第21話 思わぬ評判

「あたしのクラスに、やたらとあんたのことをべた褒めする子がいるのよ」



 学校からの帰り道、彩愛先輩が思い出したように話を切り出した。


 私には彩愛先輩以外に上級生の知り合いはいない。


見知らぬ先輩にべた褒めされるというのは不思議な感覚だけど、高く評価してくれるのは素直に嬉しい。



「長い黒髪がきれいとか、顔がめちゃくちゃかわいいとか、細身なのに胸が大きいところが自分好みとか、澄んだ声に癒されるとか、真面目そうなところが素敵とか、聖母のように優しそうとか、借金してでも養ってあげたいとか……。こんな内容を延々と聞かされたせいで、全身に鳥肌が立ったわよ」



「そ、そこまで褒めてくれるなんて、さすがに恐縮です」



 私への誉め言葉を聞いて鳥肌が立ったという彩愛先輩には怒りが募るけど、その顔も知らぬ先輩に免じて水に流すとしよう。



「あたしも、いくらなんでも褒めすぎだって思ったのよ。容姿は確かに整ってるし、体型や声もムカつくけど間違ったことは言ってないわ。真面目なのも事実だけど、優しそうっていうのは幻想でしかないじゃない」



「え? あ、うーん……まぁ、そんなに優しくはないですけど……」



 何気に彩愛先輩が私の容姿や真面目さを評価してくれているような気がして、歯切れの悪い返事をしてしまった。



「だから、膨らみ切った幻想が弾けてショックを受ける前に、心を鬼にして現実を突き付けてやったのよ」



「と言うと?」



「歌恋は怒るとすぐに手を出す野蛮な奴で、優しさなんてものは氷山の一角に過ぎないって真剣に諭したわ」



「逆方向で現実とかけ離れた情報を吹き込まないでください! 私は野蛮じゃないですっ、いい加減なことばっかり言ってるとぶん殴――あっ」



 とっさに言葉を中断したけど、すでに遅い。



「こ、ここまで説得力のない主張は初めてよ」



「い、いまのは私が悪かったです」



 今回ばかりはさすがに私も強く言い返せず、素直に自分の非を認める。


 とはいえ、このまま引き下がるわけにもいかない。


 野蛮な一面があるとしても、それこそ私の性格において氷山の一角に過ぎないということを納得してもらいたい。



「私はどんなに怒ったとしても、彩愛先輩以外には決して手を出しません。だから、野蛮ってところは明日にでも訂正しておいてくださいね」



「少なくてもあたしにとっては充分すぎるほど野蛮なんだけど……まぁいいわ。あたしも歌恋にだけはすぐ暴力を振るっちゃうし、お互い様よね」



「分かってくれればいいんです。ところで、彩愛先輩って私のことをかわいいとか思ってくれてるんですか?」



 どうせすぐに否定されるだろうけど、ちょっとからかってみる。


 ただ……元を辿れば他者の言葉とはいえ、口に出してみると自意識過剰とも取れる発言だった。


 下手にフォローされても余計に恥ずかしいので、いっそのこと完膚なきまでにバッサリと切り捨ててほしい。



「思ってるわよ」



「んぇっ!?」



「なに驚いてんのよ。あたし、いままで歌恋のことかわいくないなんて言ったことある?」



「な、ないですけど……」



 あ、彩愛先輩、本当に私のことをかわいいって……。


 平然としているところを見ると、本人的には大したことを言ったつもりではないのだろう。


 それでもやっぱり、すごく嬉しい。



「彩愛先輩も見た目だけはかわいいですよ」



「はぁっ!? か、かわいいって、急になにを――って、あれ? そう言えば、あたし、さっき……」



 嫌味を添えつつお世辞抜きの賛辞を送ると、彩愛先輩は照れて顔を赤くした。


 そして驚く中で先ほど自分が発した言葉を思い返し、耳まで真っ赤になる。



「さ、さっき言ったことは忘れなさい!」



 そっぽを向きながら強く言い放つ彩愛先輩。


 癪だけど、かわいいのは見た目だけじゃないかもしれない。

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