第15話 お姉ちゃん

 バサッ。


 夜中に部屋のどこかで物音が鳴り、私は布団を跳ね飛ばす勢いで起き上がった。



「~~~~~~っっ!」



 声にならない叫びを垂れ流しながら、窓を開けて身を乗り出し、向かいの部屋の窓をドンドンと叩く。



「おっ、お姉ちゃん助けて! な、ななな、なにか変な音した! 彩愛お姉ちゃん!」



「虫!? 不審者!? よく分かんないけど、あんたは隠れてなさい!」



「あうぅ……」



 窓枠に手をかけ、私の部屋に飛び込む彩愛お姉ちゃん。


 私は指示に従い、ベッドの隅に縮こまる。


 も、もし強盗とかだったら、私も布団を放り投げるとかして、援護を……ううん、それより、私が囮になって、彩愛お姉ちゃんだけでも逃がさないと。


「――って、なにもいないじゃない」



 ベッドの隅で膝を抱えていると、明かりをつけた彩愛お姉ちゃ――じゃなくて、彩愛先輩が安堵と呆れの混じった声を漏らした。


 彩愛先輩がすぐそばにいること、危惧したような事態ではなかったこと、照明によって部屋が明るくなったこと。以上の安心要素から、私の思考が少しずつ冷静さを取り戻していく。



「そ、そうなんですか?」



「まぁ不審者は当然として、虫もいないし、特になにも――あ、制服のブレザーがハンガーから落ちてるわ」



 物音の原因を知り、自分の慌てっぷりを思い出してそこはかとない羞恥に襲われる。



「お、お騒がせしてすみませんでした。明日も学校なのに、夜中に起こしてすみません」



 重ね重ね迷惑をかけてしまった。深く頭を下げて謝罪する。



「それにしても、『お姉ちゃん』って……ぷぷっ、よっぽど怖かったのね」



「こ、怖かったんだから仕方ないじゃないですか!」



 反論しようとしたものの、もはや言い訳にすらなっていない。


 敬語も忘れてた気がするし、恐怖のあまり昔の癖が出てしまっていたようだ。



「まぁ、何事もなくてよかったわ。おやすみ」



「ほ、本当にありがとうございました。おやすみなさい」



 あくびをしながら窓を伝って自室へと戻る彩愛先輩に、改めてお辞儀しつつお礼を言う。


 不覚にも、年上とは思えない小さな背中を、この世のなによりも頼もしく感じてしまった。


***


 翌朝。今日の朝食担当は私なので、こちらの家で一緒に朝ごはんを食べた後、競うように身を押し合いながら玄関で靴を履く。



「あはっ、何回思い出しても笑えるわよね。昨夜の歌恋ったら、服が落ちたぐらいで泣きそうになっちゃって。お姉ちゃんとしては、今朝おねしょしなかったかどうかが気になるところだわ」



 彩愛先輩は口元に手を当て、あからさまな嘲笑を漏らした。



「高校生にもなっておねしょなんてしませんよ!」



 私はいまにも殴りかかりそうな勢いで、ピシャリと言い放つ。


 このやり取りは、家を出る時点で数十回と繰り返されている。


 登校中はもちろん放課後にも同じネタでからかわれ続けるのかと思うと、苛立ちのあまり回し蹴りをお見舞いしてしまいそうだ。


 昨夜は不覚にも彩愛先輩相手にドキドキしてしまったけど、あれはきっと気のせいに違いない。

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