味します。2つの腕をザリガニのハサミに見立てて名づけられました』
が、あまりザリガニには見えない。
2つのアームの先端がハサミ状になっていたならそう見えたかも知れないが、そこは人間の手そっくりになっていたから。
ボガバンテの全体の形は人型からは遠かったが『先端に五指のある手を備えた腕が左右2本ある』だけでかなり『人間らしい』と思わせる。
工場長の解説は続く。
『この姿を見て「ロボットだ」と思いませんでしたか? ただの自動機械という意味ではなく、アニメや日曜朝のヒーロー番組で戦っている人型の巨大ロボット……はい、そうなんです』
この茶目っ気のある話しぶり。
生徒たちは引きこまれていた。
『双腕重機はたまたまロボットっぽく見えるのではなく、アニメなどのロボットが大好きで、それを作りたくて入社した社員によって開発された、重機でありロボットなんです』
おーっ! と生徒たちから歓声が上がる。
生徒のロボット好きの割合は高かった。
『子供の頃から好きだった、まだ存在しない架空の科学の産物を実現したくてこの道に入るって、業界では珍しくないんですよ。なにかを目指すきっかけとは、そんな理由でいいんです』
「いい話だね」
言葉は少なくともその意図は伝わったのだろう、
「うん。アリガト」
「えへへ……ッ⁉」
いや、まさか。
これは『
『ボガバンテ、起動!』
ブロロロ……とエンジン音が鳴りはじめ、排気口から煙を吐いた双腕重機がゆっくりと動きだす。
まずはその両腕がスッ──と動き。
おーっ!
双腕重機の
双腕重機と運転手、両者の腕が同時に同じポーズを取った。その光景は複数人による踊りの動きがピタリと一致した時のように美しく、生徒たちを魅了した。
「すごいね」
「うん」「ああ」
『作業、開始!』
双腕重機が傍に積まれた建材を手に取っては、それらを地面に置きながら組みあわせていく。せっせと動く重機の腕、運転手の腕もそれと同じに動いているのがよく分かった。
運転手の両腕の側面に沿って、節のある棒が見えた。座席の肩の部分から運転手の握るグリップまで続いている。
それらが運転手が腕を動かす度に同様に曲がり、それと同じ形になるよう重機のアームが動いていると、生徒たちは目で見て理解した。
工場長が解説する。
『このような操作方式を〔マスタースレーブ〕と呼びます。自分の体と同じように簡単にロボットの体を動かせる、とても便利なシステムです』
(知ってる)
それらでは操縦士の腕だけでなく脚の動きもトレースしていた。ボガバンテでは腕だけなのは車体の脚に当たる履帯が、人間の脚とは形が違いすぎるからか。
その履帯は運転手の足下のペダルで操作しているようだ。
(うまく使い分けてる)
『従来の双腕重機では普通のショベルカー同様、アームの関節ひとつひとつの動きをレバーで制御していました。それは難しい操作で、たとえ熟練者でもあまり早くは動かせません。ですが』
重機なら誰もが見慣れていた。
これまで生きてきて、そこらの工事現場で稼働している姿を幾度となく目にしているから。
たとえじっと観察してはいなくても意識に焼きついたその動きより、ボガバンテはあまりに──
速い。
『マスタースレーブならこのとおり。人が手で積み木のブロックを持つような気軽さで建築材を扱えます』
不思議な光景だった。
本来なら普通の重機でゆっくりとしか動かせないような大きな建材が、巨人が積み木をしているように楽々と動かされて組みあがっていく。どうにも現実感がない。
科学の力と分かってはいても。
狐か狸に化かされている気分。
『昔はマスタースレーブ、運転手の負担が大きすぎて使えなかったんですけどね。技術が進歩して使えるようになりました。これが普及すればあらゆる工事が早くなる、世界が変わりますよ!』
おお~っ
工場長は自信満々だった。自社製品への贔屓目があるとしても、その性能を見せつけられた
ほどなくボガバンテが作業を終える。できあがったのは大きな木の台座に、畳を何枚も何枚も高く重ねて、四隅を固定した物体だった。
「あれ、なにか分かる?」
「……分からないや、ごめん」
「あっ、いいの。気にしないで?」
せっかく
どうも、アレを組みたてて終わりではないらしい。ボガバンテはなお駆動し……右腕だけ振りあげ、肘を曲げて
ギラッ‼
銀色の光が閃いた。車体の前に戻されたボガバンテの右手には陽光を照りかえす、薄く細長い金属棒が握られていた。
それが
ただ、異様に長い。
長大なボガバンテの腕と比べると、その前腕だけほどの長さしかないのだが、全長は2mをゆうに越えている。どんな長身の力持ちでも、あれを生身の人間が振れるとは思えない。
『この刀、長さは271㎝あります』
見ればその刀剣は切先が▲ではなく◢だ。斜線と、その下に伸びるほうの側にしか刃がついていない〔刀〕ということか。刀剣はロボットの定番武器なので、
工場長が続ける。
『見てのとおり人が使うには大きすぎますが、古来からそうした規格外の刀は神様への奉納用として作られることがありました』
『ここ
『この刀、その名も【
おおっ! と歓声が上がる。
刀剣が本来の武器としては廃れた現代で、そんな刀をわざわざ作ろうというのは浪漫でしかない。だが漫画・アニメ・ゲームを通じて刀剣に興味を持った生徒たちには、その浪漫こそが大事。
もう次の展開は予想できる。
みんな期待に瞳を輝かせた。
『そしてボガバンテなら、人には振れないこの刀も振れます! 重機で刀を振るう機会など普通ありませんが、我が社の技術アピールということで……令和の大直刀、試し斬り! 実演です‼』
わーっ‼
生徒たちのボルテージは最高潮に高まった。その声援の中、悠然とボガバンテが動きだす。履帯を回して地面の上をずりずり動き、畳の積まれた台座の前のちょうどいい位置でとまる。
すっ──刀を持った両手を静かに振りかぶり、そこでいったん動きをとめた。ぴんと張りつめた空気に、生徒たちも思わず静まりかえる。そして──
ずばぁん‼
一瞬だった。電光のように振りおろされた刃は、雷鳴のような轟音を立てて、全てを斬りさいていた。
2mほどに積まれた畳の全てを、その下の分厚い木製の台座ごと一刀両断し、地面にまで斬りこみ深々と埋まっていた。
ウワァァァァーッ‼
パチパチパチ──
割れるような歓声と拍手の中、
「凄いんだね、今のロボット技術って。あれがもう少し発展したらアニメみたいなロボットになるんじゃない? そしたら
「あの双腕重機? このあと生徒にも少しだけ運転させてもらえるみたいよ。よかったじゃん」
「あ、いや」
話を合わせようかとも思ったが、耐えられなかった。
「違うんだ‼」
「「えっ?」」
「僕が乗りたいロボットはああじゃない‼」
周りが見えなくなっていた。
「だって機体が操縦士の動いたとおりに動くなんて、そんなの当たり前すぎて面白くもなんともない‼」
「リッカ、よせ!」
「あんなのはロボットって言わない! パワードスーツの間違いだ! ロボットは、2つのレバーと2つのペダルで操縦しないといけないんだ‼」
「歯ぁ食いしばれ‼」
「えっ──」
謎の声に振りかえると、ヘルメットに作業服姿の男の拳が目前に迫り、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます