優先順位

『うわぁぁぁ‼』


『駄目だーっ‼』



 民間警備員用アーク【アイルルス】の操縦室コクピットで、さくは自機の外部マイクが拾った音声をヘルメットのヘッドフォンから聞き、いぶかしんだ。


 怪盗忍者が現れた?


 しかし彼らがそう予告した正午まで、あと30分もある。過去、怪盗忍者が予告時間を破ったことは一度もない。なら、こちらの時計が狂わされていたとか、そういうトリックだろうか。


 ともあれ事は始まった。


 さくは気を引きしめた。


 相手は漫画に出てくる、いつも警察や名探偵を出しぬいている怪盗そのもののような連中。そう都合よく、こちらの想定どおり動いてはくれないか……しかしなんだ、この違和感は。



『あっ、あーッ‼』


『ヒッ、ヒィッ‼』



 桜並木のほうから聞こえてくる、その辺りを警備していた徒歩メンバーの声。建物に囲まれたこの中庭からは視線が通らなくて様子が見えないが……



『リッカくん、。なにか変だよ』


『そうね……まるで襲われてるみたい』



 りっ、自分と同様にそれぞれ民間機アイルルスに乗ってブルーム試作1号機を傍で守っている2人も感じたようだ。


 さくも、それを言葉にした。



「警備の人間に手荒なことはしない怪盗忍者を追いまわしているにしては悲鳴に緊迫感がありすぎる。これは……2年前、工場がメカタイガーに襲われた時、みんなが上げた恐怖の声みたいだ」


『やっぱり、リッカくんもそう思った?』


『アタシも、あの時と同じ空気を感じる』



 ワァァァァァッ……


 ギャァァァァッ……



『……ねぇ、あっち。助けに行かなくて、いいのかな』


りっ、勝手な判断で命令にない動きをしたら、作戦が破綻するわよ。アタシらがここを離れて手薄にして、その隙に怪盗忍者に1号機を盗られてもいいの?』


『そ、そっか……』


「嫌な予感がするけど、憶測じゃ動けない。向こうは実際には、どうなってるんだ……? 早いとこ状況を教えてほしいね」



 そこへ、やっと指揮官の警部から連絡が入った。



『殺人だ! 公園に現れた巨大動物型ロボットの群れに襲われ、花見客と我々 警察官・警備員の一部が殺傷されている‼』


「『『⁉』』」



(動物型? 怪盗忍者の使うロボットは、人型ロボットのアークだけだったはず。新兵器? ……違う、気が動転してる、そんなことより──)



 人が死んだ⁉



《負けても死にゃしないわよ。怪盗忍者、不殺主義者だし》


……泥棒の善性をアテにするな。それに、本当に奴らが誰も死なせない主義者だとしても、まだ誰も死んでいないだけで今後、誤って死なせる可能性はある。戦闘ともなれば》



 先日の常磐ときわの会話。


 それを聞いてさくも肝に銘じたつもりだった。しかし、つもりでしかなかった。相手の過失によって自分たちの誰かが死亡する可能性には留意していたが、相手の善性は疑っていなかった。


 個人的に恨みはあるが、これまでの行いから彼らは正義の味方だと。悪人にしか暴力を振るわない、自らを追う警察官や警備員であっても危害を加えることはないと信じきっていた。


 それが……警察官・警備員はおろか、盗みの邪魔をしもしない一般人の花見客まで害するとは、夢にも思っていなかった。


 想定は甘く、予感は的中していた。


 ここはもう2年前と同じ──戦場。



『──の者は避難を誘導しろ! アークは全機、ロボットの許へ急行、破壊して構わん無力化しろ‼ 1号機は放っておけ、もうそんな場合ではない‼』


「!」



 1号機を見放す発言にさくは反感を覚え、パイロットスーツの胸元をギュッと掴んで、その感情を抑えつけた。


 警部が、正しい。


 警察も怪盗忍者が人を傷つけることはないと、これまではただ窃盗犯の犯行阻止と逮捕のため行動していた。その前提が崩れた以上、優先順位がシフトするのは当然だ。


 これが怪盗忍者の陽動作戦で、1号機から離れた隙に盗まれたとしても、人の命には代えられない。そこを間違えるようでは、1号機にも顔向けできない。


 中庭ここにいた他の警備スタッフはもう全員、移動している。



「僕たちも行こう‼」


『うん‼』


『ダメよ‼』


「『えっ⁉』」



 にキツイ語調で否定された。


 戸惑うさくたちに、は──



『そんな本物の警備員みたく、命がけで他人を助ける義務なんてアタシたちにはない。偽物で、ただの子供のアタシたちには』


「『!』」


『不殺主義者の窃盗犯ならともかく、ガチの殺人犯の相手なんて危険すぎる──だから逃げる! 2人とも、ここが引き際よ‼』


「そ、そうか! ごめん、ありがとう‼」



 だが──りっが。



『ダメだよ! 人が襲われて、死んでるんだよ⁉ 生身だったらしょうがないけど、今わたしたちはアークに乗ってる、戦う力がある──なら戦って、助けないと‼ リッカくんだって、本当は助けたいと思ってるよね⁉』


「うん……でも僕にとって誰よりも大切なのはりっだ。見ず知らずの人を助けるために2人を危険にさらせない。それが僕の最優先事項だったのに、間違えた。ごめん!」


『間違いなんかじゃない! 心配してくれるのは嬉しいよ。でもわたし、リッカくんを縛る鎖になりたくない‼ 心配しなくても大丈夫だよ、わたしA級だもん。だから一緒に戦おう?』


りっ……」


りっ! アンタも常磐ときわから頼まれたでしょ⁉ さくがそういう英雄願望に従いたいところを、こらえさせるのがアタシらの役目なのに、逆にけしかけてどーすんのよ‼』


……」



(い、一体どうすれば⁉)



 どちらの意見にもさくは同じくらい共感していた。結ばれたい相手としては2人の両方を選んだが、この場面では片方しか選びようがない。なら……選ぶのは…………



りっ


『うん!』


さく⁉』


「今度また同じようなことがあったら一緒に戦ってほしい。でも今回は3人で生還するのを最優先にするって、あらかじめ決めてたんだ。トキワにも指輪にも誓った。先約を優先するよ」


『リッカくん……』


『偉いわ、さく!』



 だが、どちらを選ぼうと関係はなく。この問題は3人で長々と話しているあいだに、とっくに時間切れになっていた。



 ガシャァァァン‼


 ボァァァァァッ‼


 ガシャァァァン‼



 なにか大きなものが──おそらくはアークが倒れた音が。その燃料タンクが傷つき中身に引火した音が、あちこちから響いた。


 この中庭と周辺を繋ぐ通路を塞いでいた味方機がやられた? だけじゃない、音は上からも──周りの建物の屋上にいた味方機まで⁉



 バッ!



 さくはとっさに顔を上に向けた。コクピットの天井モニターに映る、周囲の建物に切りとられた青空から、黒い──



 ヒュッ ゴォォォォッ‼



 ──黒い流星が、降ってきた。地面に激突したかと思いきや、その直前でわずかに浮いて滞空してから、そっと着地。


 それは、黒いアークだった。


 直立した双腕双脚の人型に、背中に一対の鳥類の翼を生やした天使──堕天使か──のような有翼人型ロボット。翼に内蔵したジェットエンジンの噴射で飛んでいたようだ。


 そこまでの特徴が一致したので、前に見た怪盗忍者1号の乗機【ミルヴァス】かと思ったが、よく見ると細部がかなり異なる。怪盗忍者は別の機体に乗りかえたのか。


 ミルヴァスは頭と脚も鳥のようになっていたが、それは背中の翼以外はごく標準的な人型をしている。色はミルヴァスが黒一色だったのに対し、黒地に赤く縁取りがされている。


 それは、初めて目にする外観。


 しかし、一部に見覚えがある。


 このカラーリング。そして頭部形状、その頭に生えた鬼の角のような左右2本のアンテナ。これはこうゆうアーカディアンで常磐ときわが愛用している──



「ブルーム柘榴ざくろ?」



 ここにその試作1号機がある汎用アーク【ブルーム】の数ある形態の1つ【ブルーム柘榴ざくろ】に似ていた。柘榴ざくろにはなかった翼の他、色々と変わっているが。柘榴形態をベースにして改造されたブルームに見える。



「……しまった、出口が!」



 姿に気を取られたが、それより立ち位置が問題だ。柘榴ざくろに似たその黒いアークは、この中庭から出るための3つの通路の1つを塞いでいた。



『リッカくん、他の道も! ……囲まれた‼』


『え……? 嘘でしょ、あの機体、まさか‼』


「なっ──」



 視線を巡らせ、さくも絶句した。この中庭を囲む3つの建物の隙間──3つの通路の内、黒いアークが塞いだ1つ以外の2つを動物型ロボットが1機ずつ塞いでいた。


 モデルとなった動物よりもなお大柄なそれらは、1機は初めて見る牛型ロボットで──もう1機は忘れもしない、虎型ロボットだった。



メカタイガー‼」



 それは紛れもなく、2年前にあの工場を襲って火の海に変え、自分たちの同期生2名を踏み殺して、最終的には1号機に乗ったさくが撃破したメカタイガーと同じ姿……同型の別個体だろう。


 結局あれを誰が作って誰が放ったのか分からずじまいだった。その後も同様のロボットと戦って自分がロボットアニメの主人公のようになる展開を期待したのに、現れてくれなかった。


 それが、なぜ今さら。


 あの時、怪盗忍者は現れていない。怪盗忍者が初めて姿を現すより前の出来事だった。同一犯が、怪盗を始める前にしでかした事件ということか。


 あの日、工場だけでなく周辺の町全体が燃えた。数えきれない人が死んだ。生き残った人も家族を、住む家を、財産を失って、今も苦しい生活を送っている。


 そんな悲劇を引きおこした悪逆ロボットの再登場を願っていた自分も不謹慎だが。あれの犯人が正義の味方を気取って、自分も世間もまんまと騙されていたなんて。


 おぞましさに吐き気がする。


 しかし今、気にしないといけないのは。外への通路を3つとも敵のロボットに塞がれて、怪盗忍者を閉じこめるための中庭に、逆に自分たちが閉じこめられているという、この危機。


 どうするべきか考えて……さくはコンソールのタッチパネルを操作して、乗機アイルルスの外部スピーカーをオンにした。



「怪盗忍者。争う気はない。道を開けてほしい」



 さくのヘルメットに内蔵されたマイクが拾ったその声が、咲也機アイルルスのスピーカーから外に流される。



「1号機なら、くれてやる」


『リッカくん⁉』『さく⁉』



 さくは自らの言葉に胃がねじ切れる想いだった。かつて自分をヒーローにしてくれた、共に戦った愛機。守ろうと誓ったのに、それを裏切り、見捨てて、悪党に売ろうとしている。


 気分は最悪だ。


 それがなんだ。


 愛する女性2人と生きのびるため、最も安全な手段を選んだ。これしきの恥辱と苦痛にも耐えられないようで2人を幸せになどできるはずがない!



「だから我々3機を」


『人違いだ』


「通してく──は⁉」



 黒いアークから響いた男の声は、2人の怪盗忍者の男のほう、怪盗忍者1号の若々しい声とは少しも似ていない、老人のような声だった。


 苦渋の決断が空転してさくが唖然としていると、黒いアークの頭部が背中側に倒れて。開いた胴体上面ハッチから、中で座面を踏んで立ちあがったのだろうパイロットの上半身が現れた。


 黒のパイロットスーツ。


 だが忍者らしさはない。


 なにより異様なのが、そのヘルメット。


 石でできた、人面を模した仮面のよう。



『我が名はサガルマータ。いしめん、と呼んでくれても構わない。そこなメカタイガーメカオックスといった怪獣型ロボット兵器【メカビースト】を所有する【秘密結社ザナドゥ】を統べる──大首領である』



(本当にメカタイガーて名前だったのか)



 本名など知らないので勝手に呼んでいた虎型ロボットの名称が合っていた、などと驚いている場合ではない。秘密結社? それこそ創作物フィクションでヒーローが戦う悪役ではないか。


 秘密結社だの大首領だの、その大首領の奇妙な格好も、滑稽な印象は否めないが。その所業は全く笑えない。掛け値なしの──


 悪の組織。



『そして、これなる我が愛機は【グレナディーン】……2年前、我々が強奪した際には柘榴形態であったブルーム試作2号機が、我々の技術によって新生した姿』


「試作2号機⁉」


『そう、そこにある試作1号機の兄弟機よ。2年前の夏、我々は1号機と2号機が隠されていた町に火を放ち、その混乱に乗じて両機を強奪するべく行動した』


「『『な⁉』』」


『2号機はこのとおりだが、1号機のほうは失敗した。そういう因縁があってな。ブルームが型落ちした今その試作機を奪っても益はないが、怪盗に横取りされるのも面白くない』


「怪盗忍者の仲間じゃ、ない?」



『しかり。盗みを働くにも相手を気遣うお優しい怪盗殿と同じと思わぬのが身のためだ。我々はこれより日本全土で破壊と殺戮の限りを尽くす……秘密結社、ザナドゥである』



 この演説は世界中に配信されていた。


 それは、まさしく歴史的瞬間だった。

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