規約

たちばなくん⁉」「たちばな⁉」


「こ、これは。嬉しくて」



 さくは涙をぬぐい、心配そうにしてくれているりっを安心させるように微笑んだ。



「好きな人に、好きって言ってもらえて」


「それは……わたしも」「アタシも、よ」



 りっの目尻にも涙が浮かんだ。いい雰囲気……だが、なにも解決していない。さくはおそるおそる、訊ねた。



「2人とも、これからも一緒にいてくれる?」


「うん、一緒だよ」「いるわよ。当然でしょ」


「ありがとう……僕、がんばるよ。ゆきさんにもつきかげさんにも、もっと好きになってもらって、2人ともと恋人になるのを、2人ともに認めてもらえるように」


「む~。たちばなくんは、そうしたらいいと思うよ。でもわたしは、たちばなくんにわたしのこと、もっともっと好きになってもらって、わたしだけ見てもらえるよう、がんばるから」


「アタシだって! たちばなにアタシのこと、もっともっともっと、好きにさせてアタシだけ選ばせてみせる。恋人になるのは、それまで保留ね」



 結局そこは平行線だった。


 りっのあいだで行われていたさくを取りあう戦いは、そのさくが第3勢力として参戦し、3人がそれぞれの勝利条件を目指すともえせんに形を変えての──


 延長戦に突入した。



「改めて、よろしく。ゆきさん、つきかげさん」


「うん、よろしく。たちばなくん」


「よろしく……ただ、その【つきかげさん】てのやめない? アタシたち、両想いなんだから。下の名前で呼びあいましょうよ」


「えっ⁉」



 確かに、恋人にこそなっていないが両想いの相手を名字で呼ぶのは他人行儀。心の準備ができていなかったので恥ずかしいが、がそう望んでいるのに断る理由にはならない。



「そうだね。こ、こ……


「うん……さ、さく……さく♡」



 照れくさそうにそう呼んで、はにかんだと見つめあう。さくはカーッと顔が熱くなった。消えいりたいほど恥ずかしく、こそばゆく……幸せだ。



「むーっ、わたしも!」


「あ、うん! り──」



 頬を膨らませたりっのことも下の名前で呼ぼうとして、さくは詰まってしまった。すると見る見る、りっの顔が曇ってゆく。



「わたしは、駄目なの……?」


「違うんだ! ほら、僕にとって【リッカ】は自分の名前、渾名でもあるから。いざ呼ぼうとしたら思いのほか抵抗があって」



 たとえ常磐ときわしか使っていない渾名でも。



「……なら、わたしもたちばなくんのこと【リッカくん】て呼ぶのはどう? お互い自分と同じ名前で呼びあうの。わたしもこれ抵抗ある……お互いさまなら相殺されると思わない?」


「そう、かも」



 理屈になっていないと思うが。


 なのに不思議と、腑に落ちた。



「それじゃあ……りっ


「うん。リッカくん♡」



 りっが顔をほころばせる。さくは胸が温かくなった。やはり、他者を【リッカ】と呼ぶのは変な感じがしたが、それよりりっに【リッカ】と呼ばれる喜びのほうがまさった。


 そうして今度はりっといい雰囲気になっていると、それを邪魔するようにがあいだに入ってきた。



さく、それでいいの?」


「それで、って?」


「アンタの渾名の【リッカ】は名字由来でしょ」


「うん。それでも下の名前みたく思ってるから」


「ふぅん……前から気になってなんだけど【たちばな】がどうしたら【りっ】になったの? いわながの読み間違え?」


「ううん、トキワじゃなくて僕が間違えたんだ」


「どういうこと?」


「僕が生まれた5月5日、その年はりっ──〔立つ夏〕って書くヤツ──の日で。それで親戚に『名字も誕生日もリッカだな』て言われてたんだよね。物心ついたばかりの頃」


「「ふんふん」」



 りっもこの話に興味ありそうだ。


 さくは当時を思いだし苦笑した。


 立花と書いて〔リッカ〕と読むこともある。だがたちばな さくの立花は〔タチバナ〕としか読まない。その説明が親戚の発言には欠けていた。


 日常会話ゆえの言葉足らず。



「それで僕『自分の名字は〔タチバナ〕と〔リッカ〕のどっちに読んでもいいんだ』って勘違いして。その頃にトキワと出会って『ぼくはリッカ・サクヤ』って自己紹介を」


「「あぁ~」」


「以来トキワからはずっと【リッカ】で、僕もそう呼ばれるのに慣れてたから。間違いに気づいてからも呼ばれかたが変わるのは嫌だなって、そのまま呼んでもらうことにしたんだ」


「「へぇ~っ」」



 話を聞いて、りっが頬を緩ませた。



「なにかが少し違えば、リッカくんはわたしと同じ名前になってなかった。なのになった……これは、運命だよ。やっぱりわたしたち、運命の赤い糸で結ばれてたんだね」


「うん、そうだね」


「なワケあるか!」



 声を荒げるさくはフォローした。



「もちろんとも」


「とも、じゃなくて。アタシとだけ!」


「ちがうもん! わたしとだけーっ!」



 また3人で意見が割れた。こんなやりとりが、これから定番になるのだろう。前途多難だが、まだ3人で一緒にいられる。


 そのことに、さくはひとまず安堵した。







 その夜、さくは自室で携帯電話スマートフォンを手に、常磐ときわと個人チャットで話した。の依頼で勉強会を欠席した常磐ときわから騙したことを謝罪されて『気にしないで』と返し。


 今日の顛末を報告した。



常磐

[2人相手にいっぺんに告白して。どちらからも愛想を尽かされはしなかったが、どちらとも恋人にはならず、これまでどおり仲良くする……?]


咲也

[両想いって分かったから、これまで以上かも]


常磐

[それは両方と交際しているのと、どう違う?]



 もっともな疑問だった。


 もっとも答えは簡単だ。



咲也

[どちらとも〔唇にキス〕以上のことができません]


常磐

[なるほど]



 そういうのは恋人になってから! 3人ともそういう貞操観念だったので、そこは合意が得られた。あのあと開かれた、今後の3人の付きあいかたを決める会議で。


 りっも、さくにそういうことを『させてくれない』のとは少し違う。2人とも『キスしよう、Hしよう、そして責任を取って自分だけの彼氏になって』と言ってきた。


 それではさくとしては『2人ともが二股を認めてくれるまで、どちらにも手を出さない』というスタンスにならざるを得ない。それを貫き、2人からの誘惑を跳ねのけた。



咲也

[ほめて‼]


常磐

[ああ。お前は偉いよ]


咲也

[うっうっ、ありがとう、トキワ]


常磐

[泣くなよ……]

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