当機立断

 全高4mほどの搭乗式人型ロボット【ブルーム】の操縦室コクピットで、さくは途方に暮れた。似た物をアニメで見てきたとはいえ、これ自体は未知の機械。操縦方法など知らないと今さら気づいて。



(ゲーセンのとも違うし……)



 ゲームセンターにある架空のロボットのコクピットを再現したきょうたいによるロボット操縦ゲームをいくつかプレイしたことがあるが、どれもこれとは操縦桿レバーの形式が違った。


 ゲームのは前後左右に倒れる形式だが。


 ブルームのは前後にスライドする形式。


 この前後式こそさくが最も好きなロボットの操縦桿レバーのスタイルで、夢で乗った機体もこれだった。アニメで採用される割合も高い。しかしこれをどう動かせばいいのか分からない。


 どのアニメの設定資料集でもそれについてちゃんとした説明はなかった。これの開発者がどう設定したのか推察しようにも取っかかりがない。


 夢では『なんとなく』で動かしていた。


 つまり、なんの参考にもなりはしない。


 紙のマニュアルがコクピット内に貼ってあったりは……しない。電子版が機体のコンピューターに入っているのかも知れないが、その呼びだしかたも分からない。



(ええい、習うより慣れろ!)



 こうなったら適当に動かして機体の反応を見て覚えよう。説明書を読まずにゲームを始めるようなもの。さくは読む派だが、今は他に方法がない。取りあえず右のレバーを前へ押しだす!



「うわ⁉」



 機体が、左に回りだした。シートから体に伝わる感覚からも、モニターの景色が右に回っていくことからも、機体が左に回っているのが分かる。


 予期していなかったので驚いたが、動きはゆっくりなので危険はない。レバーを元の位置に戻すと、とまった。



「うーん?」



 今の回転、軸が機体の正中線より左にズレていた。どうもブルームの足裏には車輪があって、右足の車輪だけ前進するよう動き、結果的に左足を軸にして左へ旋回したようだ。なら──



 ガチャッ──クイッ!



 今度は左のレバーだけ前へ押すと、予想どおり先ほどとは逆に右足を軸にして右へ旋回しだした。左のレバーを後ろに引いてみると、右足を軸にして左へ旋回する。


 次にさくは両方のレバーを前へ押した。すると今までぐるぐる回ってばかりだったブルームが初めて真っすぐ前進した。


 その状態から右レバーを引けば右へ旋回し、左レバーを引けば左に旋回。しばし室内をスイスイと滑りまわる。



「なんだ、そんなことか!」



 つまり右レバーの前後入力は右半身の前後移動、左レバーの前後入力は左半身の前後移動に対応していて、その動きを組みあわせることで全身の前進・後退・旋回を行う。


 実際やってみるとレバーを持った片手の前後移動が機体の同じ側の半身の前後移動と同期するので、直感的に操作できる。これは……気持ちいい。さくは背筋がうずいた。



(次は、ペダル)



 もうなんとなく予想はついたが、それが正しいか確かめるため、さくは左右のレバーを中央に戻して機体をとめた。そしてゆっくり右ペダルだけを踏みこんでいく……なにも起きない。


 次に、最初のように右レバーだけ前に押して左足を軸に左旋回しながら、右ペダルを踏んでいく──



 ギュイーン!



 思ったとおりだった。それまでゆっくり旋回していたのがスピードアップした。それもペダルを深く踏みこむほどに速くなる。


 右レバーを後ろにして逆に旋回しながら右ペダルを踏んでも、やはりスピードアップした。


 念のため、今度は左レバーだけ前後させて旋回しながら右ペダルを踏んでみる。速度は変わらない。しかし左ペダルを踏めば、予想どおりスピードアップした。


 やはりペダルはアクセルだった。


 自動車のペダルのように右がアクセル、左がブレーキなのではない。両方ともアクセル。右ペダルは右レバー、左ペダルは左レバーによる前後移動を加速させる機能だった。


 レバーとペダルの使いかたは分かった。他にも色々あるのだろう、気になるところではあるが今は調べる必要も、時間もない。



「これだけ分かれば充分だ‼」



 さくはレバーを左右とも前に出し、ペダルを左右とも中ほどまで踏みこんだ。ブルームがそれに応えて両足底部の車輪を回し、ギュオッ! と素早く前に飛びだす。


 そこからさくはペダルを左より右のほうを深く踏み、機体の右半身の前進速度を左半身のそれより早くすることで、前進しながら左にカーブした。


 室内でターンを決めたブルームは出口へと向かう。全高4mのブルームでもくぐれる大きな門。ただその外は完全に炎に包まれている。さくは身がすくんだが──



「行っけェェェ‼」



 構わず機体を火中に突っこませた。モニターに映る景色が赤く染まり──すぐ晴れる。ブルームはあっけなく炎の壁をすり抜けた。コクピット内は暑くなるどころか冷房で快適なままだった。



「よっしゃァァァ‼」



 さくは快哉を叫んだ。うまくいった、なにもかも思ったとおりだった! この機体に乗っていればもう火は怖くない、この火事場から脱出できる!


 外に出ると周囲の火勢は入る前より増していたが、もう火をさけて進む必要もない。さくはブルームを操って建物と建物のあいだの路地を駆けぬけた。群がる炎を突っきって!


 左右のペダルの踏みこみ具合に差をつけて小さく旋回、時に曲がるほうのレバーを引いて大きく旋回、炎の迷路を突きすすむ!



「はは、ははは、あははははは‼」



 気がふれたような哄笑。でも我慢できなかった。恐怖から解放された今、これまで抑えられていた歓喜と感動と快感が一気に爆発し、全身を駆けめぐっているから!



「僕は今、ロボットに乗ってる‼」



 レバーを握る両手を通じて、己と機体の左半身同士、己と機体の右半身同士がシンクロしている。


 ペダルを踏む両足に込める力が、そのまま機体の両足が車輪に込める力となっている。己の足裏から機体の足裏まで神経が通ったようだ。


 マスタースレーブと違って操縦士パイロットと機体の動作が一致するわけではない、にもかかわらず機体と融けあったようなこの一体感!



「ロボットを操縦してる‼」



 ずっと、こうしてロボットを操縦してみたかった。魂はこれを知っていて、これと出会う今日を待っていた。アニメで見た中で一番好きなスタイルで実物のロボットを操縦する──



「こんなに嬉しいことはない‼」

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