敗北

 上野公園、上空にて。


 秘密結社ザナドゥの大首領、いしめんサガルマータの乗った黒き有翼鬼神型アーク【グレナディーン】の振るった刀は、怪盗忍者1号の乗った黒き鳥人型アーク【ミルヴァス】の──


 左腕を斬り。


 両脚を斬り。


 最後に胸を突いて、串刺しにした。


 刀が抜けると、怪盗機ミルヴァスは落下した。


 それでも。


 貫通された胴体、センサー類のある頭部、しのびがたなを持つ右腕、背中の双翼だけとなっても怪盗機ミルヴァスは機能を停止してはいない。


 アークは胴体内にある、機体の制御コンピューターか蓄電器バッテリーを壊さない限り動く。が、機体が生きていても動かす人間が死んでしまえば、もう動きようがない。


 全高3.8mの搭乗式人型ロボットであるアークは、大抵の人間から見れば自らの倍以上も巨大だが、その胴体だけ見ると意外と小さい。胴体内の大半を占めるコクピットは1人を詰めこむのが精一杯な狭さ。


 その、人なら心臓がある胸の中心。


 パイロットの頭はその辺りに来る。


 そこを石仮面機グレナディーンの刀に貫かれて、なんの入力もされなくなった怪盗機ミルヴァスは動かなくなり垂直に落下──地面に激突する──前に。



 翼を広げた!



 ちょうど上野公園に生える──そして今その多くが燃えている──木々の頂の高さまで落ちてきたところで怪盗機ミルヴァスは翼を広げ、その空気抵抗で落下軌道をネジ曲げた!



 ぶわっ!



 滑空し、曲線を描いて斜めに降下した怪盗機ミルヴァスは地面スレスレで上昇に転じ──ガシャッ‼ その先の木に激突して地に墜ちた。


 そして、その胴体上面の出入口ハッチがばかっと開き、中から頭巾で顔を隠した忍装束の男──怪盗忍者1号が出てくる。



「ぐっ、あっ……」



 頭巾の側頭部が破れている。機体が激突・落下した時の衝撃で全身打撲になり、起きあがれず両腕で弱々しく地を這っている。


 そこは上野公園の外縁にある広場だった。


 上野駅のすぐ傍。昼時の今、本来ならこの辺りには大勢の人がいる。しかし声やサイレンは聞こえるが音源が遠い。近くの人は避難したらしい。


 だが上野公園は燃え、この広場にも結社ザナドゥメカビーストに殺されたのだろう一般人の遺体が転がっている。ひどい有様だ。


 そして広場の中央に、空から推進器スラスターの噴射で落下速度を殺し、悠然と垂直降下してきた石仮面機グレナディーンが降りたち、外部スピーカーを鳴らした。



『やぁ、怪盗殿』


「よぉ、大首領」


『刀に血がついていないので妙だと思えば。さすが怪盗、さすが忍者。刀がコクピットを貫いた瞬間、頭を横にズラしていたか』


「へ、ご明察だ……」


『そして機体を動かさず死んだフリをし、落下することで我から逃れ、激突前に機体を動かして墜落死を免れた。だが、あと一歩 及ばなかったな。その体ではもう逃げられまい』


「ちっ……」


『見事に我を欺いた褒美にここは見逃してやりたいところだが。それでは部下に示しがつかぬ』


「いい上司だぜ……!」


『そういうわけで、だ』



 石仮面機グレナディーンが足裏の車輪を回して低速移動、怪盗忍者1号の前でとまり……刀を上段に、振りかぶった。



『さようなら。怪盗忍者1号』


「ッ──」



「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ‼」



 ピクッ──刀を振りおろしかけた石仮面機グレナディーンがとまった。機体と怪盗忍者1号のあいだに突如として人が割りこんできて、両手を広げて背中に1号をかばい、立ちはだかった。


 怪盗忍者2号。


 頭巾で顔を隠しているが、忍装束のデザインとその声で女性と分かる。彼女は1号が国立科学博物館の中庭に登場したのと時を同じくして中庭の外に現れていた。


 そして怪盗に備えて集まった警備スタッフのアークと一緒に、そこに現れて殺戮をしていた結社ザナドゥの怪獣型ロボット【メカビースト】の群れに生身で立ちむかった。


 しかし彼女以外は全滅。


 勝ち目なしと隠れていたが──相棒の危機に飛びだしてきた。そして真っすぐ石仮面機グレナディーンの顔を見据える。


 その顔にある正面メインカメラ越しに、そのコクピットの正面メインモニターを見る石仮面サガルマータと視線を合わせるつもりで。



「この者を殺さないでくだされ‼」


『これはこれは。怪盗忍者2号殿』


「サガルマータ殿、拙者は見てのとおり女でござる。拙者の体を好きにする代わりに、1号は助けてくだされ」


「な……!」


『取引にならぬな。我がそう約束したとして、それを履行させる拘束力は? 我は君を好きにした上で、1号殿を殺せるのだぞ』


「お頼み申す!」


「いやナニやってんだよ2号‼」



 己をかばう小さな背中に怪盗忍者1号は叫んだ。2号は視線は石仮面機グレナディーンに向けたまま、背後の相棒に答えた。



「なぁに、お主を捨てて逃げられるものか」


「いや! オレを連れて逃げてくんない⁉」


「そうしたいのは山々だが怪獣ロボットとの戦いで忍具を全て、だから煙幕も使いきってしまった。姿を隠せぬのでは、手負いのお主を担いで逃げてもアークからは逃げきれぬ」


「ばっ……じゃあお前だけ逃げろよ!」


「それはできぬと言った! 話 聞いてろでござるよ‼」


「いや聞いてたよ! 聞いてたけど‼」



『フハハハハハハハハ‼』



「「ッ!」」


『怪盗忍者。君たちは本当に愉快なものを見せてくれた。それに報いてやれず心苦しいが……『破壊と殺戮の限りを尽くす』のが我らの方針。2人 仲良く──』


「2号、逃げろーッ‼」


「絶対、嫌ァァァッ‼」



『死ね』



 ブンッ──振りかぶられた状態でとまっていた石仮面機グレナディーンの刀が今度こそ振りおろされた。総長264㎝、刃長だけでも172㎝あるこの複製・せきしゅうおおなら、2人をもろともに両断できる。



 ズバッ……ドスッ



 刀は無慈悲に振りおろされ。


 切先が地面に突き刺さった。



『なにッ⁉』


「「え?」」



 怪盗忍者2名は生きていた。振りおろされる途中で石仮面機グレナディーンの刀が半ばから折れ、折れた先は吹きとんで離れた場所に刺さり、2人に当たらなかったから。


 刀が折れたのは、太刀筋の途上に横手から差しこまれた棒状の硬い物体に当たったためだった。怪盗機ミルヴァスとの斬りあいのあいだに負荷のかかっていた刀身が、それで限界を迎えたのだ。



 バッ‼



 石仮面機グレナディーンがそこから離れる。広場に飛びこんできて脇に抱えた棒状の、激光加農砲レーザーキャノンじんらい】で斬撃を妨害したアークの傍から。


 それは【ブルーム試作2号機・改】である石仮面機グレナディーンの兄弟機。同じ顔立ち、ただし鬼のような石仮面機グレナディーンとは頭の2本角の向きが逆で龍人のように見える。


 偶然だが、現在その背中に鳥翼型ユニットを装備しているのも同じ。ただしその翼は淡紅色、本体は緑色で、全身が黒地に赤の縁取りの石仮面機グレナディーンより優しげな色合い。



『貴様は』



 現役を退き、国立科学博物館に寄贈され、先刻までその中庭に置かれていた。燃料などは全て抜かれて動けないはずの──



【ブルーム試作1号機・おう



『1号機、なぜ動いて……いや、それより。我が手勢、メカビーストの反応が1つもない……まさか。貴様が全て倒したというのか』


『そうだ!』



 1号機から少年の、たちばな さくの声が響いた。


 咲也機ブルームはここより北の国立科学博物館から南下しながらメカビーストと戦い、この近くで激光加農砲レーザーキャノンで最後の残りを一掃した。そこへ怪盗機ミルヴァスが落ちてきて、さくは様子を見にきた。


 さくにとって怪盗忍者はテロリストから助けてくれた恩人で、だがヒーローになりたいさくは他のヒーローに助けられたことが悔しく、1号から侮辱されたこともあり、憎んでさえいた。


 しかし彼らが石仮面機グレナディーンに斬られようとしている光景を見るや、矢も楯もたまらず飛びだしていた。わだかまりが解けたわけではない、それでも。



(見捨てる理由は、なにもない‼)



『そうか、今の声。我が斬った警備機アイルルスのパイロットか。1号機に乗りかえ、仲間の機体から充電してもらって再起動したと。われが上空で怪盗殿と遊んでいるあいだ、地上もずいぶん愉快なことになっていたようだな』


『なにが愉快だ‼』



 咲也機ブルーム石仮面サガルマータが話している内に主武装を変更、激光加農砲レーザーキャノンじんらい】から【複製・おお】に持ちかえていた。そして足裏の車輪で広場を駆けて、石仮面機グレナディーンに突撃する!



 ブォッ‼



 折れる前の石仮面機グレナディーンの刀よりさらに長く、何倍も太い大太刀がうなりを上げて振るわれた。石仮面機グレナディーンの両脚を払うように。


 それはさく石仮面サガルマータを殺さないようコクピットをさけたから。無人機のメカビーストならどこだろうと遠慮なく斬れても、人が乗った機体ではそういうわけにいかない。


 さくも『悪人なんて死ねばいい』とは思っているが、それでも自分の手で人命を奪う覚悟など(おおむね)平和に育った12歳の身で、あるわけなかったから。


 殺さぬための、足払い。


 その太刀筋は低すぎた。



『おっと』


『あっ⁉』



 石仮面機グレナディーンは跳躍して軽々とよけた。そして、そのまま落下せず推進器スラスターを噴いて上昇して咲也機ブルームの刀の届かない高さまで逃れて、さらにどんどん上昇していく。



『逃げるのか!』


『ああ、逃げる。手勢は全滅、我が愛機も丸腰となっては、君に勝てそうもないからね。おめでとう、君たちの勝利だ』



 咲也機ブルームは追えない。


 ブルームおうには石仮面機グレナディーンと同じく、翼と推進器スラスター石仮面機グレナディーンのものはジェットエンジン、おうのものはロケットエンジンな点が異なる)による飛行能力があるが、今はロケットの推進剤がなく飛べない。


 怪盗忍者2名にも今は飛ぶ手段がない。


 誰も手が出せない高みで石仮面サガルマータわらう。



『ククククク……勝者を称え、敗者から負け惜しみを贈ろう! 「戦術上の勝利などくれてやる、戦略目標は達成した」と‼』


『戦略……?』


『怪盗なんぞを逮捕するため動員された大勢の警察官・警備員。そのほとんどが死んだ。この欠員はすぐに埋まるものではない。この都を守る力は減衰した』


『‼』


『一方、今日ここに率いた我が手勢は、結社の戦力のごく一部。さて、これから始まる我らの大攻勢を、君たちは防げるかな?』


『これから……』


『只今より東京は、そして日本全土は! 我らザナドゥによって恐怖と絶望の淵に沈む! えんがあれば、その戦場でまた会おう。2人の怪盗忍者、そして1号機のパイロット──さらばだ‼』



 石仮面機グレナディーンは火災の煙に紛れて消えた。


 3人はそれを見送るしかなかった。


 怪盗忍者1号が、地面を殴りつけた。



「くっそォォォッ‼」

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