第22話 心境の変化……?

 とある休日の午後、ファミレスの二人席で彩愛先輩と食事中。


 おいしそうにハンバーグを頬張る彩愛先輩を見ていると、なぜかは分からないけど胸が温かい気持ちで満たされる。


 最近、こういうことが増えている気がする。しかも、すべて彩愛先輩絡み。


 恋愛にそれほど興味がないと聞いて悲しくなったり、告白されたと言われて焦ったり、それを断ったと知って安堵したり。


 直近だと昨日の下校中にかわいいと言われて心底嬉しくなったことが挙げられる。



「歌恋、どうかしたの? お腹痛いならそこにトイレあるわよ。長くても詮索したりしないから、我慢せず行きなさいよね」



「だ、大丈夫です、気にしないでください」



 優しくもデリカシーの欠ける気遣いに、慌てて返事をする。


 自分で思っている以上に集中してしまっていたらしい。


 同伴者に失礼だと反省し、ポテトを一つつまんでから話を切り出す。



「もし私が誰かに告白されたり、それがきっかけで付き合ったりしたら、彩愛先輩はどう思いますか?」



「とりあえず頬をつねって夢かどうか確かめるわね」



「夢じゃなかったら?」



「それはもちろん、旧知の仲として素直に祝――って、あれ? なんかモヤモヤする。自分でもよく分からないけど、全身全霊をかけて邪魔するっていう確信があるわ。誰と誰が付き合おうと構わないけど、あんたが誰かと付き合うのはなんか、こう……考えただけで頭の中が変な感じになる」



「そうですか……」



 要領を得ない言動だけど、少なくとも本心では私が誰かと付き合うことに反対しているのだと伝わってきた。


 本来なら迷惑極まりないと憤るべき場面にもかかわらず、私の心は不満を一切感じないどころか、喜びさえ覚えている。


 これだけ判断材料がそろえば、さすがに理解できてしまう。


 認めたくはないけど、これは多分、気の迷いや勘違いではない。


 私はきっと、彩愛先輩のことが……。



「いまのは忘れてください。ちょっとからかっただけですから」



「なんで急にからかうのよ。隙を突いてあたしのハンバーグを横取りするつもり?」



「違いますよ。だいたい、それ期間限定の超激辛ハンバーグじゃないですか。私が食べたら大変なことになっちゃいます」



「歌恋の辛さ耐性を考えると、まず間違いなくトイレを占領することになるわね」



「食事中に下品なこと言わないでください」



 周りが空席でよかったと安堵しながら、呆れて溜息を漏らす。



「弱みを握るために、トイレの前で待機して録音しておこうかしら」



「実行したらスマホを買い替えるだけじゃ済みませんよ?」



 私は脅迫の意味を込めて、ニッコリと笑う。



「じょ、冗談よ、そんなことするわけないじゃない。もしもの時は付きっ切りで看病してあげるから、安心してチャレンジしなさい」



「なんで食べる流れになってるんですか。絶対に嫌ですよ」



「いいからいいから、味は最高だから試してみなさいって」



 彩愛先輩は一口サイズに切り分けたハンバーグにフォークを突き立て、私の口へと近付ける。



「ちょっ、やめ――んむぅっ」



 口内に侵入したハンバーグを、条件反射でモグモグと咀嚼する。


 彩愛先輩の言う通り、味は抜群にいい。


 絶妙な味加減、迸る肉汁、玉ねぎのシャキシャキ感、どれを取っても素晴らしい。


 ただ、その代償として、私はとても人には話せないような目に遭うのだった。


***


 翌日。せっかくの日曜日を最悪の形で終えることとなった私は、お詫びとして買ってもらった数量限定の激甘チョコケーキを自室で堪能している。


 自分は彩愛先輩のことが好きなんじゃないかと思ったけど、どうやらただの気の迷いであり勘違いだったらしい。


 思春期の思い込みというのは恐ろしい。


 こんなムカつく相手に好意なんて抱くはずないのに、危うく早まった行動に出るところだった。



「もう何回言ったか分からないけど、そんなの食べてよく太らないわよね。小顔だしお腹は出てないし腰回りも細くて、ついでに頭も空っぽなのに。やっぱり、胸に栄養が吸われてるとしか考えられないわ」



「胸は関係ないです、食べた分だけきちんと運動してるんですっ。というか、私の頭は空っぽじゃないです! 彩愛先輩の一兆倍はギッシリ詰まってますよ!」



「運動してるのは認めるけど、一兆倍とかいう単位がすでにバカっぽいのよね」



「うぐぅっ」



 彩愛先輩の至極もっともな意見が私の心を穿つ。


 やっぱり、この人はただの天敵だ。

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