第6話 クッキーは比較的作りやすいと思っていた

 休日を利用して、今日は昼過ぎからお菓子作りに励んでいる。


 スマホに表示したレシピと睨めっこしながら、慎重に進めていく。



「えっと、次はバターを……」



 自分の力量は嫌というほど理解しているので、無謀な挑戦はもちろん、斬新なアレンジも加えない。


 彩愛先輩も食べれるように甘すぎないクッキーのレシピを調べ、材料も念入りにチェックして指定された物を購入した。


 手順さえ間違えなければ、よほどのことが起きない限り、失敗は有り得ない!


***



「な、なんで……?」



 気付いた時には手遅れだった。


 オーブンから取り出したトレーに並ぶのは、禍々しい形をした茶褐色の石――もといクッキー。


 なぜか生臭い香りがキッチンに充満していて、思わず鼻をつまむ。


 見た目と香りは最悪だけど味はレシピ通りになっているかもしれないという一縷の希望を抱き、一つ手に取って口に運ぶ。


 本来であれば、サクッとした食感のクッキーが舌の上でホロッと崩れるはずなんだけど……。



「うぷっ」



 ギャリッとした歯触りがなんとも気持ち悪く、噛めば噛むほど異様な苦みと生臭さが広がる。


 飲み込める大きさまで咀嚼し、作った者の責任として覚悟を決めて飲み込む。


 強烈な吐き気をどうにか堪え、自分自身に呆れ果てて嘲笑混じりに天井を仰ぐ。



「あーあ、頑張ったのになぁ……。今度こそ、彩愛先輩に、おいしいって……うぅっ」



 溜め込むよりかはマシだと思って言葉にしたものの、この場においては逆効果だったらしい。


 キッチンに響く自分の声は悲しみに満ち溢れ、つらさが込み上げて涙が滲んできた。



「――ちょっと歌恋! あたしの部屋まで異臭が漂ってきたんだけど!? 秘密裏に化学兵器なんて開発しちゃダメよ!」



 二階からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくるのに気付いて振り向くと、下半身丸出しでTシャツだけ身に着けた彩愛先輩がそこにいた。



「心配しなくても、クッキーを作ってただけですよ」



 まぁ、化学兵器と言われても仕方ない出来にはなってしまったけども。



「なるほど、そういうことね。幼なじみが禁忌に手を染めたんじゃないかって、思わず窓から入ってきちゃったわ」



 玄関ではなく二階から足音が近づいてきた理由が判明した。ついでに、彩愛先輩のはしたない姿が誰にも見られなかったことにホッとする。



「せっかくだから毒見してあげるわ。一枚貰うわよ」



「えっ!? ちょっ、これ本当に毒――」



 私が忠告を終えるよりも早く、彩愛先輩がクッキーを頬張った。



「うわっ、マズっ!」



「私が一番分かってますよ! だから止めようとしたのに……。食べ物を粗末にするのは心苦しいですけど、さすがに捨てるしかないですね」



「もったいないから、あたしが全部食べるわ。常人なら病院行きだけど、あたしの胃袋なら平気だし」



 信じられないことを口走りつつ、パクパクとクッキーを食べる彩愛先輩。


 私が同じことをすれば、まず間違いなく二口目で嘔吐、三口目で発狂、四口目で生死の境をさまようことになるだろう。



「お、おいしい、ですか?」



「めちゃくちゃマズいわよ。さっきも言ったじゃない。歌恋の手作りじゃなかったら、何億積まれても絶対に食べないわ。死ぬよりつらい拷問を受けた方がまだマシってレベルね。ハッキリ言って人間が生み出していい代物じゃないわよ、これ」



 事実という名の鋭利な刃物に、心を滅多刺しにされた。


 反論できないのが悔しいけど、私の手作りという理由で食べてくれたことがすごく嬉しい。


 溢れる寸前だった涙も、いつの間にか引っ込んでいる。



「紅茶でも飲みますか?」



「無糖の辛口ジンジャーエールがいいわ」



「ありませんから、後でコンビニに行きましょう」



「そうね、競走して負けた方がジュースを奢るってことで」



「いいですけど、その前にちゃんと下を穿いて来てくださいね」



「はいはい、分かってるわよ」



 勝負の約束をしたところで、彩愛先輩が一旦自宅へ戻る。


 私はいまのうちに片付けを済ませておこうと、手元のトレーをシンクに移す。



「あっ……えへへっ」



 欠片も残さず食べてくれたことに気付き、自然と笑みがこぼれた。

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