第2話 いつか必ず認めさせる

 学校に行く準備を整えて、彩愛先輩の家に足を運ぶ。


 いざという時のために預けられている合鍵を使い、いつものように「お邪魔します」と一声告げてから中に入る。


 カバンを玄関に置き、通い慣れた廊下を歩いてダイニングへ。


 二人とも、寝起きとは髪形が違う。


 私が後頭部で髪を一束結ってハーフアップにしているように、彩愛先輩の髪形もツインテールに変わっている。



「お待たせしました」



「遅い! なによ、強烈な便意にでも襲われたわけ?」



「違いますよ! 顔を合わせて一言目に下品なこと言わないでください!」



「五秒で来なさいって言ったじゃない。何分経ったと思ってんのよ!」



「全速力で来たんだからいいじゃないですか!」



 毎度毎度の言い争い。今回は比較的早期に終結した。


 カレーの香りに食欲を刺激されたおかげだろうか。



「「いただきます」」



 スプーンを手に取り、適量をすくって口元に運ぶ。


 ――おいしい!


 ピリッとした辛さの中に優しい甘みがあり、辛いのが苦手な私でもすぐに次の一口が欲しくなる。



「おいしいですっ」



 今度彩愛先輩のお母さんに会ったら、お礼を言っておかないと。


 ついでに、コツを教えてもらえたりしないだろうか。


 比喩ではなく、毎日でも食べたいほど気に入ってしまった。



「ふふんっ。このあたしが作ったんだから、おいしくて当然よ」



「えっ!? これ、彩愛先輩が作ったんですか?」



「だからそう言ったじゃない」



「でも、先輩って辛党ですよね? 自分で作ったのならもっと辛くすればよかったのに」



「あんたにも食べさせるつもりだったから、辛さ控えめにしたのよ。それと、歌恋が来る前にハチミツとチョコレートも少し足しておいたわ。甘くはないけど食べやすいでしょ?」



「く、悔しいけど、すごくおいしいです」



 彩愛先輩はデスソースを嬉々として使うほどの辛党なのに、私のためにわざわざ……。


 ムカつく要素は多々あるけど、根は優しくて思いやりのある人なんだよね。


 普通に仲がよかった幼少期は、なにかと私の面倒を見てくれたし。



「あんたが作った化学兵器と比べたら、天と地ほどの差があるわね」



「はい? 化学兵器? まさか、私が作った料理のことじゃないですよね?」



「他になにがあるのよ。あたしじゃなかったら、完食する前に息絶えてるわ。二日に一回あれを食べさせられる身にもなりなさいよね」



 両親が早朝に家を出るため、朝食は私と彩愛先輩で当番制にして、毎日交互に二人分を作ることにしている。


 お昼は学食、夜は各家庭で、といった感じだ。



「そっ、そんなことないですよ! 確かに料理はあんまり上手じゃない――というか自分でも下手くそだと思いますけど、一応食べれるレベルだと思います!」



 お味噌汁には自信があるし、最近は目玉焼きを焦がすことも少なくなった。


 作り立ての料理が異臭を放つこともたまにあるけど、頻度はどんどん減っている。



「戯言はさておき、早く食べないと遅刻するわよ」



「あっ、そうですね」



 って、あれ? この人、いま戯言って言わなかった?


 私の料理、食べれるレベル……だよね?



「まぁ、味噌汁だけは認めてあげるわ。あれだけはお世辞抜きで、毎日飲みたいぐらいおいしいわね」



 彩愛先輩がこれほど素直に肯定してくれるなんて珍しい。



「嬉しいですけど、『だけ』って連呼しないでください」



 私がそう言うと、彩愛先輩は無言のまま嘲笑を浮かべた。


 ムカつく……っ! でも、私の料理がマズいのもまた事実。


 いつか必ず、お味噌汁以外の料理も認めさせてみせる。

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