昇日

4月1日

『我々はこれより日本全土で破壊と殺戮の限りを尽くす……秘密結社、ザナドゥである』



 202X+2年、3月31日。


 怪盗忍者がブルーム試作1号機を盗みに現れると予告した上野公園の国立科学博物館に予告時間前に現れた謎のロボット軍団。


 その怪獣型ロボット【メカビースト】の群れは大勢の花見客と、元は怪盗に備えてそこにいた官民合同の警備チームの生身メンバー、およびアーク搭乗メンバーのほとんどを、虐殺した。


 結社ザナドゥの大首領、いしめんサガルマータと名乗る謎の男は、搭乗式人型ロボットであるアーク【グレナディーン】に乗り、警備員の救出に現れた怪盗忍者1号のアーク【ミルヴァス】と戦った。



 その様子は──



 メカビースト石仮面機グレナディーンのカメラとマイクで撮影されて、ネット上で動画配信され、世界中の知るところとなった。


 怪獣型ロボットだの、仮面をかぶった怪人だの、特撮から出てきたような存在のため、初めはフェイクと疑う声も多かったが。


 上野公園とその近辺が封鎖され、事態収拾に警官隊の応援が、救助と消火に消防団が出動したことが報道されたことで、人々は真実と分かり……震えあがった。


 だが、その場はなんとか収まった。


 これまでヒーローとして民衆の期待を背負っていた怪盗忍者は敗れたが、代わりに警備チームのわずか3名の生き残りの1人が1号機に乗ってメカビーストを全滅させ、石仮面機グレナディーンも撤退させた。


 その痛快な活躍ぶりは結社自身の動画によって広まり。一躍、時の人となったそのパイロットは記者会見で──



『犠牲になった全ての方々の冥福をお祈りします』



『……恥ずかしながら初めは逃げる気でした。警備用の装備では無理だと。しかし逃げられず、それからは無我夢中で……』



『わたくしよりずっと勇敢に戦って命を落とした、急造とはいえ同じ警備チームの仲間だった警備員・警察官の皆さんの分まで、これからも平和を守っていくと誓います』



 割れんばかりの拍手が鳴り響いた。


 それを見て、常磐ときわさくに訊ねた。



「いいのか? これ」


「えーと、なにが?」



 今は上野の事件の翌日、4月1日エイプリルフールの昼前。


 仲良し4人組、たちばな さくいわなが 常磐ときわの男子2名、ゆき りっつきかげ の女子2名は、近所の公園に花見に来ていた。


 昨日、燃えてしまった上野公園ほど有名ではないが、ここにも多くの桜が咲きほこり、大勢の花見客で賑わっている。


 さくたちも桜の根元にシートを敷いて座って、お団子とお茶を味わいつつ、さく携帯電話スマートフォンでTVを見ていた。



「お前の手柄。他人に取られて」


「ああ、うん。これでいいんだ」



 TVに映る、1号機で結社ザナドゥを撃退したお手柄なパイロットは、本当にそれを成したさくとは別人の、成人女性だった。


 背格好がさくに近い。


 彼女はさくの影武者。


 じょうりくグループは自らが製造した1号機を怪盗から守るために、グループ傘下の民間警備会社に勤めるアーク操縦士の女性3名を雇い、警備チームに参加させた。


 それは常陸グループ総帥がさくりっの頼みを聞いて3人を警備チームに紛れこませるため仕込んだこと。3人はこの本物の警備員たちに成りすましてあの場に潜入した。


 それは名義を借りただけではない。


 本物の警備員3名もあの場にいた。


 さくたちが現場に向かう際に乗った、アーク運搬用トラック。現場に着いて以降、そこから少し離れた駐車場に停まっていた、そのトラックの荷台に彼らはずっと潜んで。


 さくたちの乗った警備用アーク【アイルルス】3機から映像や音声を受けとって状況をモニターしていた。


 そして怪盗の捕物が終わったらさくたちの正体が露見する前に本物の彼女たちと入れかわる、という予定は狂ったが、それでも彼女たちは事が済んだのち現場へと来てくれた。


 警官隊・消防団と同時に。


 アークを降りたさくたちは周りを警官や消防員が行きかう中、彼女たちの潜むトラックの荷台に入り、彼女たちが外に出た。


 さくたちも、さくたちと体格が近いため選ばれた彼女たちも、同じデザインのパイロットスーツを着て、その顔はヘルメットで隠れていた。だから──



 入ったのと出てきたのが別人とは誰も気づかなかった。



 彼女たちにその場を任せて、さくたちはトラックで常陸本社のビルまで移動。総帥の息のかかったスタッフ以外には見られず、私服に着替え、帰宅した。


 おかげでバレずに済んだ。


 身分を偽って潜入したことも、そもそも警備員になれる年齢に達していない12歳の子供なことも。バレても総帥がなんとかしてくれるという話だったが、バレないに越したことはない。


 彼女たちは状況を把握していたため、警察や記者への対応を『事件中のさくたちの行動は自分たちがやった』という設定で、完璧にこなしてくれた。


 そんな彼女たちの1人、さくの影武者担当の女性が今、TVで称賛を浴びている。さくの活躍を自分の功績として話して。


 彼女はなにも悪くない。


 総帥からの仕事をこなしているだけ。


 さくも承知した上で影武者を頼んだ。


 さくとしては男性の自分の影武者が女性なのは複雑だったが、仕方ない。小柄なさくが成りすませるくらい身長の近い人材が、常陸の用意できた中に女性しかいなかったのだから。


 気になるのはそれだけ。


 自分とりっの命を守るためとはいえ、中庭で大首領に見逃してくれるよう頼んだ自分の発言が動画で拡散されていると知ってさくは気まずかった。


 その立場を肩代わりして、いい感じに釈明してくれた彼女には感謝しかない。


 さくは声量を落とした。


 周りに聞かれぬように。



「ロボットアニメの主人公のようなヒーローになりたい、なのになれない不満が爆発して、なるために上野に行ったけど」


「ああ」


「それって世間からチヤホヤされたかったワケじゃないからさ。自分で自分を『ヒーローだ』って思えるかどうかが重要なんだ」



 再び1号機に乗って戦えた。


 それも自分だけの力ではなくりっ、愛する2人と力を合わせて。その時点でさくの不満は解消され、心は満たされた。


 2人もヒーローと言ってくれた。


 それ以上を求める気なんてない。



「それは分かるが。お前とて決して承認欲求がないわけではないだろう。自分の功績で他人が褒めそやされて悔しくないのか?」


「うん。世間が称賛してるのは僕じゃないけど、称賛してる行為自体は僕のしたことだし。充分、褒められてる気分で嬉しいよ」


「そうか。なら、いい」



 さくには幼馴染の常磐ときわが心配するのも分かった。常磐ときわの知る、今より目立ちたがり屋だった昔の自分なら不満に思っていたかも知れない。


 だが2年前、りっの2人と恋仲になり、社会通念上は不適切な二股をかけて、それを世間に知られないよう気をつけて暮らすようになって以来、すっかり目立つのが嫌いになった。


 今は、そんなことより──



「自分のこともりっのことも守りぬくって、トキワとの約束を果たせてよかった。言われなくても守るのは当然だけど、約束が力をくれた。ありがとう」


「……仮に約束を守れなかったとしても、お前を責めはしない。ただ友人を亡くしたことを悲しんだだけだ。そうならずに本当によかった。俺こそありがとう、リッカ」


「うん」



 約束した当時は、不殺主義者の怪盗忍者と戦うという想定しかなかった。たやすく人の命を奪う秘密結社などが現れるなどとは夢にも思わなかった。


 甘い見込みよりも遥かに危険な事態になったが、守りぬけた。咲也にはそれが一番、大事なこと。他は割と、どうでもいい。



ゆきも、感謝する」



 常磐ときわが、やはり潜めた声で2人に言った。


 2人も体を前に出しつつ、小声で応じる。



「どういたしまして♪」


りっ? アタシたち常磐ときわさくのこと頼まれたのに、アンタはさくに危ないことさせようと煽ってたわよね?」


ゆき?」


「う……いわながくん、ごめんなさい‼」


「まぁ、過ぎたことだ。もういいさ」


「ありがとう~♪」


常磐ときわりっには甘いわよね……アタシには厳しいのに」


「厳しいんじゃなくて気安いんだ。なにせ恋人だからな」


「いや、恋人にこそ優しくしなさいよ」



 さくりっの関係を世間から隠すカモフラージュに、さくりっとだけ、常磐ときわと付きあっている、との芝居に常磐ときわは付きあってくれている。


 それは、もちろん感謝しているが。


 ここは外なので人に聞かれてもいいように、発言もその設定に沿う。常磐ときわの恋人としての会話を聞きたくなくてさくは話を変えた。



「トキワ、昨日の用事、なんだったの?」


「親戚の集まりだ。あんなことになると知っていれば欠席して、俺もお前に付いていったものを」


「仕方ないよ。あんなの予想できないって」


「確かに。だが俺も結局『怪盗忍者が相手なら危険は少ない』と楽観していたのが情けないと思う……ところで、その怪盗は?」


「1号が動けなくなって、2号だけじゃ抱えて逃げられない状況だったけど。警官隊より先に他の仲間たちが来て連れてったよ。ミルヴァスも回収してった」



 怪盗忍者は2人組。


 そう思われていたが、あんなに仲間がいたとは。当時のことを思い浮かべているのだろう、りっも遠い目をした。



「凄かったよ……忍装束の人の大群」


「令和とは思えない光景だったわね」


「それは俺も見たかったな……ところでリッカ、今回は1号機を守れたが、怪盗どもが逮捕されてないなら、また盗みにくるかも知れんぞ」


「大丈夫」



 さくの怪盗忍者への敵愾心は和らいでいた。


 自分の羨んだヒーローである彼らにテロリストから助けられた屈辱、それでも正義の味方と信じていたのに上野の予告現場での虐殺を見て失望して。


 さくの怪盗忍者への感情は一時は落ちるところまで落ちたが、虐殺は彼らとは無関係の結社ザナドゥの仕業だと分かると、それ以前から持っていた反感まで一緒に消えた気がする。


 1号から受けた侮辱は、まだ根に持っているが。



「総帥、せっかく1号機を寄贈したのに国立科学博物館が『他の展示物を守るため』って外に出して囮に使わせたの許さんって、1号機を買い戻して、また手元で保管することにしたって」


「そうなのか」


「だから、もしまた怪盗が1号機を狙ってきたなら、僕らもまた警備に潜入する。じょうりくのビルでなら総帥の力で潜入させるの、今回より簡単だって言ってた」


「なら、次からは俺も同行しよう」


「うん、頼りにしてる」


「わたしたち、少年探偵団みたいだね♪」


「探偵よか怪盗じゃない? アタシらも。潜入とかして」



 のその発言がウケて、4人は声を上げて笑った。それは周りの花見客らと変わらない、平和な風景だった。


 あんなことがあった翌日なのに。


 他の人たちにとっては対岸の火事。だが4人の内、常磐ときわの他はあの場にいた。多くの死を目の当たりにしてショックはあるが、それでも笑えている。


 2年前のいばらきでの件に続いて人死にを見るのは二度目。本当に創作物フィクションに出てくる少年探偵団のようだ。殺人現場に遭遇しすぎて死体を見慣れてしまった子供たち。


 さくはふと、そう思った。







 その日の夜……都内某所。


 じょうりくグループの中核企業、じょう りく せい さく じょの本社ビル、その最上階にある社長室。


 壁ガラスの向こうの地上に落ちた星空のごとき夜景を背負い、社長席に深く身を沈めた、ここの社長にして常陸グループの総帥たる老爺──常陸ひたち かおるは、顔に深い笑みを刻んだ。



「くく……」



 2年前、ブルーム試作1号機を奪いにグループの工場を襲ったメカタイガーを、その工場に社会科見学に来ていた当時は小学5年生のたちばな さく しょうねんが1号機を見つけて乗りこみ、撃退した。


 ロボットアニメのようだった。


 総帥はアーク開発スタッフ一同と『彼は搭乗式人型ロボットが普及していく、これからの時代の主役ヒーローだ』などと、はしゃいだ。


 だが彼の行いが知られれば世間に注目され、どんなストレスを受けるか分からない。総帥は彼の健やかな成長を守るため様々な手を打った。


 彼とその友人たちに彼が1号機に乗ったことを口外せぬように言い含めた。学校が2学期になって、あの事件で生徒を見捨てた教師3人の件で心労をかけぬよう、3人を東京湾に沈めた。


 その甲斐があった。


 昨日、成長した彼は再び1号機に乗って、2年前以上に大活躍してくれた。それに自分も手を貸しはしたが、最小限度に留めたので彼を己の傀儡などに陥れてはいない。


 昨日は人生最良の日だった。


 あんな出来事を待っていた。



「それでこそ儂の見込んだロボットパイロットの主人公じゃ! たちばなくん、君は最高じゃ! ウワーッハッハッハッハァーッ‼」



 完璧に防音された社長室で。


 総帥はひたすら笑い続けた。

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