葛藤
月影邸に上がった
「使ったら洗濯籠に入れといて」
「うん。ありがとう」
「ドーモ。ちょっと待っててね」
「はい、飲んで」
「あ、うん。いただきます」
「じゃ、部屋に行きましょ」
開栓してスポーツドリンクを飲みながら
外気で熱せられた体を冷やして、発汗で失われた水分と塩分をスポーツドリンクで補給──熱中症対策。
しかし
もっとも。
別の意味で生きた心地がしない状況ではあるのだが。他に誰もいない家の中、
ブォォォォ……
カリ、カリ……
室内にエアコンと鉛筆の音だけが響く。座卓にプリントを広げ問題を解く……
それが始まったのはいいが、
傍にいるだけでドキドキする。
なんだか、いい匂いがするし。
それに一度、隣を見たら。
胸の形がくっきり見えた。
ブラジャーしてなかった。
しかも、もう少しで見えてはいけない(でも見たい)
本人の同意も得ずにそんなところを見てしまって
勃起しているのがバレても嫌われるだろう、座卓の端にお腹をくっつけて、そこが
もう、何重にも心臓に悪い。
こんな状態で勉強できるか。
それでも一応、解答欄を埋めていくが……
「ほら、ここは、こう」
「そっか、ありがとう」
間違えたところを
この部屋には望遠鏡が置かれ、壁には月の地図が貼られ、本棚には難しい本がいっぱいで、主の知的オーラに満ちている。
しかも
「ほら、ここも」
「ちょ、ちょ⁉」
消えるかと思ったが駄目だった。
もっとふれたい。腕の肌でではなく掌で
(いい加減にしろ僕!)
せっかく
(集中、シューチュー、しぅちぅぅっ‼)
¶
「はい、今日はここまで」
「お、お疲れさまでした」
今日の分のノルマを終えて。別に疲れて見えない
「アイス持ってくる。2人で食べよ」
「え、僕にもくれるの?」
「ええ。アタマ疲れたら糖分補給よ」
「ありがとう……ごちそうさまです」
「はい」
「うん」
ぼすっ
棒状のものを咥えて。
白いものを吸っている。
(アレが僕の……だったら──だぁっ!)
……。
……。
2人とも、アイスを食べ終わる。
すると
「ねぇ、
「ん、なに?」
「大事な話があるの」
ドクン
「うん、聞くよ。話して」
「アリガト……えっとね」
「……」
視線が合う。
見つめあう。
照れるが、今はそれより話をちゃんと聞かなくては。緊張する
「アタシ、トランポリン辞める」
「え──え⁉」
違う話だったが、これはこれで一大事だ。
前に聞いたが、
きっかけは、あのゲーム。
世界で親しまれる日本発のアクションゲーム、操作ユニットの主人公が超人的な身体能力──特に跳躍力──によって大冒険をくり広げる、あのゲームを遊んで。
その主人公、オーバーオール姿の配管工のようなジャンプを、自分の体でしてみたいと憧れたから。
そういえば、
それはともかく。
宇宙飛行士になって月に行くまで、その欲求が少しも満たされないのでは辛抱できないと、
そのため幼い頃からトランポリンを習っていて、週一で教室に通っている。ずっと生活の一部だったそれを辞める──それだけ重大な決意をした理由がなんなのか、
「どうして?」
「あのロボットゲーム【
「あ、うん……」
「お金かかるじゃん。この前は総帥にオゴッてもらえたけど、次からタダじゃないし。で、トランポリンの教室も高いんだ。親に両方は出してもらえないから、そっちは切るわ」
切る──という冷たく聞こえる言葉。
「別にアーカディアンは4人一緒でなくても。僕たちに合わせて好きなこと辞めること、ないんだよ?」
「違うわよ。アタシだってアーカディアン気にいったんだから。好きなことを我慢してまで、付きあいで興味ないことやらない。そんなことされても嫌でしょ?」
「うん……申しわけないし」
「そうじゃないから気にすんな、ってコト。実はトランポリン、飽きてるのよ。決まった範囲の上でしか跳べないことを窮屈にも感じてたし」
「
「毎週は、いいかなって。ちょっと跳びたくなったら、フラッと行って短時間だけ遊べる施設もあるし」
「そっか。なら、いいんだけど」
確かに、だったらトランポリン教室を辞めるのに問題はない。だが、それなら『大事な話』と断る必要もなかったのでは。
「でもね」
腑に落ちなかったところに
「うん……なに?」
「
「けど?」
「現実でジャンプする時だったら感じる、体が重くなった感覚。落下中に感じる浮遊感。着地した時の振動──そういうのが一切なかったから。物足りないとも思ったわ」
「うん、それは僕も思った」
乗物系の
だから、
実機のアーク【ブルーム試作1号機】に乗った時は機体の揺れを、加速Gを感じて、動いている機体の中にいると実感できた。ゲームにそれがなかったのは少し残念だった。
「だからアタシも実機に乗りたい」
魔法少女になりたいと願っていた
ハイジャンプしたい
親友同士の2人、同じ流れ──
「そう、思いはしたけど。アタシは
「‼」
「実機のクレセントに乗ってジャンプしてみても、月でジャンプすることの代わりにはならないわ。重力の少ない月では、落下のスピードも遅くなる……その感覚を、アタシは確かめたい」
「うん……」
「アタシはその夢を、捨てられない。だから、アンタと同じ道は選べない……
「
(これもう、告白されたも同然じゃ⁉)
「
「話の途中よ、居留守するわ──そんなの納得できない。
「う、うん! 分かるよ」
「なのに
「はっ、はいっ!」
「アタシ、アンタのこと──」
初めは予想したのと違う話だったと思ったが、違わなかった。
受けとめろ。
「
「ちょっと、アタシが話してるのに他の──」
「う、後ろ!」
「なによ──ッ⁉」
バンバンバンバンバンバン‼
「(あけて‼)」
掌で激しく窓を叩く
一方、
「開けるか馬鹿‼」
「(だったら!)」
(ちょっ⁉)
窓ガラスを割る気だ! 非力な
「
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