胎動

ロボット好き入門

 7月下旬、夏休みに入って数日後の林間学校が1日目の途中で火災に遭って中止となり、生徒たちが即日帰宅してから数日後。


 8月に入ってすぐの日。


 たちばな さくいわなが 常盤ときわゆき りっつきかげ の4人は朝から都営地下鉄 大江戸線の電車に揺られていた。


 通勤で混雑する上りとは逆の下りの路線のため、空いた車内で席に座っている。常磐ときわりっさく、男女男女と交互に並ぶことでさくの〔両手に花〕状態が目立たなくなっている。


 もっとも。


 4人を知らない者たちからは厳つい少年の横に3人の美少女が並んでいるように見えるのだが。中心のボーイッシュな美少女が少年的ボーイッシュなのではなく少年ボーイだとは外見からは分かりづらい。


 しゃべれば口調と(思春期になって低くなりだした)声から、美少年だと少し分かりやすくなる──それでもまだ高くかわいく紛らわしい声で、さくは両隣の2人に話しかけた。



ゆきさん、つきかげさん」


「なぁに?」「なに?」


「無理、してない? 今日は2人には退屈な日になりそうだし、付いてこなくても、よかったんだよ?」


「ううん、平気」「大丈夫」



 今日は常陸ひたち かおる おうに、彼が総帥を務めるじょうりくグループが極秘に開発した搭乗式人型ロボット【ブルーム】について教えてもらう約束。


 それは林間学校の日、燃える工場でブルームに乗ったさくと、それを目撃した常磐ときわりっにそのことを秘密にしていてもらうための口止め料だが、参加するかは自由。


 さく常磐ときわの男子2人はロボット好き。


 りっの女子2人は興味がない。


 女子組には退屈なイベントになるのが容易に予想できたので、いつも一緒の4人も今日ばかりは男女別行動がよかったのではとさくは気になっていた……りっが、ぽつりぽつり話しだす。



「怒らないで、聞いてほしいの」


「怒らないよ、約束する」


「ありがとう。あのね、たちばなくんといわながくんが大好きなロボットのこと、知りたいと思ったの。2人と話題を共有できるように」


「一緒に語れるようになりたい?」


「うーん、えっとね。これまで2人はわたしの好きな魔法とかの話に付きあってくれてたのに、わたしは2人の好きなロボットの話に付きあえなくて。もちろん、2人が魔法に興味ないのに無理してたわけじゃないのは分かってるよ?」


「うん」


「ただ、不公平だなって。申しわけなくて、ずっと気にしてて。だから少しでもそういう話をできる機会があるなら話したくて。でも分かってないせいで、失敗しちゃった」


「なんかあったっけ……?」


「林間学校の社会科見学でロボットっぽい重機を見た時、わたしたちばなくんもそれが好きって前提で話しちゃったでしょ?」


「あ、ああ……」



《凄いんだね、今のロボット技術って。あれがもう少し発展したらアニメみたいなロボットになるんじゃない? そしたらたちばなくんたちもパイロットになれる、夢が叶うね》



 も言ってくる。



「アタシも。アタシの好きな宇宙、アンタらは『ロボット物には宇宙が舞台のも多いから』って一緒に興味 持ってくれてるけど、アタシはロボットに興味なくて、悪いと思ってて、それで」



 あの時、も言った。



《あの双腕重機? このあと生徒にも少しだけ運転させてもらえるみたいよ。よかったじゃん》



 それからすぐだった。


 さくが暴走したのは。



《違うんだ‼》


《僕が乗りたいロボットはああじゃない‼》


《だって機体が操縦士の動いたとおりに動くなんて、そんなの当たり前すぎる! 面白くもなんともない‼》


《あんなのはロボットって言わない! パワードスーツの間違いだ! ロボットは、2つのレバーと2つのペダルで操縦しないといけないんだ‼》



 などと言ったために。


 さくは双腕重機ボガバンテを運転していたそう ろう 少年を怒らせて彼から殴られ、さくに代わって殴りかえした常磐ときわが彼と殴りあう展開になった。



「わたしのせいで 、あんなことに 」


「そこは『アタシのせい』よ」


「2人のせいじゃないよ⁉ あれは僕が悪いんだって!」


たちばなくんはそう言うし、総帥さんは自分たちが悪いって言ってたけど、それで『そうですね』なんて思えないよ。わたしたちがたちばなくんを追いつめなければ、あんなことにならなかった」


「そう、だから……ごめんなさい、たちばないわなが


「ごめんなさい、たちばなくん。いわながくん」


「2人とも……」「俺のことは気にするな」



 さく常磐ときわのように『気にするな』と即答できなかった。気にしてほしくない気持ちは同じだが、2人があの件で責任を感じていたことが意外で、嬉しくて、その気持ちを否定したくなくて。


 言葉に詰まった。



「わたしも覚えはあるんだ。好きだからこそ、そのジャンル内の全てが好きなわけじゃなくて中にはダメなものもあるっていう、こだわり。ファンタジーの考証とか、地雷原だしね」


「でもアタシたちは2人のロボットへのこだわりを知らないから違いが分からなくて『これも好きだろう』って思いこんで。反省して、色々と知ろうと思ったの。今日のもその一環」


「今もロボットのこと好きになったわけじゃないから、やっぱり不純かな。2人を不愉快にさせちゃうかもとは思ったんだけど」


「全然、そんなことないよ!」「ああ、問題ない」



 さくは即答し、常磐ときわも頷いた。



「好きになるきっかけなんて、なんでもいい。もちろん、好きになれなくても仕方ない。ただ試してみないことには分からない。その入口に立ってくれた2人を門前払いなんてしないよ」


「そうだな。下らんケチつけて、同志の芽を摘むのは悪しき古参仕草だ。実際それで新参者を拒んで界隈の衰退を招く老害はどのジャンルにもいるが、自分がそうなるつもりはない」


「なにより、2人がそこまで真剣に考えてくれたことが嬉しい。その気持ちを無下になんてできるわけないよ」


「「よかった~」」



 ようやく言うべきことを言えて。


 りっが安心してくれて。


 さくもまた、ほっとした。


 それからはさく常磐ときわが好きなロボットの話をして過ごした。これまでは女子2人に遠慮していたその話題を2人を置きざりにしないよう気をつけながらも。


 これまでも仲良く過ごしてきた4人がさらに仲良くなれたようで、これまでより一段と楽しい時間だった。そうして話している内に、電車はしまえんえきに到着した。

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