第28話 遠慮は不要

 彩愛先輩の家で朝ごはんを食べている最中、彩愛先輩がふと箸を置いて「そう言えば……」とつぶやいた。



「もうただの幼なじみじゃなくなったわけだし、一緒にお風呂とか、軽率なボディタッチとか、控えめにした方がいいのかしら」



「無理に制限する必要はないと思いますよ。恋人になって不自由なことが増えるのって、私としては納得できないです」



「確かにそうよね。歌恋もたまにはいいこと言うじゃない。よーし、これからもあんたのおっぱいを揉みまくるわよ!」



「はいはい、どうぞご自由に」



 いろいろツッコミどころがあるけど、食事中なので適当に流しておく。



「怒らないところを見ると、実は揉まれるのが楽しみとか思ってるんじゃないの?」



「違いますよ! 変な誤解しないでください! なんならこの場で証明してもいいです!」



「証明って?」



「実際に揉んでみてください」



 ムッツリだと思われるのが癪だったとはいえ、我ながら大胆な挑発をしてしまった。


 ただの冗談だと言って逃げようにも、すでに彩愛先輩は意気揚々と席を立って私の隣に来ている。



「逃げ出すならいまのうちよ」



「逃げる? なんでですか? いつでもいいですよ」



 やってしまった……。


 見栄を張らずに「じゃあ逃げます」とでも言って回避することもできたのに、ついいつものノリでケンカ腰な態度を取ってしまった。


 こうなった以上は仕方がない。


 大丈夫。覚悟を決めておけば、少しぐらい揉まれたって耐えられる。


 私はイスごと横を向き、隣に立つ彩愛先輩と向き合う。



「それじゃ、揉むわよ」



 宣言と同時に、彩愛先輩の両手が左右の乳房を正面から鷲掴みにした。


 いつもの乱暴な揉み方ではなく、力強くも優しく指を動かしている。


 本音を言ってしまえば、すごく気持ちいい。


 彩愛先輩に胸を揉まれるのは嫌いじゃないし、むしろ胸に限らず体中をくまなく触ってほしいとさえ思う。


 さっきは照れ隠しに近い理由で反論したけど、彩愛先輩が言ったことは誤解でもなんでもない。


 以前ならともかく、彩愛先輩への好意を自覚したいまとなっては、たとえ乱暴な揉み方であっても喜んで受け入れる。



「んぁっ」



 変なことを考えていたせいか、無意識に嬌声が漏れ出てしまった。


 反射的に右手で口を塞いだものの、その行動はまったくの無意味。


 彩愛先輩は勝ち誇ったように腕を組み、ドヤ顔でこちらを見ている。



「ずっ、ズルいですよ! 触り方がエッチすぎます!」



「歌恋の爆乳が悪いのよ! マシュマロみたいに柔らかくて、ほどよい弾力もあって、衣服越しなのに揉み心地が最高で……そりゃあエッチな触り方になるわよ!」



「なっ!? くっ、うぅ……こ、今回は、負けを認めます」



 いきなり逆ギレされて驚いたけど、褒められたことが心底嬉しく、怒りは湧いてこなかった。



「あたしばっかり揉ませてもらうのも悪いし、よかったら歌恋も同じように揉んでくれていいわよ」



「じゃあ、遠慮なく――」



 せっかくの申し出なので、ありがたく受けさせてもらう。


 彩愛先輩は両手を背に回し、胸を差し出すような姿勢になる。


 私はゆっくりと手を伸ばして、恋人の乳房――いや、胸板? ぺったんこな胸部に、そっと手を当てた。


 揉んでいいと言ってもらったものの、揉むほどないので優しく撫でておく。



「……揉むほどないとか言ったら、ブチ切れるわよ」



 声が少し震えていることには気付かないフリをして、私はただ無言でコクリとうなずいた。


 私たちの間に遠慮は不要だけど、時には配慮が必要となる場合もある。

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