勇者と魔法使い

 たちばな さくがアーケードロボット操縦シミュレーションゲーム【こうゆうアーカディアン】のきょうたいに入り、操作方法を教わるチュートリアルを終えた時には、もう昼になっていた。


 じょうりくグループ総帥から『全員チュートリアルが済んだら昼食にしよう』と声をかけられたので、さくたち4人は終わった者から筐体を出た。


 すぐに全員が揃う。


 皆、昂揚していた。


 さくと同じくらいロボット好きないわなが 常磐ときわは、口数こそ多くないが普段より明らかに上気した顔をしている。


 元々はロボット好きではなかったゆき りっつきかげ も、今日ここ【ロボットしまえん】で過ごす内にロボットに興味を覚え、それをゲームでとはいえ操縦できて、はしゃいでいる。


 さくも。


 先日すでに全高3.8mの搭乗式巨大人型ロボット【アーク】の実機を操縦して戦うという強烈な体験をしていることから、これまでは他の3人ほどロボット島園に熱中できなかったが。


 自分がそのアーク【ブルーム】に乗った時には気づかなかった操縦方法があるとアークによる模擬戦競技【こうどう】を観戦して知って、それを覚えて完全に操縦したいと強く想い。


 アークの操縦方法をそのまま採用したアーカディアンでそれが叶ったさくも他の3人に負けないくらい上がったテンションで、フードコートでの食事中こう提案した。



「今度は4人で対戦しよう!」



 CPUコンピューターが操作する敵との戦闘はチュートリアルの終盤にもうしたので、今度は同じ人間のプレイヤー同士で戦ってみたい。


 せっかく4人でここに来ているのだ。4人別々に同じゲームをするより、そのほうが『一緒に遊んでいる』と思える。



「ああ、そうしよう」


「うん!」


「いいんじゃない?」



 常磐ときわりっもすぐ賛同。それから2対2のチーム戦にしようとなり、どうチーム分けするかの話になり──常磐ときわが挙手して発言した。



「俺はリッカとは別チームがいい」



 ぴくっ──とりっが反応したのが見え、さくはヒヤッとした。常磐ときわの案だと自分リッカは女子2人の片方と組むことになる。


 揉めるのは目に見えているが、自分も常磐ときわとは味方としてより好敵手ライバルとして戦ってみたい気持ちがまさった。



「僕は賛成。2人は?」


「わたしも賛成。たちばなくん、わたしとチームになろう?」


「アタシも賛成。たちばな、アタシと組も? りっいわながと」


たちばなくん」


たちばな



 りっが身を乗りだしてきた。


 真剣で、少し不安そうな表情で──



「「どっちを選ぶの?」」



「順々に組もうよ。対戦1回じゃどうせ満足できないだろうし、2戦目は最初とは違う相手と組むってことで」


「そっか、それもそうだね。それじゃあ最初はわたしと」


りっ、なに勝手に決めてんのよ! たちばな、アタシと‼」


「2人とも──」



「「どっちを選ぶの⁉」」



 振りだしに戻った。正直、じゃんけんで決めてほしかったが、ここで〔自分では選べない態度〕を取ると、どちらからも嫌われそうだ。


 どちらのことも大好きで──そんな気持ちは恋とは呼べないとしても──どちらからも嫌われたくないさくとしては喉元に刃を突きつけられた気分だった。


 女心なんて分からないが、ロボット物にも男女の恋愛を描いた作品は多くある。それらから得た知見によれば、男の優柔不断は女性に大変ウケが悪い──刹那の思考ののちさくは答えた。



ゆきさん」



 よりりっのほうが好きというワケではない。ただほんの少しだがりっのほうを先に好きになったので、それを元に決めたまで。



「はいっ!」


「ッ……!」



 りっにそれは喜んでもらえた一方、には恨みのこもった目でにらまれて胸が痛んだが、に対しても〔どちらも選ばなかった場合〕よりはマシなはず……!



「(怖いのう)」


「(全くです)」



 蚊帳の外で、総帥と常磐ときわがなにやら囁きあっていた。







 昼食後ビデオ・アーケード館に戻った4人はアーカディアンの筐体が置かれた一角の〔チーム対戦台〕と書かれた通路にやって来た。


 通路を挟んで左右に5部屋ずつ、アーカディアンの筐体である個室が並んでいる。同列の部屋に入った者同士がチームとなって向かい側のチームと対戦する仕組み。


 右にさくりっのチーム。


 左に常磐ときわチーム。


 それぞれ部屋に、操縦室コクピットに入ってゲームを起動する──さくも再びその席につき、コイン投入口横のスタートボタンを押した。


 前方開口部の上半分を塞ぐように正面モニターが下りきると、そこに使用できる機体の一覧が映される。10機種ほどのアーク、その最初に並んだ2つの名が目についた。



[ブルーム龍牙りゅうげそう


[ブルーム柘榴ざくろ



 ブルーム龍牙りゅうげそうのほうがさくが火災の中で見つけて乗りこんだアーク【ブルーム】の姿と一致していた。緑色に金色の縁取り。頭部の角と、両手の甲についた爪から半龍半人に見える。


 午前中、機甲道のスタジアムで戦っていた2機のブルームも、色は紅白に塗られていたが形はこうだった。


 ブルーム柘榴ざくろのほうは龍牙りゅうげそうとそんなに違いはないが、漆黒に血のような赤の縁取り。角が龍牙りゅうげそうでは頭の左右から後ろ向きに生えていたのとは逆に前向きに生えていて──



 鬼に見える。



 こちらは先ほどのチュートリアルで初めて見た。さっき総帥に訊いたところブルームは〔汎用アーク〕で、それはごく標準的な素体に色んな機能を追加できる仕様とのこと。


 追加機能のタイプによって様々に姿を変え、【BLOOMブルーム】が〔花〕を意味するように、その各バージョンには花の──植物の名前がつけられる。


 【龍牙りゅうげそう】は黄色い花を咲かせるバラ科の多年草【きんみずひき】の別名で、【柘榴ざくろ】は赤い花を咲かせ赤い粒々の詰まった実がなるミソハギ科の落葉小高木。


 その名や色が、機体に現れる。


 それで、ようやく謎が解けた。


 花の意味のブルームという名のロボットに龍の意匠があるのがずっと不思議だったが、それは【ブルーム】でなく【龍牙りゅうげそう】に由来する要素だったわけだ。


 あの日、火災に遭ったじょう りく けん の工場にあった、さくが乗りこんだ【ブルーム試作1号機】は龍牙りゅうげそうモードで試験中だった。


 そして少し離れた別の施設にあった【ブルーム試作2号機】は柘榴ざくろモードで試験中だった──と、そこまでは総帥も話したが。あの日2号機が何者かに強奪されたことまでは語らなかった。


 企業秘密の問題ではない。


 物騒な話題を伏せたのだ。


 そうとは知らないさくは呑気に、あの日から(勝手に)自分の愛機と思っているブルーム龍牙りゅうげそうを使用機体に選択した。ガイド音声が確認してくる。



『このチームで対戦しますか?』



■ Aチーム ■

 ブルーム龍牙りゅうげそう

 スノーフレーク


■ Bチーム ■

 ブルーム柘榴ざくろ

 クレセント



 さくと同じAチームの魔法少女型アーク【スノーフレーク】はりっの使用機体。Bチームで立体機動用アーク【クレセント】を選んだのはだろう。


 2人とも機甲道の試合中それらを熱心に見ていたし、昼食時も『チュートリアルで動かせて楽しかった』と語っていた。


 なら──


 Bチームの残りの【ブルーム柘榴ざくろ】が常磐ときわの機体ということになる。自分のとは同型機の別仕様……いかにもライバル機という感じで燃えてくる。



[☞はい/いいえ]



 正面モニターに表示された選択肢でカーソルが〔はい〕にある状態で、コンソールのタッチパネルを操作して決定。他の3人も〔はい〕を選んだ表記が出て──


 室内が明るくなった。


 これまでほぼ密閉された直方体の空間の中、前方上半分にある正面モニターとその下の横長コンソールだけ点灯していたのが、左右の上半分と天井の3枚のモニターも点灯したから。


 そして前・左右・上の4枚のモニターに、戦場となる仮想空間にいる自分の機体の頭部の前・左右・上にあるカメラが撮影した(設定の)景色が映される。


 見覚えがあった。


 午前中に入った機甲道のスタジアム。あそこをVRで再現したフィールドか。競技場グラウンドをぐるりと囲む観客席スタンドは満席で、自分たちしかいなかったさっきと違って華やかだ。


 自分の乗った機体はそのグラウンドの端、出撃地点のサークル内にいる。右隣にはりっの【スノーフレーク】が立っている。



『その剣、かっこいいね』



 りっから通信。対戦台のチームメイトの筐体同士は常に通信が繋がっている。こちらからも普通に話すだけで筐体に内蔵されたマイクが声を拾って向こうに届けてくれる。



「勇者の剣、って感じだよね」


『そうそう、そんな感じ~♪』



 ゲームのブルーム龍牙りゅうげそうは左腰に、鞘に納まった直刀を水平にいている。


 さくが乗った時の試作1号機はまだ非武装だったし機甲道では真剣が使えないのでライトセーバーだったが、これがブルーム龍牙りゅうげそうの真の装備だと総帥は言った。


 その刀身は機体の腕より少し長いくらいで、柄は前腕くらい。その寸法も、反りのない片刃の〔直刀〕な点も、あの日1号機がメカタイガーを倒すのに使った【れいだいちょくとう】そっくり。


 ただ外装が異なった。


 特にその、柄頭の形。


 令和の大直刀の柄頭にはなにも付いていなかったが、こちらの柄頭には金属製の環状の飾りが付いている。


 金色に輝くその環の中には、向かいあう2匹の龍の頭部の像があって、その2匹は互いに同じ宝珠を左右からくわえている……歴史の教科書で見たことがある〔そう りゅう かん とう 〕のこしらえ


 平安時代後期に〔柄頭の膨らんでいない曲刀〕である日本刀が成立するより前の日本列島で使われていた直刀〔〕の様式の1つで、その姿はまるで西洋ファンタジーの宝剣のよう。


 その、巨人用サイズ。


 りっは洋の東西を問わず、魔法のような神秘的要素の出てくる話が大好きなので、そこで勇者や英雄が手にする特別な剣っぽい雰囲気のある双龍環頭大刀は大好物だろう。


 さくりっには負けるがその手の英雄譚は好きだし、なんなら〔それをロボット物にアレンジした作品〕はロボット物の中でも特に好きなジャンルだ。


 さくが去年度──小学4年が終わるまで同じようになりたいと願っていた〔現実世界の小学4年生が異世界に渡ってロボットに乗って戦い、その世界を救う話〕だってそう。


 今年度、小5になって夢は潰えたが。


 その主人公機に双龍環頭大刀を装備した今のブルーム龍牙りゅうげそうの姿は通じるものがあった。たとえヴァーチャルだろうと、そんな機体に乗って戦えることに血が湧きたっている。


 アークは現実に作られたリアルロボットなのでファンタジーな装いをしても神秘の力など宿らず、外見だけのコスプレになってしまうのは少し恥ずかしいが、気にしたら負けだ。


 それは魔法少女っぽい外見なだけで本当に魔法が使えるようになるわけではない【スノーフレーク】も同様。りっも自分と同じ気持ちかも知れない。


 なら──



「ファンタジーロボット作品における勇者と魔法使いのコンビに成りきってるようなもの……なのかな。今の僕たちって」


『あっ、そうかも!』


「なら──よろしくね、魔法使いさん」


『はい! 勇者様♡』



『これより試合ゲームを開始します』



 ガイド音声のアナウンスに、さくは話をやめてモニターに映る景色に意識を集中した。左右のレバーをしっかり握って、左右のペダルに乗せた両足の感覚を確かめる。



『3・2・1──スタート‼』



 さくは両レバーを前に押しだし、両ペダルを一杯に踏みこんだ──全速前進の入力!


 それに応えた咲也機ブルームは両足の裏の車輪を最高速で回転させて、グラウンドの中心へと向かって放たれた矢のように飛びだした。



 シャァァァァッ‼


 ブォォォォォッ‼



 その隣では六花機スノーフレークが、下へと噴きだす空気の勢いで地表から少し浮上する〔エアクッション艇ホバークラフト〕を円盤状に作った、魔法陣の描かれた空飛ぶ円盤に乗って並走してくる。


 一方、戦場の反対側からは。


 小兎子機クレセントがその三日月型の、強靭なバネになった下腿部によるジャンプを繰りかえして戦場の中央へと進出し、そこにそびえる高架道路の橋桁から橋桁まで次々と跳び移っている。


 そして──


 高架道路には昇らず、その柱が林立する地上部分を進むことにした咲也機ブルーム龍牙りゅうげそう】と六花機スノーフレークの前方に──赤黒く禍々しい、機械仕掛けの鬼神のような常磐機ブルーム柘榴ざくろ】が姿を現す。


 さく既視感デジャブがした。


 ロボットに乗って、常磐ときわが乗る黒いロボットと戦う……そう、りっと出会った先月、7月7日の朝に見た夢の状況。


 ただ夢の舞台は月面だったし、自分の機体の色は緑ではなく白だった。なにより殺しあっていた夢と違って、これはゲーム。


 細部は違うが、あのまま現実になられても困る。より良い形で正夢になった。あの朝ロボットに乗れない現実に打ちひしがれたのが嘘のようで、さくは幸運を噛みしめた。



「さぁ行くよ、トキワ‼」

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