菫ノ旋風

■ ワールウィンド ■

 ヘリタイプ空戦用アーク。空中での停止飛行と旋回性に優れる反面、加速性と瞬発力は劣悪で、空を飛ぶため軽量化されているので装甲も薄い。



 つまり防御力が低くて敵の攻撃を回避できなければ即やられてしまうのに、その回避が苦手という『攻撃されたらアウト』な、戦いづらい機種。


 それでも戦いようはある。


 たださくの知るそれは、敵から攻撃されずに自分だけ一方的に攻撃できる、隠密行動や長距離射撃だった。


 だがすみれはその予測を超えてきた。ワールウィンドは飛行速度が遅いという常識を覆す高速飛行。そのカラクリは──



〔頭上方向への移動〕



 ワールウィンドが遅いのは、足部の回転翼で足下へと送風する反発力のほとんどを空に浮くために使い、送風方向を少し斜めにずらして、力のごく一部のみ移動に振りわけているから。


 だが足下への送風が空に浮くことに繋がる、重力に逆らうよう作用するのは、足を下に、頭を上に、機体が垂直姿勢をしているから……


 それなら。


 ほとんど頭上に向いているワールウィンドの移動力を効率よく使って素早く飛ぶには、進行方向を頭上と一致させればいい。


 水平方向に進みたいなら、機体を水平にして頭が向いたほうに進む。人間で言えば『歩く』時ではなく『泳ぐ』時の体勢。


 これには移動力の向きの効率化だけでなく、空気抵抗を減らすことによる速度上昇の効果もある。


 人間でたとえれば──


 垂直にした体の前面の広い範囲に水の抵抗を受けながら水底を『歩く』より、平行にして上面の狭い範囲にしか抵抗を受けずに『泳ぐ』ほうが、ずっと速い。


 それはさくも知っていた。


 だがアークで頭上への移動をメインに行うには操縦士パイロットは天井のモニターをずっと見上げながら操縦しないといけない。


 それは通常の、正面モニターを主に見ながら必要な時だけ頭を振って天井モニターや側面モニターを見るのと、あまりに勝手が違って思うように操縦できなくなる。


 さくも試したが無理だった。その飛びかたを実践している有名プレイヤーの話など聞かないので、他の皆もだろう。そんな幻の技法をすみれは使いこなしている。



 こんな人がいたなんて‼



 幻の技法は決して不可能事などではないと、証明してくれた。アーカディアンには、アークにはまだ、自分の想像なんて及びもつかない可能性が秘められていると教えられた!


 それに〔泳ぐように飛ぶ技〕を使うにしても、ヘリタイプより飛行機タイプのほうが有利と普通は考そうなものだが、すみれはそれさえ逆手に取った。


 飛行機タイプなら頭から突っこむように飛んでも、背中の翼が揚力を生んで浮いていられるが、ヘリタイプでは足下の回転翼を地面に向けないため浮いていられなくなる。


 実際、菫機ワールウィンドは落ちていた。


 こちらより高所に昇ってから水平移動を始めて斜めに急降下、落下する勢いも乗せて流星のように飛来した。飛行機タイプだと逆に翼が邪魔になってあの超スピードは出ない。


 そしてこちらの脇を通過したあと、地面に激突する前に上昇に転じた。その時は減速していたはずだが、流星攻撃を必死で回避した直後さらに追撃を回避するのに精一杯だったさくには、その隙を突く余裕はなかった。


 そこまで計算ずくなら。


 腕だけでなく頭もいい。


 本来ならヘリタイプの【ワールウィンド】より飛行速度で勝る飛行機タイプの【ブルームおう】に乗っていながら、さくすみれに飛行速度で翻弄されていた。


 〔泳ぐように飛ぶ菫機ワールウィンド〕と〔歩くように飛ぶ咲也機ブルーム桜花〕では、速度が逆転していた。逆転するのは痛快だろうが、されるのは、たまらない‼







 ドガガァァン‼



「うわッ!」


『きゃっ!』



 菫機ワールウィンド機関銃マシンガンの先端の銃剣が、咲也機ブルーム激光加農砲レーザーキャノンの砲口に刺さり、その2つの銃火器が爆発して両機は弾かれるように反対方向にフッ飛ばされた。


 そして地面に落ちていく!


 さくは機体の姿勢を立てなおし双翼によって滑空、弧を描いて下降した機体が上昇に転じたところで、翼内ロケットを噴かして急上昇──道路脇のビルの高さを越え、その屋上に着地した。



「ふぅ!」



 一方、道路を挟んだ向かいのビルの上には菫機ワールウィンドが着地した。そして左腰にいた太刀を右手で、右腰にいた太刀を左手で、それぞれ抜きはなつ──二刀流か。


 右手の太刀が、左手の太刀より長い。


 刀は【ワールウィンド】のデフォルト装備ではないが、武装は出撃前に変更できる。自分のアカウントにお気にいりを登録しておけば手間もかからない。


 あの2振りのことは、さくゲーム内アーカディアンで使うので覚えていた。長いほうが【ろう】の、短いほうは【ろう】の複製レプリカ


 それのオリジナルは戦国武将のがら なおたかなおすみ 兄弟のはいとうで2振りとも【がら】と呼ばれ、兄のろうは総長303㎝、弟のろうは総長244.6㎝。現在どちらもあいけんあつじんぐうに奉納されている。


 と、そこまで細かく覚えてはいない。


 さくが記憶しているのは名前と外見。


 あとは、どちらも人間用に作られた大太刀だが、全高3.8mのアークが持つとろうはそれでも大太刀に、ろうは普通の太刀のようなバランスになる、ということくらい。


 ろうはともかくろうのほうはアークにとっても片手で振るには長すぎる。それを片手持ちして二刀流とは、かなり戦いづらいだろうが、この人なら戦えるのだろう。



(うわ、おもしろ!)



 さくも素早くコンソールパネルを叩き、主武装を総長354㎝の【複製・おお】に変更した。ろうより長く幅広く、巨大なメカビーストさえ容易に両断した代物。


 咲也機ブルームが左翼の付根に吊るしたその巨刀の、鞘から伸びる柄を両手で握ると、鞘が機械仕掛けでバカッと割れ、開いた隙間から刀を取りだし、自動的に鞘が閉まる。


 咲也機ブルームは両手持ちした巨刀の切先を菫機ワールウィンドに向けた。



 ジャキィィィン‼



ろうものほし竿ざおって言うにはぶっといけど~。その長い一刀と、先生の二刀の対決、がんりゅうじまの戦いみたいね~♪』


「……巌流島の戦いで、みやもと 武蔵むさしは二刀ではなく、櫂を削った1振りの木刀で戦ったのでは」


『あーっ⁉ そうでしたぁぁぁっ! よっ……よくも先生に恥をかかせてくれたわね⁉ 覚悟しなさぁ~いっ‼』


「理不尽です‼」



 バッ──ガキィィィィン‼



 同時に飛びだした両機が、高速道路の上空で激突! 咲也機ブルームの振るった一刀と、菫機ワールウィンドの交差させた二刀が鍔ぜりあって火花を散らす‼


 互いに仕留められなかった両機はいったん離れ、旋回してまた相手を目がけて加速をつけて飛翔して、再び刃を打ち鳴らす! 決着つかず、何度も何度も繰りかえす!



 キィン! ギィン! ガキィィィン‼



 アークの近接格闘武器の扱いは射撃武器より、ずっと難しい。武器を振るのにはパイロットが照準ボタンを親指でスワイプする必要があるが、思いどおりの角度と速度にするのは至難。


 それで初めて常磐ときわと対戦した時、2人して刀をうまく扱えずに締まらないチャンバラを演じたが。さくは──常磐ときわも──もう、あの頃とは違う。


 親指によるコントロールも器用になったし、そもそも『親指で機体の腕だけ動かして振る』のは格闘技でいう腰の入っていない〔手打ち〕に相当し、威力が低いことも理解した。


 手打ちも牽制などで用いるが。


 近接格闘武器の本領は、機体の重さと加速による慣性を武器に伝えて初めて発揮される。そういう時パイロットが主に行うのはレバーとペダルによる移動と回転。


 それによって持っている武器が敵にぶつかるよう誘導すれば、あとはAIが補正して、インプットされている武術の達人なみの動きをしてくれる。その時、狙いを微調整したければスワイプで腕を少しだけ動かす。



 ガキィィィン‼



 今のさくは、そのアークによる格闘戦を世界レベルで習得していた。地上ではもちろん、生身の人間には不可能な空中での剣戟チャンバラさえ可能なほどに。


 だが剣戟になっているということは相手にもそれができているということ。しかも二刀流、こちらの両手持ちより精度が落ちる片手持ちを左右並列処理で。


 加えて右手のろうは片手持ちするには長すぎるというのに全く振りまわされていない。さくにはできないことだ。やはり、この人は──



「凄いです、スミレ先生!」


『それは~たちばなくんもよ~? さっきだって、砲身で受けるならまだしも、あんな長くて取りまわしの悪い砲をあのタイミングで撃つなんて~っ! 先生ビックリしちゃった~っ♪』


「恐縮です!」



 すみれの言うとおり。先刻、菫機ワールウィンドの銃剣が咲也機ブルーム激光加農砲レーザーキャノンの砲口に刺さったのはさくがそれで銃剣を防がず、銃剣にやられる前に至近距離で菫機ワールウィンドを撃ちおとそうとうとした結果だった。


 それで、銃剣が刺さって砲身が破壊される直前、砲口から少しだけ放出されたレーザーが銃剣のついた機関銃マシンガンを破壊し、双方が爆発する結果になった。



 ガキィィィン‼



「でも先生こそ! 失礼ですが、何級ですか⁉ こんな強くて、しかも評判の悪いワールウィンドで! こんなプレイヤーの話、聞いたことないです!」



 キィン!



『ランク~? 先生は~無級よ~?』


「無級⁉」


『あれって~、オンライン対戦の結果が~、世界中で集計されて評価されるじゃな~い? ゲームセンターは全部オンライン環境だけど~』


「ま、まさか」


『これと同じ家庭用シミュレーターでは~、オフライン環境でも遊べて~。先生それでしか、やったことないの~♪』


「マジですか!」


『マジマジ~♪』



 そんな理由で、これほどの使い手が世に知られずにいたとは。そんな人とこうして巡りあえた、なんてツイてるのか!


 すみれはオンライン環境で遊べばすぐに自分と同じS級になるのは確実。そして同級内にも格差はあり……すみれは自分より、強い!


 初め『ワールウィンドなんて選んでいるので初心者か? いや油断は禁物』などと思っていたのが恥ずかしい! 結局しっかり油断していた。まさか、ここまでとは!



 それが、嬉しい‼



 格下に楽々と無双するのも、それはそれでイイ気になれて嫌いではないが。勝てそうもない格上にどうにか勝とうと奮闘する、それが一番、楽しい‼



『そぉ~れッ‼』


「うわッとと‼」



 ガキィィィィィィンッ‼



 高所から流星のように、頭から突っこんできた菫機ワールウィンドが頭上で交差させた二刀を、咲也機ブルームはどうにか巨刀で受けた。


 だが力負けして、崩された体勢を立てなおしているあいだに菫機ワールウィンドはまた上空に離脱しており、反撃する暇がない。


 最初の内は攻撃と攻撃がぶつかりあう剣戟が続いたが、徐々にそれより菫機ワールウィンドの攻撃を苦しくも咲也機ブルームが防御するという手合が増えてきた。



『もう一丁!』


「させない!」


『あららッ⁉』



 ビュッ‼ 再び両機が激突しようとした、その寸前に咲也機ブルームは翼内ロケットを全開にして急上昇! 菫機ワールウィンドの二刀は空振り!


 流星降下していた菫機ワールウィンドは地面に頭から突っこんでいき、体を起こして墜落寸前に上昇へと転じた頃には、こちらはもう充分に高度を取って菫機ワールウィンドの直上に陣取っている!


 流星降下は自分より下にいる敵にしか使えない。ならば親切に下にいてやる義理はない。こちらが上を取ればいい!



 ギュイッ──ゴォッ‼



 さくが両レバーを下に押しこむと、咲也機ブルームの両翼のロケットが上に向かって火を吹いた。重力にロケット推力を足して急降下!


 振りかぶった巨刀をこのまま降下の勢いを乗せて振りおろし、菫機ワールウィンドを一刀両断する! 落下の勢いを殺すため減速した今の菫機ワールウィンドではよけられまい!


 さくはコンソールパネルにある小さな下方サブモニターの中に菫機ワールウィンドの機影を収めながら、位置を微調整してその脳天を狙う!



菫ノ旋風バイオレット・ワールウィンド‼』


「はいィ⁉」



 菫機ワールウィンドが刀を持った両手を左右に伸ばした姿勢で独楽のように旋回しながら、上昇しだした。あんなことしたらモニター映像が回転して目を回すだろうに!


 しかも、相対的な向きが常に変化して狙いをつけるどころではないだろうに、こちらに向かってくる⁉



(いや、やることは変わらない!)



 ただ交差する一瞬、刀を振りおろすだけ。とにかく狙いを──そう思った直後、さくは愕然とした。狙いが、定まらない!


 回転の中心である菫機ワールウィンドの頭頂部が、ユラユラと揺れている⁉


 左右の手で持っている刀の長さが違うからだ。より長くて重いろうを持つ右手側により強く遠心力が働いている。そのため常に右手側に引っぱられ菫機ワールウィンドは螺旋を描いて上昇してくる!


 さくは目が回りそうになりながらも、その芯の動きを見切って菫機ワールウィンドの脳天に巨刀を叩きこむ──



 ズババァッ‼



 咲也機ブルームの巨刀は……宙を斬った。菫機ワールウィンドは直前で針路を変えて咲也機ブルームの斬撃をかわしながら、二刀で咲也機ブルームの首と……操縦室コクピットのある胴を、それぞれ両断していた。

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