怪盗vs大首領

 蒼穹を翔ける2つの影。


 その軌道がもつれあう。


 国立科学博物館の中庭から上空へと飛びあがって戦い続ける、怪盗忍者1号といしめんサガルマータの2名がそれぞれ乗りこむ、どちらも背中から鳥の翼を広げる黒いロボット。


 全高3.8mの搭乗式人型ロボット【アーク】の飛行タイプ。その双翼と、そこに内蔵されたジェットエンジンの噴射で空を飛ぶ。そこまでの特徴が共通する。



■ ミルヴァス ■

 怪盗忍者の乗機。半人半鳥──烏天狗のようなシルエットで、頭部や下腿部も鳥のそれ。手に腕と同じほどの刃渡りの直刀──しのびがたなのアーク用サイズを持つ。



■ グレナディーン ■

 石仮面サガルマータの乗機。背中の翼以外は鬼を思わせる、頭部に2本角がある厳めしい機体。手に、その巨体が持つと標準サイズのに見える、人間用のおお石州せきしゅうおお】の複製レプリカを持つ。



 機動性は怪盗機ミルヴァスのほうが優れる。


 空中ではそれがより顕著になる。


 なにせ怪盗機ミルヴァスの全身は細く軽く浮きやすく、そして空気抵抗を小さくする流線形をしていて、いかにも飛ぶための機体。


 対して石仮面機グレナディーンは太く重く浮きづらく、表面積が広いだけでも空気抵抗が大きいのに形も航空力学に配慮していない。陸戦用の機体に翼をつけて無理やり飛んでいるような。


 手足をほとんど動かすことなく泰然と飛ぶ石仮面機グレナディーンの様子は、秘密結社ザナドゥの大首領だけあって王者の風格だが、軽業的に空を舞う怪盗機ミルヴァスから見れば静止しているも同然。


 なのに。



『ええい! うっとうしい‼』


『クク。大丈夫かね、怪盗殿』


『るっせぇよ‼』



 互いにロックオンしているため敵同士でも通信が繋がっている両機の操縦室コクピットに響く声は、怪盗忍者には焦りがあり、石仮面サガルマータには余裕がある──形勢は石仮面機グレナディーンの優勢だった。そのわけは──



 カッ──バッ‼



 石仮面機グレナディーンの左右の肩鎧の上に設置された短砲身のレーザー砲が赤く閃き、レーザー光線を浴びた怪盗機ミルヴァスが即座に体をひねって、その射線から外れる。


 石仮面機グレナディーンの肩部レーザー砲は砲身が短く、その中のレーザーを精製する光共振器キャビティも小さいため威力が低い。アークにダメージを与えるにはある程度、同一箇所に照射し続けなければならない。


 だから一瞬までなら浴びていい。怪盗忍者は機体が破壊される前に姿勢を変えて軌道を変えて、実質的には回避していた。


 レーザーは怪盗機ミルヴァスに決定打を与えられない。


 だがしかし、質量のない光を放つため反動がない(実はほんの少しあるが無視できる程度でしかない)レーザーは、質量のある弾丸を放つのと違い、放った者の姿勢を崩すことがない。


 そのため容易に照準を調整することができ、一度は射線上から逃れた怪盗機ミルヴァスへと即、再照射。怪盗機ミルヴァスはそれもまた回避するが、それで手一杯なところへ──



 ブンッ──ガキィィィン‼



 レーザーを放ちながら鷹揚に接近した石仮面機グレナディーンが刀を振るい、怪盗機ミルヴァスはそれをなんとか忍刀で捌いた。正面から受けては力負けするので、力を逸らして受け流した。


 ただ受けとめるより難しいパリィを成功させた怪盗の技量は、称賛に価する。しかし機動力で勝りながら回避ができず防御するしかなかった怪盗としては面白くない。


 それに受け流しはしたが姿勢を崩した怪盗機ミルヴァスは、すぐ傍を通りすぎる石仮面機グレナディーンに反撃する余裕がない。悠々と離れた石仮面機グレナディーンは再びレーザーを照射、必死によける怪盗機ミルヴァスにまた斬りかかる。


 その、繰りかえし。


 怪盗機ミルヴァスは防戦一方。


 少しでも対応を誤れば撃墜されるレーザーを回避するのに息をつく暇もなく、回避のため急旋回する度にGで体が軋み、怪盗の心身は疲弊していく。


 一方で石仮面機グレナディーン怪盗機ミルヴァスを仕留められず攻めあぐねている、と取れなくもないが。


 石仮面サガルマータの負担は怪盗より、ごく軽い。


 Gのきつい急激な機動はしていない。


 肩部レーザー砲は副武装のため照準作業が不要。パイロットは発射ボタンを押すだけで自動的にレーザー砲塔が旋回して敵機へ向いて光線を放つ。気楽な作業。


 どちらも機体に損傷はないが、パイロットも機体の一部。そのコンディションは怪盗機ミルヴァスのほうだけが悪化していた。それは操縦精度の低下を招く。


 このままでは──が、流れが変わった。


 石仮面機グレナディーンのレーザー照射が、とまった。



『どしたァ! もう終いか⁉ へっ、馬鹿みてーにバカスカ撃ちやがって! もう蓄電池バッテリーがヤベーんだろ‼』


『参ったね、図星だよ』



 レーザーは大量の電気を消費する。近年の蓄電池バッテリーは一昔前より容量がかなり増えたとはいえ、乗物としては大きくないアークに積める程度のものでは、レーザーの長時間使用に耐えない。


 電池が減っても機内の発電機ジェネレータから充電できるが、その発電機ジェネレータを回すディーゼルエンジンの燃料オイルも有限。その予備も含め、残りが心許ない。そう判断して石仮面サガルマータはレーザーの使用をやめた。



『形勢逆転だ‼』



 この時を待って辛抱していた怪盗忍者1号は快哉を叫びながら機体を最大加速させた。怪盗機ミルヴァスはレーザーに邪魔されることなく石仮面機グレナディーンへと接近、その背後に回りこむ!


 石仮面機グレナディーンは体をよじって振りかえろうとする。しかし旋回性の低い石仮面機グレナディーンが振りむくより早く、怪盗機ミルヴァスの忍刀がその頭部へと迫る──ビュッ‼



『なに⁉』


『ククッ』



 だが、それは紙一重で回避された。虚しく空振りした忍刀ごと怪盗機ミルヴァス石仮面機グレナディーンの傍を通りすぎ、また両機は離れた。


 鈍重な石仮面機グレナディーンは決して回避が得意ではない。今の動きだって遅かった。しかし遅くとも最小限の動きで忍刀の斬撃の軌道から逃れていた──見切っていた、石仮面サガルマータが。怪盗は苛立った。



『テメェ! なんだ今のは‼』


『驚くことかね? アークは背後にも眼がある。サブモニターを見て後ろから来る敵に対処するくらい、アークのパイロットならできて当然だろう?』


『死角からの攻撃に反応したことじゃねぇ! なんでそれが間に合ったかって訊いてんだ!』


『甘えるな。敵に教える義理はない』


『だっ! 誰が甘えん坊だぁぁッ‼』



 怪盗機ミルヴァス石仮面機グレナディーンへ再び攻撃を仕掛けた。周囲を飛びまわって撹乱し、背後を取ってから接近して斬りつける! よけられても再び背後を取って斬りつける‼



 すかっ


 すかっ


 すかっ



 だが何度やっても空振りする。腕を狙っても、脚を狙っても、翼を狙っても。最初に頭を狙った時と、結果は同じだった。



『なぜだ、なぜ当たらねぇ……!』


『本当に分からないのか? いい加減、哀れになってきたな……よかろう、教えてやる。それは君の不殺主義の弊害だよ』


『⁉』


『君は我を、パイロットを殺さぬよう、コクピットのある胴体を決して狙わない。選択肢が1つ減って、実に読みやすいよ』


『ッ……!』


『それに胴体にある機体中心を狙われれば、少し動いた程度では他の場所に食らってしまうが、胴体以外の末端を狙ってくるので少し動いただけで完全によけられる』


『くっそォォォ‼』



 それでも怪盗機ミルヴァスは指摘されたとおりの、これまでと同じ攻撃を続けた。そして石仮面サガルマータの解説したとおりに回避されていく。


 怪盗に敵を殺める選択肢はない。


 そして、忍刀以外の攻撃手段も。


 殺傷力の高い射撃武器は、人を殺さないようにと急所をさけて撃っても当たりどころが悪く死なせてしまう危険が高すぎるし、外れても流れ弾が無関係な人を傷つける危険まであり論外。


 殺傷力の低い捕縛用の射撃武器も、それで機体を重くするならないほうがいいと搭載していない。


 だから本当に忍刀1本しかない。


 その巨大忍刀でないと斬れないものを、人間まで斬らないよう注意して斬る。先日テロリストが乗ったボガバンテの、運転室キャビンの天井だけ斬ったように。それが怪盗忍者1号のアークでの戦い。



『いい加減──』


『そら』


『うおあぁッ⁉』



 懲りずに死角から末端狙いを続ける怪盗機ミルヴァスに対し、石仮面機グレナディーンの反応はこれまでと違った。攻撃をよけながら、傍を通りすぎる怪盗機ミルヴァスの針路上に自らの刀を置いておくカウンターを放った。



 ズバッ──



 怪盗機ミルヴァスは直前で身をひねったため、その胴体を斬られることはなかったが、完全には回避しそこねて左腕を切断された。



 ──ドボン‼



 腕は眼下の上野公園内にある不忍池しのばずのいけに落ちて水柱を上げた。人に当たって殺傷するようなことがなくて幸いだったが〔不忍しのばず〕とは忍者にとって不吉な名だ。


 左腕、忍刀を持つ右手と違ってなにも持っていない、失っても影響の少ない部位ではあるが全く影響がないわけではない。


 片腕を失ってバランスが悪化。


 人間なら歩行さえ困難になる。


 アークの場合、機体のAIが誤差を修正するので操縦するのに不便はないが、反応性レスポンスの低下までは防げない。ただでさえ劣勢の中、素早さが売りの怪盗機ミルヴァスにとってそれは致命的。



『ハァッ、ハァッ……!』


『我も死角から来る攻撃に、初見でカウンターを合わせることはできなかったが。こう何度も見せてもらえば慣れもする』


『ケッ! 勤勉な大首領サマだぜ‼』


『君がコクピットを狙っていれば我はとっくに死んでいるがね。敵の命まで救いたいとは大した聖人ぶりだ』


『ちげぇよボケ! 誰が悪党の命なんか尊重すっか! オメーはぜってー死なす! ただし、それはオメーに裁判を受けさせて、死刑が執行されるって形でだ‼』


『フッ──フハハハハ‼ 遵法意識の高いことだ。それなら自首したまえ、君を逮捕するため苦労している司法関係者が喜ぶぞ』


『誰があんな奴らに‼』



 怪盗機ミルヴァスは仕掛けない。機体性能が劣化した以上、うかつに攻めればまたカウンターを食らい、今度こそ殺られるかも知れない。


 攻撃の応酬がとまった。


 言葉の応酬だけが続く。



『これまで、どれだけの罪もない人々がアイツらに捕まったか。自衛や正義のために自ら悪人に立ちむかったら、それは犯罪だと逮捕された。その悪人から助けてくんなかった警察に‼』


『ふむ? 正当防衛のつもりが過剰防衛とされたり、私人逮捕のための実力行使が相当と認められる限度を超えた、という話か。確かにそれらの〔認められる程度〕の基準は〔社会通念上〕なる曖昧なものだったね』


『そうだ、なにが必要限度だ! ヤベー奴と命がけで戦うのに、手加減なんてできっかよ! オレみてーに最初からそのつもりで訓練してる奴でもなきゃ‼』



 近年そのような件が増えていた。


 アークが販売されてから増えた。


 個人でアークを所有する者が増えて、それが悪用される事件が多発する中、それに立ちむかう個人アーク所有者も現れていた。


 アークをとめるのはアークでないと難しい。警察の仕事だが、警官が間にあわないこともある。そんな時アークをとめる力が、アークが自分にあるなら、と。


 その多くが、やりすぎた。


 そもそも人型車両であるアークでの殴りあいで手加減もクソもない。機体をとめるだけのつもりがパイロットまで潰してしまう事例が続出……その正当性は、認められなかった。


 民間人の、正義の味方。


 彼らは今、牢獄にいる。



『だからオレは殺さねぇ! オメーみてーな悪党が相手だろうと殺せば殺人犯、警察はオレに発砲も辞さなくなる! そうなりゃオレもお陀仏だ!』


『なるほど。綺麗事ではなかったか』


『ああ。ただの窃盗犯が相手じゃ過激なことはできねぇ。無実の英雄たちを陥れた法を逆手に取って警察の追及をかわしながら、俺は彼らの分まで正義を成す‼』


『ククククク、なんとまぁ胸を打つ話だ。感動したよ。しかし、だからこそ皮肉だな。君のその信条が、君を殺す‼』


『‼』



 ゴッ‼ ──のんびり飛んでいた石仮面機グレナディーンが突然、その双翼のジェットエンジンから火を噴いて急加速、怪盗機ミルヴァスへと突撃した。真正面から接近し、すれ違いざま刀を振るう!



 ガキィィィン‼



 怪盗機ミルヴァスは忍刀で受け流した。レーザーで動きを封じられてから攻撃された時と同じに。今回はレーザーを撃たれていないのに。



『チィッ!』


『受けたね? 君のほうが速いのだから、よければよかろうに。それ以前に、君が後退すれば我は追いつけなかったぞ? 先程のお返しだ……ジェットエンジンの燃料が残り少ないのだろう?』


『……』



 両機の翼に仕込まれたジェットエンジン。その噴流の反作用で機体を移動させる推進器スラスターには、噴射するのに専用の燃料がいる。発電用ディーゼルエンジンの燃料とは別に。


 使えば当然、なくなる。



『こちらの電池残量はレーザーを撃つには心許ないが、そちらはまだたくさん残っているよ。あまり動いていないからね。君は、ずいぶんと動きまわっていたようだが』


『ッ……!』


『そろそろ燃料の残りが気になって節約を始め、動きの少なくて済む防御を選んだ……どうかな怪盗殿、この素人探偵の推理は』


『出る番組 間違えてるぜ、ジイサン!』


『当たりかな? では、決着を急いだほうがいいぞ‼』



 ガキィィィン‼


 ガキィィィン‼



 石仮面機グレナディーンがまた突撃して刀を振るい、怪盗機ミルヴァスが忍刀で受けるを繰りかえす。怪盗機ミルヴァスはカウンターができない、石仮面機グレナディーンのほうが刀のリーチが長く、忍刀の間合いの外から攻撃してくるから。


 再び防戦一方になる怪盗機ミルヴァス


 その反応が鈍くなっていく。


 怪盗忍者が心身の疲労から操縦精度が下がっていくのに対し、石仮面サガルマータは怪盗の動きに慣れて攻撃精度が上がっていく!



『いつまで受けきれるかな⁉』


『くっそォォォ‼』


『この我を相手に手加減する余裕があるなどと慢心した報いだ。君の全力を見てみたかったものだが残念だよ……名残惜しいが、そろそろ終わりにしよう』


『う……ああああああッ‼』



 怪盗機ミルヴァスが、動いた。残りの燃料を大盤ぶるまいして推力全開、石仮面機グレナディーンの周りを飛びまわって攪乱し、死角から突撃──忍刀の切先をその胴体に向けて!


 不殺を捨てた、必殺の一撃‼


 怪盗忍者1号は信念を曲げた。そもそも人命尊重の観点からの不殺ではない。自分の命がかかっている局面でまで守るつもりは元からない。手加減なしのこの一撃なら──



『甘い‼』


『なッ⁉』



 ズバッ‼ ──石仮面機グレナディーンの振りむきざまに放ったカウンターが怪盗機ミルヴァスの両脚を切断した。その2つも不忍池しのばずのいけに落ちる。怪盗機ミルヴァスの胴体から生えているのはもう頭と右腕と双翼のみ。


 飛行に問題はないが。


 あまりにも痛々しい。



『アーッハッハッハッ‼ 今の一撃より不殺を守ったこれまでの攻撃のほうが鋭かったぞ? 不慣れなことをするものではない、ということさ……我の、計算どおりだ』


『……オレの全力を引きだした上で、完璧に勝とうってんじゃ』


『誰の美学だね、それは。敵を強くしてどうする。敵との会話は弱体化させるための心理戦……当然だろう?』


『卑怯者‼』


『好きなだけ罵りたまえ! 負け犬の遠吠えは耳に心地よい‼』



 石仮面機グレナディーンが、怪盗機ミルヴァスへ迫る!


 怪盗機ミルヴァスは脚を振る慣性によっても空中で姿勢を制御していた。それを失っては敏捷な方向転換はできない。今の攻撃でジェットエンジンの燃料も使いきり、翼で滑空しかしていない。


 五体満足、ジェットエンジン推力全開で飛翔する石仮面機グレナディーンから見れば──静止しているも同然。



『さらばだ、怪盗殿。なかなか楽しめた』


『来るなッ! 来るなァァァァァァッ‼』



 グサッ



 石仮面機グレナディーンが腰だめに突きだした刀が、怪盗機ミルヴァスの胸部を貫いて、切先が背中から突きでて、串刺しにした。そこはコクピットの、パイロットの頭がある位置を正確に、貫通していた。

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