コラボレーション

 ズババァッ‼



 さくの乗る【ブルームおう】はすみれの乗る【ワールウィンド】の振るった二刀によって、首と胴を切断された。


 まず首を刎ねられたことで、機体頭部にあるカメラと操縦室コクピットの接続が切れて、壁面モニター群の表示が消えた。


 次に胴体が斬られると、その中のコクピットの壁面モニター、それに囲まれた操縦席と、そこに座る操縦士パイロット──さく分身アバターが、もろともに切断された。


 機体は機能停止し。


 パイロットは即死。


 業務用アーケードのアーカディアンのきょうたいでは、仮想現実のゲーム空間はモニターの中のみで、コクピットの内側は現実世界。ゲーム内でコクピットが破壊されても現実の筐体内にはなにも起こらない。


 だが。


 今、さくが見ているコクピットは頭にかぶったVRゴーグルが見せる立体映像。仮想現実の内部。壁面モニターを突きやぶって侵入してきた刃が分身アバターを輪切りにする──とは、ならなかった。



[YOU LOSE]



 と、機外の景色を映さなくなった正面メインモニターに文字が表示され、物悲しげな効果音が流れただけ。


 もし予想どおりになっていたら、VR感覚の鋭いさくは自分の身も同然に思えている分身アバターが斬られたことで、本当に自分が斬られたような錯覚に陥って激しいショックを受けただろう。


 それでショック死したかも知れない。


 その危険性を教えてくれた医師の話では、そうした事例は多く報告されているようだ。ならゲーム制作サイドがそれを認識して過度にVR感覚を与える演出を控えているのかも知れない。


 だが、これまでさくは筐体で遊んでいて自機が撃破された時、コクピット内にまで攻撃が及んでくる映像など見ていないのに、それを想像してショックを受けていた。


 だから今回も条件は揃っている。


 なのに、なにも起こらない。VR感覚を強めていた(と自分で判断した)精神の問題が解消されたことでVR感覚は弱くなったのではと期待はしていたが。



「リッカ‼」


「うわぁ⁉」



 常磐ときわに呼ばれたと思ったら急にVRゴーグルが外されて視界がアーカディアン部の部室に戻り、さくはゲーミングチェアの上で飛びあがった。


 見ればさくのVRゴーグルを持つ常磐ときわと、りっが傍で心配そうに自分をのぞきこんでいた。3人とも自分のゲーミングチェアから離れ、VRゴーグルも外している。



「トキワ、りっ……」


「リッカ、無事か?」


「リッカ君、体、痛くない?」


さく、平気?」


「あ、うん! 『やられたのにVR感覚のショック来ないな~』って思ってボーッとしてただけなんだ。ごめんね、心配かけて」



 3人は『は~っ』と息を吐いた。



「俺たちは遊ばずに対戦を見守って、お前がやられたらすぐさまゴーグルを外してショックを中断させようと構えていたんだが」


「ショック、なかったんだ。よかったぁ」


「つーか紛らわしいのよ、アンタは! 叫ばないし動かないし、死んじゃったかと思ったじゃない!」


「……ごめんね。心配してくれて、ありがとう。取りこし苦労にさせちゃったけど、どうなるのか事前には分からなかったんだ。対処してくれて正解だったと思う」



 さくは3人に微笑んだ。


 3人も微笑みかえした。



「ああ。徒労を恐れて対策を怠るのは愚かもののすることだ」


「うん。リッカくんの命がかかってるんだから」


「それで、VR感覚は治ったの?」


「分からないよ。僕、医者じゃないし」


「そっか、そうよね」



 不確かな情報で惑わせたくないから言わないが、さくの中には仮説があった。おそらくVR感覚がなくなったわけではないが、もう心配する必要はないだろうと。


 さくにVR感覚が発現したのは、アーカディアンで、アークの操縦で伸び悩み、自分を追いこんで鍛えようとしてからだった。



 やられたら死ぬ。



 2年前のいばらきで一度だけ体験したアークでの実戦を思いだし、ゲームでもコクピットを潰されたら自分も死ぬのだと自己暗示をかけて遊ぶようになった。


 そうすれば死にたくない一心で、高い集中力を発揮できる──という思いつきは、思っていた以上の効果を発揮した。


 VR感覚が発現し、やられると本当に死ぬかと思うショックを受けるようになり、それが嫌で本当に死にもの狂いで練習して、目論見どおり上達して、世界トップクラスのS級にまでなれた。


 だが。


 先月、あまりのショックでついに気絶までして病院に運ばれ、そこで医師から『そのショックで死ぬ可能性もある』と教わった以上、もうそんな自己暗示はしなくなった。


 だが、これまでずっとかけてきたのだ。意識的にかけなくても無意識にかけているかも知れない。それだけでVR感覚が消えるとまで楽観はしていない。


 それより大きな要因と考えられるのは実機のアークの操縦と、ゲームであるアーカディアンとの体感の違いを再確認したこと。


 先日、3月31日。


 さくは約2年ぶりに実機のアーク、おうフォームに換装された【ブルーム試作1号機】に乗って戦った。やられたら本当に死ぬ経験を改めて記憶に刻んだ。


 また、そこでは常に機動に伴うGを体に受けていた。軽業的な機動をした時などは絶叫マシーンのように振りまわされた。


 だが今は。


 先日と同じおうに乗って、先日以上に激しい機動をしたがGは受けていない。ゲームセンターの筐体と同じく、このゲーミングチェアも実機のGまでは再現していないから。


 その感覚のあまりの落差から『ああ、これはゲームなんだ』と実感した。だから『こんなもので死ぬわけがないんだ』と心身が実戦とゲームを分断した感覚がある。


 まだ1回、無事だっただけ。安心はできない。それでも両親と交わした『VR感覚を鈍くする方法がないか模索していく』との約束が一歩前進した。帰ったら2人に報告しよう。


 とにかく今回、死亡する危険は去った。


 そのさくに、新たな危険が迫っていた。



「あの~」


「スミレ先生! お強いんですね。感服しました」


「ありがとう~たちばなくんも~強かったわ~」


「ありがとうございます!」



 負けたことは悔しい。しかし今回はそれを押し流すほど未知の強者、新たな目標の出現にワクワクしていた。これからこの人に学んで、もっと腕を磨いて、いつか超えてみせる。



「ところで~なんの話してたの~?」


「あっ、えーっと……それはですね」



 斯々然々かくかくしかじか



「なるほど~、よ~く分かったわ~」


「それはよかったです」


「よ・く・な~いっ!」


「ヒッ⁉」



 ズイッ! とすみれがその笑顔をこちらの顔に近づけてきた。その口許はわずかに引きつっていて、確かな怒気を感じる。


 これまで笑顔を絶やさず、セクハラ野郎を粛正した時でさえ、決して表情には出さなかった怒気を!



(死んだ⁉)



「そういうことは、対戦する前に言いなさい! 先生、あなたを殺すところかも知れなかったってことじゃない‼」


「そういえば⁉ す、スミマセンッ! 殺さないでください‼」


「だから殺さないわよ⁉ 人をなんだと思ってるの‼」


「だって、今朝……」


「今朝のアレを厳しく罰したのは、セクハラなんて万死に値する罪を犯したからです! 今のあなたは配慮が欠けていただけで、他者の尊厳を踏みにじる意図はなかったでしょう?」


「もちろんです!」


「だったらいいのよ。今度から気をつけてくれれば。でも、無罪放免ってのも甘すぎるわね~? ちょっとお仕置きは必要かも。さ~て、どうしてくれようかしら~?」


「先生⁉」



 すみれは妖艶な笑み浮かべ、舌なめずりしながら両手でさくの頬を包みこんだ。素肌の感触。さくはドギマギし──



「「ダメーッ‼」」



 突撃してきたりっに、左右から抱きつかれた。直前にヒラリと離れたすみれを、2人は歯を剥いて向いて威嚇する。



「リッカくんの唇はわたしのです!」


「中学生にキスとか……淫行教師!」


「そんなつもりなかったわよ⁉ んもぅ、若いわねぇ。頭の中、そーゆーコトでいっぱいなのね~?」


「「がるるるるる……!」」


「やめましょ、まだ部活中よ~? でもたちばなく~ん、あなたは~これが終わったら居残ること~。普通に~お説教するから~」


「は、はい!」


「だったら、わたしも残ります!」


「アタシも! 先生がさくに変なことしないか見張らなきゃ」


「構わないわよ~?」


「あ、俺は帰ります」



 常磐ときわが挙手して、寂しそうに言った。



「部活が終わったら、すぐに帰るように言われているので」


「なら~なおさら~、こんなことしてる時間はないわよね~? 再開しましょう~? 次は誰が先生の相手する~?」


ゆき、俺からでいいか?」


「「どうぞどうぞ」」


「ではスミレ先生、お願いします」


「は~い、いわながくん♪ それじゃ席について~?」


「はい」



 常磐ときわすみれがそれぞれのゲーミングチェアに戻りVRゴーグルをかぶる。さくはそれを見届けてからりっを連れて、すみれの席から離れた、部室の端まで移動した。



「やきもち妬いてくれて、ありがとう」



 もうVRゴーグルのヘッドフォンから響く音声しか聞こえなくなっているであろうすみれに、それでも万が一にも聞かれないよう、小声で話す。2人は頬を染めながらも、ジトッとにらんできた。



「リッカくんの浮気者~」


「他の女にデレデレして」


「浮気じゃないって! あんな巨乳美人に迫られたら、ドキドキするよ……そこは許して。ドキドキしようが、先生となんかする気は毛頭ない。僕がしたい相手は、2人だけだから」


「それは……信じてるけど」


「『だけ』っつーか『2人』の時点で多いのよ」


「そこは譲らないから!」


「「はいはい──あっ」」



 ちゅっ♡


 ちゅっ♡



 さくりっの順に、頬にキスをした。VRゴーグルで周りが見えなくなっているすみれに、それでも万が一にも見られないよう、背中で2人を隠しながら。



「「お返し♡」」



 ちゅっ♡ ちゅっ♡ 目を細めて顔をとろけさせた2人から、左右の頬に同時にキスされさくはじ~んとした。幸せだ……が、ここまでにしよう。


 校内ではリスクが高すぎる。


 りっとの行為は見られても構わないが、表向きは常磐ときわの恋人となっているとイチャついているのは。そのことについて、りっからにダメ出しが入った。



、さっきのはアウトだよ?」


「うっ」


「あんな、嫉妬 丸だしでリッカくんに抱きついて。絶対、先生にはリッカくんが好きだって思われちゃったよ?」


「分かってる、悪かったわよ! さくが先生にキスされるかも、って思ったら衝動的に……アンタだってそうでしょ?」


「うん。だから気持ちは分かるけど。先生になにか言われたら、どう言いわけするか考えておいてね?」


「はぁい……」



 しょんぼりしたが可哀想で、愛おしくて、抱きしめたい衝動をこらえ、さくはその肩にそっと手を置くだけで我慢した。が目配せしてきて微笑む。気持ちは伝わった。


 それから3人は、席に戻ってゲームをしてもよかったのだが、せっかくなので常磐ときわすみれの対戦を見物することにした。


 戦いは、もう始まっている。


 そのゲームの仮想現実での様子は、壁の大型モニターに第三者視点で映されており、3人はVRゴーグルはかぶらずそれで観戦することにした。


 戦場のフィールドは、荒野。そこですみれの【ワールウィンド】と戦っている常磐ときわの機体は──巨大な象型のロボット。それが外見どおり象のような鳴き声を上げる。



 パォォォォォン‼



 その姿は完全に象で、人型の要素はない。搭乗式人型ロボットというアークの定義から外れ、事実それはアークではなかった。



■ ベヒーモス ■

 聖書に登場する陸の怪物の名をつけられたその象型ロボットは【 じゅう たい せんアルマゲドン】というロボットアニメに登場する、架空のロボット。アークと違って実在はしていない。



 アーカディアンは、サービス開始当初はアークのみを操縦するゲームだったが、今はそれ以外のロボットも操縦できる。搭乗式ロボットの出てくる様々な創作物とのコラボという形で。


 その作品のロボットを操縦したいというファンの願望を叶え、その作品の版権元にもお金が入り、その作品の人気にあやかってアーカディアン自体も繁盛する、みんなで幸せになれる企画。


 ■■■■とか‼


 ■■■■とか‼


 ロボット物のアニメ・漫画・小説・ゲームの商業展開している作品のみならず、インターネットで無料公開されている非商業の作品も多数コラボしており、アークのUIで操縦できる。


 この企画が始まってから常磐ときわはアークより多作品のロボットを操縦することが増えた。中でも【ベヒーモス】はお気にいりだ。



「いきます‼」


「きゃあっ‼」



 ブシャアアアッ‼ 常磐機ベヒーモスの長鼻の先から勢いよく大量の水が噴射されて、空飛ぶ菫機ワールウィンドへと襲いかかった。

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