空花乱墜

 いしめんサガルマータ。


 有翼の鬼神のごとき漆黒のアーク、ブルーム試作2号機 改め【グレナディーン】の出入口ハッチから上半身をのぞかせる、秘密結社ザナドゥの大首領。


 彼の声明は今この上野公園で彼らが起こしている惨劇の映像と共に世界中に動画配信され、注目を集めていたが、今のさくには知るよしもない。


 知っていれば不特定多数の人々に己の情けない発言を聞かれることに羞恥を覚えただろうが、だとしてもやることは変わらないだろう。己の最も大切なもののために。


 石仮面機グレナディーンと対峙する3機の民間機アイルルス


 その1機の中からさくは要求した。



「お前が怪盗忍者じゃないのは分かった。では改めて。いしめん、そこを通してほしい。我々にはそちらと争う意思はない」


『聞いていなかったのかね? 『破壊と殺戮のを尽くす』と言ったろう。逃がさんよ。君たちにも、ここで死んでもらう』


「『『‼』』」



 さくはゾッとした。『死ね』とか『殺す』とか日常生活の中で何度も聞いてきたが、それらは本気ではなく。命の危険を感じたことはなかった。だが、殺人鬼の口から聞くと──


 おかげで腹が決まった!


 他に方法がないのなら!


 さく自機アイルルスの外部スピーカーを切って、通信で繋がっている六花機アイルルス小兎子機アイルルスにだけ聞こえるようにして話した。



いしめんを突破して逃げよう」



 この中庭から外へと通じる3つの通路をそれぞれ塞いでいる、秘密結社の3機のロボット。石仮面機グレナディーンメカタイガーメカオックス


 全高はどれも4m弱。


 石仮面機グレナディーンは直立2足歩行の人型ロボット【アーク】でこちらアイルルスと同じだが、【メカビースト】という動物型ロボットのメカタイガーメカオックスはモデルの動物そのままの形状で、4足歩行。


 2足型の胴体が縦になっているのに対し、4足型の胴体は横になっている。その状態で同じ高さなら、もし4足型が後脚2本で立ちあがれば、2足型よりずっと高くなる。


 4足型はそれだけ2足型より大きい。


 それでは2足型のアイルルスの力でどかすのは困難だろうし、アイルルスが装備している対アーク用ネットランチャーの網では充分に絡まらず動きを封じられない恐れもある。


 そんな心配がないのは、同じアークの石仮面機グレナディーンだけ。そいつを横にどかすか網に絡めとって身動きを封じるかして、今そいつが塞いでいる道を抜けてこの場から逃れる!


 さくと共にロボット操縦ゲーム【こうゆうアーカディアン】で様々な状況での戦いを経験してきたりっには、そうした理由をいちいち説明せずとも通じた。



『分かったよ、リッカくん』


『それじゃ合図して、さく



 そう話しているあいだに、石仮面サガルマータが出していた上半身を機体の中へと戻して、出入口ハッチを閉めた。戻る前なら機体を操縦できないところへ攻撃できて楽だったのに!



「サンニーイチ、ゴー‼」



 ギュルッ‼ 3機のアイルルスが弾かれたように駆けだした。両足裏の車輪が高速回転して地面をこすり、その太ましく茶色い巨体を石仮面機グレナディーンへ突撃させる!


 咲也機アイルルスは真っすぐ、六花機アイルルス小兎子機アイルルスは左右に回りこむ。


 まず石仮面機グレナディーンの正面、格闘戦の間合いに入る寸前で足をとめた咲也機アイルルスが、左手に持ったネットランチャーを発射!



「⁉」



 瞬間、石仮面機グレナディーンの両肩が禍々しい深紅の輝きを放った。さくは左右の操縦桿レバーのグリップをひねって機体を大きくのけぞらせる!



 ジュッ‼



 コクピットの天井モニターに映る、後方にある壁が赤熱した。思ったとおり、今の光は照らした対象を瞬時に加熱して破壊するだけの出力を持つレーザー光線、戦術高エネルギーレーザー。


 グレナディーンの元の姿【ブルーム柘榴ざくろ】も手持ちの激光銃レーザーガンを装備している。おそらくそれと同様のレーザー発振器を、左右の大柄な肩装甲に内蔵している。初見なので照明灯かと思った!



『『うわわわッ‼』』


りっ‼ ‼」



 咲也機アイルルスのあと時間差で石仮面機グレナディーンに仕かけた六花機アイルルス小兎子機アイルルスが地面を転げてレーザーから逃げまわっていた。


 対する石仮面機グレナディーンは微動だにもしていない。その足下には大量の燃えカス。最初に咲也機アイルルスが放った網、続いて六花機アイルルス小兎子機アイルルスが放った網が、レーザーに焼かれた成れの果て。


 ネットランチャーの装填数は1──これで打ちどめ。


 敵のレーザー照射はすぐやんだが、中庭は壁や地面があちこち焼かれ、植えられた芝生や低木の一部が燃えている。



(まずい!)



 ただでさえレーザーは光のため直進し反動がなく、命中精度と追尾性に優れる、よけるのが難しい武器だ。こんな狭い場所ではなおさら。


 しかもアイルルスは防御力のために敏捷性を犠牲にしている。その防御力もレーザー相手では……これでは3機ともやられる!



「やらせない‼」



 体勢を立てなおした咲也機アイルルスが左手の弾切れネットランチャーを捨て、右手のさすまたを構えて石仮面機グレナディーンへと突撃した。


 その弧状の穂先が刃になっているわけでもない、捕獲具であるさすまたは武器としてはただの棒も同然。それでどれだけ強く打ったところで石仮面機グレナディーンを撃破はできまい。


 だが転ばせることはできる。


 地面に転倒させてしまえば石仮面機グレナディーンの肩部レーザー砲の射角は制限されて撃たれる心配はなくなるし、起きあがろうとしている内に横を通りすぎ、塞がれていた道を抜けてしまえばいい!



 カッ! ──ドガァッ‼



 だがさすまたの間合いに入るよりも早く石仮面機グレナディーンの両肩が閃いて、レーザーを浴びた咲也機アイルルスが爆炎に包まれた──その炎の中から、左腕を失った咲也機アイルルスが飛びだす‼



『ほう』



 〔ネットランチャー〕から〔拳〕に変更されていた自機の左の主武装に、さくは操縦桿のトリガーを引いて〔自動防御〕を指示していた。


 それは操縦士パイロットがトリガーを引いているあいだ、主武装によって自機への攻撃を、機体が自動的に受けとめてくれる機能。


 咲也機アイルルスはそのセンサーでレーザーが照射された角度を把握し、その光に自らの左腕を差しだして他の部位をかばった。おかげで左腕は失ったが、健在な右腕でさすまたを突きだす‼



 カァーン……



 乾いた音を立てて。咲也機アイルルスさすまたの、斬り離された先端部が、近くの壁に当たって落ちた。斬ったのは石仮面機グレナディーンが左腰の鞘から右手で抜きはなった、アークに程良いサイズの日本刀だった。



(勝てない)



 石仮面機グレナディーンの体躯は元が防御重視のブルーム柘榴ざくろなだけあって、こちらアイルルス以上に重厚かつ鈍重そうなのに、こちらとは桁違いの今のスピード。関節を動かす駆動装置アクチュエーターの出力が違いすぎる。


 それは機体性能だが、そんな素早い一撃を、高速で動いているさすまたを斬るのに最適の一瞬を見極めて入力するのはパイロットに卓越した操縦技術がなければ不可能だ。


 今の反応を見ただけで石仮面サガルマータの技量を正確に測れはしないが、アーカディアンで格上の相手と戦っている時のような嫌な感じが──瞬時にそこまで悟ったさくを、さらなる凶刃が襲った。



「くっ‼」



 さすまたを下から斬りあげた刀を、石仮面機グレナディーンは両手に持ちなおし、即座に振りおろしてきた。それを咲也機アイルルスは左へ跳んでよける!



 ザクッ……ガシャァァァァン‼



 咲也機アイルルスはコクピットのある胴体こそ斬撃の軌道から逃れたが、地面を蹴って伸びきっていた右脚が逃げ遅れて斬られた。そしてバランスを崩し、片脚では立っていらず転倒した。


 これではもう起きあがれない。


 武器もない、なにもできない。


 ──詰んだ。



『リッカくん‼』『さくーッ‼』



 愛する2人の悲鳴を聞きながら、さくは返事をする余裕もなくシートベルトを外し。機体を降りるため天井モニターの出入口ハッチに手を伸ばしたところでメインモニターに映る横倒しの世界の中、石仮面機グレナディーンが刀を振りかぶった──間に合わない。



(ごめん、みんな‼)


『『イヤァァァッ‼』』














『ちょぉぉっと待ったァァァァァッ‼』



 ズダァァァン‼



 覚えのある男の声。続いてなにかが傍に落ちてきた音。それを聞いているということは自分はまだ生きている。さくは脱出するのも忘れて、モニターに見入った。



『怪盗忍者1号! 只今参上‼』


『これはこれは。真打登場かね』



 天から舞い降りてきたのだろう、怪盗忍者1号の乗る黒一色の鳥人型アーク【ミルヴァス】が、背中に咲也機アイルルスをかばうように石仮面機グレナディーンと対峙していた。


 予告した時間よりも早く現れて、不殺主義者の正義の味方だと思っていたのに人を殺して。これまで怪盗忍者に騙されていたと思ったが、とんだ冤罪をかけてしまった。


 怪盗忍者が盗みを予告した現場に、予告した時間よりも早く、全く別の悪党の秘密結社ザナドゥが現れて殺戮を始めたという、真相が分かれば単純な、それだけの話だった。


 怪盗忍者はやはり。


 正義の味方だった。



『おうおうおう! よくも罪もねぇ人々を手にかけてくれたな! このオレが懲らしめて豚箱に送ってやっから覚悟しやがれ‼』


『この我を殺さず捕えると? 手加減してくれるのは結構だが、そちらが勝手にすること。こちらは遠慮しないが悪く思わないでくれたまえ』


『悪モンを悪く思わねーワケねーだろ‼』



 ガキィィィン‼



 石仮面機グレナディーンが両手で振るった刀と、怪盗機ミルヴァスが右手で逆手に握って振るった忍刀が激突し、火花を散らした。その後も両機は動きをとめず、目まぐるしい攻防を始める!



 ババババババババババッ‼


 ガキィィィィィィィィン‼



 どちらも地面どころか周りの壁さえ足場にして跳躍し、背中の翼で宙を舞い、互いが交錯する一瞬に刃と刃を打ちあわせる!



『やるではないか、怪盗殿』


『ハッ! オメーも、な‼』



 何度も何度もそれをくりかえしつつ徐々に高度を上げていった両機は、ついに壁の高さを越えて舞いあがり、広い空へと戦場を移してさらに激しく戦い続ける。



(また、助けられた)



 ロボットアニメの主人公のような〔救済者ヒーロー〕になりたいのに、なれなくて苛立っていたところテロリストの人質にされて、逆に〔被救済者ヒロイン〕として怪盗忍者という別の〔救済者ヒーロー〕に救われた。


 悔しくてゲーム中の死で気絶するほど精神的に追いつめられ、そんなドン底から這いあがろうと、今度こそヒーローになろうとここに来たのに、あっさり負けて、あろうことか。


 また怪盗忍者に助けられた。


 こんな惨めなことがあるか。


 石仮面サガルマータは怪盗忍者を〔真打しんうち〕と呼んだ。言いえて妙だ、自分は真のヒーローが登場するまで場を繋ぐだけの〔ヒーローサイドのやられ役〕にしかなれなかった。


 自分はヒーローの器ではなかった。ロボットアニメの主人公になりたいなどと憧れたのが間違いだった……打ちひしがれ、無意識の内に自機アイルルスから這いでていたさくの目にとまった影。


 目で辿るとその影が伸びてくる元は、パチパチと燃える中庭の中心で、この喧噪から取り残されたように静かにたたずむ──



【ブルーム試作1号機】



 ダッ──頭に浮かんだ思考が言葉になるより早く、さくは駆けだして1号機に飛びついた。その膝パーツなどの出っぱりに手や足を引っかけ機体をよじのぼり、胴体上面の取っ手を掴む。



 ガチャッ!



 鍵がかかっておらず、出入口ハッチはあっけなく開いた。中へ入って操縦席に座る。シートベルトを締めながら、コンソールパネルに挿さったままの鍵に気づいた。


 もう使わないから起動キーを挿したまま放置されていたのか。だから出入口ハッチも施錠されていなかった、と。この鍵をひねれば、1号機の電源が入る──さくは鍵をひねった。



「……なんでだよ‼」



 電源が入れば点灯するコンソールも、壁面メインモニターも、暗いままでチカリともしない。当然だ、最初から分かっていた。1号機の蓄電池バッテリーも燃料タンクもカラだと。


 分かっていてなお、こうするのが正しいという確信的な直感に従ったが、結局それが間違いだった? なにやってんだ馬鹿か‼



 ガオォォッ‼


 ンモォォッ‼



 かつて聞いたのと同じメカタイガーの咆哮。その次のはメカオックスのか。そうだ、まだこの2機がいた。動かないアークの中にいては的になるだけだ。機体を降りて、2人と逃げないと! なのに──



「嫌だ」



 体が言うことを聞かない。全身の細胞が理性に従うことを拒否していた。早く降りろ死にたいか! 早く早く早くマズイマズイマズイ──でも、こんなのは嫌だ‼



「お願いだ! 目を覚まして‼」



 眠り続ける1号機のコクピットで、さくは左右の操縦桿レバーを握りしめ、左右の足踏桿ペダルを踏みしめた。本気で救いようのない馬鹿、自分で自分に呆れはてる。


 ここは現実。


 想いが奇跡を起こす、なんてご都合主義な法則がまかりとおるファンタジーな異世界じゃない。こんなことをしたって無駄だと分かっている……それでも!



「あああああああああ‼」



 さくは腹の底からあらん限りの声を張りあげた。己の身も心も全て燃やしつくして、その火で1号機を呼び覚まそうと。



「僕と一緒に戦ってくれ! ブルーム‼」

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