第29話 恋人として

 私はいま、告白した時と同じぐらい緊張している。


 それもそのはず。家に帰ったら、私の部屋で彩愛先輩とキスをするのだから。


 うやむやになっていたキスの件を登校中に話していたところ、互いに乗り気ということもあり、とんとん拍子で話が進んで放課後に実行する運びとなった。


 緊張と期待のあまり、今日は一限目から六限目までの授業内容が少しも頭に残っていない。


 普段通りに会話しながらも、節々から緊張が滲み出てしまう。


 いつもなら茶化すところだけど、お互いに心境は同じなので今回ばかりは触れないでおく。


 恋愛感情が芽生えていなかったとはいえ、毎日のようにキスをしていた幼少期の自分たちに敬意すら覚える。



「彩愛先輩、か、覚悟はいいですか?」



「あっ、当り前よ、とっくにできてるわ!」



 家に着き、再度気持ちを確認してから玄関の扉を開ける。


 洗面所で手洗いとうがいを済ませ、ついでに唇が荒れていないかチェックして、いよいよ私の部屋へ。



「えっと……か、歌恋の部屋って、いい匂いよね。もちろん歌恋自身もいい匂いだし、世界一かわいいわよ」



「きゅ、急にどうしたんですか?」



 唐突にべた褒めされ、喜び以上に困惑してしまう。



「いや、だってほら、キスをする前っていい感じの雰囲気を作っといた方がいいでしょ? あんたを褒めるなんて気が進まないけど、とりあえず褒めとけば、それっぽいムードになると思ったのよ」



「なるほど。その目論見って、暴露した時点で台無しですよね」



「あっ……。も、元はと言えばあんたの質問のせいなんだから、責任取っていますぐキスにふさわしいムードを用意しなさい!」



「どう考えても私は悪くないじゃないですか!」



「うっさいバカ!」



 とまぁ、例のごとくケンカが勃発し、胸倉を掴み合って派手に争う。


 しばらくしてお互いに冷静さを取り戻したことで、二人並んでベッドに腰かける。


 直前まで罵声と暴力をぶつけ合っていたとはいえ、本来の目的であるキスは依然として双方の望むところ。


 そもそも、これぐらいのケンカで亀裂が入るような関係ではない。



「汗かいちゃったわね」



「たくさん動き回りましたからね」



 火照った体にブレザーはいささか暑く、脱いでベッドの適当なところに置く。


 私たちらしいハプニングが起きたものの、いよいよその時が訪れようとしている。



「面と向かって言うのは恥ずかしいですけど……大好きですよ、彩愛先輩」



 隣を向いて、彩愛先輩の目を見て言う。


 改まって告げるとさすがに照れるけど、きちんと伝えておきたかったので後悔はしない。



「あたしも大好きよ、歌恋」



 彩愛先輩もまた、私の目をしっかりと見据えて想いを告げてくれた。


 私たちは深めに息を吸い、相手から視線を逸らさずに顔を近付け合う。




 ――やがて二人の唇が重なり、ちゅっ、と小さな音を奏でた。

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