ロボット・カート

 たちばな さくたち4人が都営地下鉄 大江戸線の電車をしまえんえきで降り、地上に出て夏空の下を100mも歩くと、西武鉄道 豊島線の同名の駅についた。


 近くに鋼板を並べた塀が見える。


 その向こうは工事中だと分かる。


 そこには駅名の由来となった遊園地、しまえん(西暦1980年代に【としまえん】と平仮名表記に変更)があったが、西暦2020年(令和2年)8月31日に閉園した。


 西暦1927年(昭和2年)4月29日の開園から94年間、愛され続けたその遊園地の跡地に今、じょうりくグループによって新たな娯楽施設が生まれようとしている。



「おぉ~い、ここじゃ~っ♪」


「あっ、そうす……い……?」



 待ちあわせ相手の老爺、常陸ひたち かおるの声がしたほうに振りむいたさくは一瞬、誰かと思った。その服装が初対面時のとも、じょうりくグループ総帥らしい着物とも、また違ったから。


 麦わら帽子にサングラス、アロハシャツという装いはいかにも〔ファンキーな老人〕で彼の気さくな人柄には似合っているが。



「「「「おはようございます!」」」」


「うむ、おはよう。よく来てくれたの」


「本日はお招きにあずかり、ありがとうございます」


「「「あっ、ありがとうございます!」」」



 4人の中で最も礼儀正しいいわなが 常磐ときわが続けた感謝の言葉に、その台詞が頭になかったさくゆき りっつきかげ の3人が慌てて倣う。


 総帥は苦笑した。



「礼を言うのは儂のほうじゃよ。今日はこちらのお願いを聞いてもらう対価として来てもらったんじゃから。どうもありがとう。さ、もう堅苦しいのは抜きにして──これを首にかけて」


「「「「はい!」」」」



 総帥が紐つきカードを渡してくる。


 関係者であることを示す身分証だ。


 それを首からかけると、4人は総帥に連れられて鋼板の一角の出入口から関係者以外 立入禁止の工事現場へと入った。



「「「「‼」」」」



 そこはすでに遊園地らしい雰囲気になっていた。ただしまえんのような普通の遊園地ではなく全体が〔ロボット〕というテーマに貫かれていると一目で分かる。


 回転木馬メリーゴーランドの乗物の外見は多様な搭乗式ロボットを模しており、園内には象や竜を模した3階建ての家ほどもあるロボット(戦闘能力はないようだが)が練り歩いている。


 工事中の所ではロボット的 建設機械、双腕重機ボガバンテがその巨大な両手で建材を掴み、機敏に組みたてている。


 客はいないがスタッフは見える。


 開園前の営業の練習中のようだ。



「これぞロボットテーマパーク【ロボットしまえん】じゃ!」



「「「「お~っ!」」」」



 ロボット大好きなさく常磐ときわは当然として、ロボットについて知ろうとしているが好きなわけではないりっにも感嘆の声を上げさせるほど、ここは本格的だった。



「凄いです、総帥!」


「それはよかった。たちばなくんにそう言ってもらえるなら、儂らもいい仕事をしたと自信がつくワイ」


「いえ、そんな……でも知りませんでした、こんなものが建設中だったなんて。世間には未発表、ですよね?」


「うむ。告知からリリースまできすぎると期待感が薄れて集客力が落ちてしまう。それをさけるためにギリギリまで秘密にする方針なんじゃ」


「あ~。それでブルームもまだ秘密なんですね」



 大規模ロボットテーマパークも日本では初だが海外にはある。世界的に前代未聞なのはブルームのほう。充分な完成度を誇る、史上初の戦闘用 搭乗式人型ロボット。


 あれも、このロボット島園のアトラクションで用いられるのは間違いない。そのお披露目は、ここの発表と同時に行う。


 そういう予定なのだろう。



「それもあるの。ただ一番の理由は、あの火災現場にブルームがあったと知られることで、大勢の人が亡くなった痛ましい記憶に紐づけられて覚えられてしまうのを防ぐためじゃが」


「「「「あ……」」」」



 さくたちの顔が陰った。林間学校先のいばらきけんでのあの火災では同じ学校の生徒が亡くなったし、自分たちも死ぬ想いをした。


 さらに、あの火災で町の人たちが大勢 亡くなり、その遺族が苦しんでいると知って、当事者ほどではなくとも心にダメージを負っている。共感疲労という症状だ。


 総帥が複雑そうな顔をした。



「それでは商売あがったりという話じゃ。あんな悲劇のあとでも金儲けに余念がない……守銭奴と軽蔑されたかのう」


「いえ、そんなことないです」



 さくはすかさずフォローした。ブルームの性能を体感した身としては、その開発に巨額の資金が投じられたのは想像がつく。


 常陸グループとしては作って終わりではなく、これからそれを用いたビジネスを収益化させなければ大金をドブに捨てたことになる。従業員とその家族の生活に関わる大問題だ。



「お仕事として当然のことだと思います」


「ありがとう。そう言ってもらえると救われる──っと、すまんすまん。儂が空気を重くしていては世話ないの。では、目的地へ向かおうか。ただちょいと遠いので、アレに乗ろう」


「アレ?」



 総帥はすぐ近くのアトラクション用ゲートを指差した。5人でそこをくぐり、遊歩道とフェンスで仕切られた空間に入ると……



「この【ロボット・カート】に!」



 そこには吹きさらしの操縦席に手足をつけたといった感じの、全高2mほどの搭乗式人型ロボットが何機も並んでいた。どれも右手にオモチャの銃らしき物、左手に盾を持っている。



「おお……!」



 常磐ときわの目の色が変わった。ブルームに乗ったことのあるさくはつい比較して『しょぼい』と思ってしまったが、常磐ときわの気持ちも分かる。


 普段の冷静さをなくすのも無理ない。


 いかに遊具らしい外見をしていても、搭乗式人型ロボットには違いない。それに乗って動かせるなら昂揚せずにはいられまい。


 ブルームにもロボット・カートにも乗ったことのない常磐ときわにはこれが〔搭乗式ロボット〕に乗る初体験。なら、これでも充分に刺激的だろう──などと。


 さくはロボット操縦を経験済み、それもロボット・カートより優れたブルームで──ということに自分が優越感を抱いていると気づき、態度が悪くならないよう自戒した。


 一方、総帥は解説を始めていた。



「カートとはごく小さく簡素な自動車のことで、普通の遊園地にある遊戯用のゴーカートもその一種じゃな。ロボット・カートはロボット風ゴーカートというわけじゃ。それでは儂のやりかたを真似して乗ってみなさい」


「「「「はい!」」」」



 総帥は1台のロボット・カートに前から近づき、機体の両脚のあいだに垂れたステップに足をかけ、胴体部のコクピットを覆う鉄枠を上げた。昇って席についたら、鉄枠を下げる。



「そしたら右側の施錠ボタンを押す」



 ガチャッと音がした。今ので搭乗者が座席から転落しないよう鉄枠がロックされたのだろう。さくたちも今の手順をなぞって、1人1機ずつ乗りこんだ。



 ガチャッ



 さくは鉄枠の覆いをロックしてから、コクピットを観察した。シートベルトはない。左右の肘掛けの先にレバー、左右の足下にペダル、造りはブルームのより簡素だが機能は同じだろう。



「おっ、おお!」



 常磐ときわの上ずった声。さくがコクピットを眺めているあいだに、常磐ときわはもう操縦を始めていた。前進・後退・旋回・曲進・加速、もうレバーとペダルの使いかたを把握している。


 りっが目を丸くした。



「凄い! いわながくん、どうして動かしかた分かるの⁉」


「適当に動かしてみたらスグに分かった!」


「う、動かしてみたら……」



 りっはまだレバーを握ってもいない。使いかたの不明な機械にさわるのが怖いのだろう。見ればもそんな状態だ。総帥がこちらに声をかけてきた。



たちばなくん、教えてあげるといい」


「てことはやっぱりコレ、ブルームと基本は同じなんですね? ブルームと違って左右には動けないみたいですけど」



 さくもすでに少し動かしてみた。


 ブルームに乗った時、初めは気づかなくてメカタイガーとの戦闘中に気づいた操作。片方のペダルを下に踏み落とすともう片方は逆に上がってきて、機体はペダルが上がったほうへと横移動する。


 それをこのカートでも試してみたが、ペダルは上下には動かなかった。動く構造になっているようにも見えない。



「そう、前後移動だけじゃ」


「分かりました。ゆきさん、つきかげさん、聞いて」


「は~い♪」「りょーかい」


「機体の両足の裏に車輪があって、レバーでそれを動かすんだ。右のレバーは右の車輪、左のレバーは左の車輪って、別々にね。レバーを押せば前進、引けば後退。試しにやってみて」


「「はぁい……!」」



 2人が左右のレバーを握り、そっと動かすと、即座にカートが動きだす。2人は初めこそビクッとしたものの……すぐに慣れてレバーを大胆にガチャガチャ前後させ始めた。


 機体が進んだり退いたり回ったり。


 さくが説明するまでもなく、左右の前後移動が一致すれば前か後ろに直進し、一致しなければ旋回すると理解したようだ。



たちばなくん、見て見て! これでいい⁉」


たちばな、アタシのも見て!」


「うん。2人とも上手。飲みこみ早いね」


「「えへへ♪」」


「で、左右のペダルは前に倒しただけ同じ側にあるレバーによる半身の移動速度を上げるアクセル。レバーを左右とも押しながらペダルを踏む深さを左右で変えると前進しながらカーブするよ」


「えいっ……あっ、ホントだ!」


「よっと……うん、分かった!」



 2人とも言われたことをすぐ実践し、理解した。さくはフゥ、と一息ついた。常磐ときわの言うとおり『やれば分かる』直感的な操縦方法だが、言葉で説明するのは意外と難しい。



「凄い! 気持ちいい‼」


「うん! コレいいわ‼」



 りっも本当に楽しそうだ。ロボットに関心のなかった2人でさえ、手足がロボットと繋がったような操作性のもたらす快感だけで魅了されたらしい。


 さくがブルームに乗った時も、その一体感から夢中になった。左右に動けなくても充分だった。ロボット・カートの操縦方法はブルームの簡易版だが、最も魅力的なところは残っている。



いわながく~ん」「どーよ!」


「おう。2人とも慣れたか」



 りっ常磐ときわと合流して、3人が近場を走りまわるのを尻目に、さくは自分の横に停車している総帥に訊ねた。



「質問してもよろしいでしょうか」


「もちろん。なんでも訊いとくれ」


「ありがとうございます……レバーについてるボタン、ブルームより全然 少なくて右レバーのトリガーだけですけど、これ引くとどうなるんですか?」


「こうなるゾイ」



 ビーッ! と総帥の乗るカートが右手に持っているオモチャの銃が音を鳴らし、チカチカ光った。さくも自分の右手のレバーのトリガーを引いてみると、自機の銃が光って鳴った。



「これは……」


「ビームライフルじゃ。もちろん攻撃力はない。ただ、この光が他のロボット・カートの盾以外の部分に当たると〔攻撃命中〕という判定になる。そういうゲームのための機能じゃよ」


「あ~、なるほど!」



 ロボット・カートの腕は前に突きだした形で固定されており、右手に銃、左手に盾がついている。腕を動かすことはできないが機体全体の向きを変えることが照準や防御になる。


 ロボット・カートの最小限の機能でも、敵味方が動きまわって撃ちあうなかなか楽しいゲームができそう──と考えていたら、3人のほうからの声がした。



「でもこれ、ブレーキはどうやんの?」


「レバーを中央位置ニュートラルにした状態でペダルを踏めば、その場に留まるよう車輪に力を加えるブレーキの入力になるゾイ」


「あっ、こうか! ありがとうございます総帥!」


「なになに、どういたしまして」



(そうだったの⁉)



 さくは知らなかった。ブルーム搭乗時に気づけなかった機能。すぐ総帥が答えてくれて助かった、訊かれて分からず恥ずかしい想いをせずに済んだ。



「このコースのゴールが目的地じゃ。では、行こうか」


「「「「はい!」」」」



 フェンスの中の道路を5機は走りだした。ロボット・カートはアクセル全開でも大したスピードが出ないので、最後尾を走って子供たちを見守る総帥以外、全速力で。



「リッカ、競走だ!」


「いいね、やろう!」


「あー、わたしも参加するー!」


「アタシも! 4人で競走よ!」



 ギュンッ‼



 機体性能は全て同じ。勝敗を分けるのは操縦技術。この競走でそれは曲がり角コーナーの度に問われて、巧拙が順位に現れる。


 常磐ときわりっもすっかりロボット・カートの操縦方法をモノにしていて、さくのブルームでの操縦経験は大した優位性アドバンテージにならなかった。


 自分が一番だと思っていたさくは情けなかったが、最高の友達3人とロボットに乗って競いあえる喜びの前にはそんな気持ちも吹きとんだ。

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