第34話 攻め手に回りたい

「あー、やっぱり落ち着くわね」



 帰宅して部屋に入ると、彩愛先輩が我が物顔で私のベッドに倒れ込む。


 寝るなら自分の部屋で、と促すべきなんだろうけど、決して悪い気はしないので黙っておく。


 私は脱いだブレザーをハンガーにかけてから、彩愛先輩のそばに腰を下ろした。



「いまなら、彩愛先輩に好き放題できちゃいますね」



 無防備な姿を晒す恋人に、冗談でそんなことを言ってみる。


 すると、直前まで気の抜けた顔で寝転んでいた彩愛先輩が動きをピタッと止めた。



「なに言ってんのよ、歌恋は好き放題される側でしょ」



「いやいや、そんなことないですよ。私は絶対に攻める方です」



「いやいや、どう考えてもあたしが攻めだから」



 彩愛先輩が不満を表情に出しながら体を起こし、私の目をキッと睨む。


 私も負けじと鋭い視線を送り、一触即発の空気が場を包んだ。



「あたしが攻めるの!」



「私が攻めます!」



「あたしは純真無垢な歌恋が恍惚の表情を浮かべながらあたしの愛撫で喘ぐ姿が見たいのよ!」



「私はいつも強気な彩愛先輩が恥じらいで顔を赤らめながら快楽に溺れる姿が見たいんです!」



「くっ! 清純そうな見た目してるくせに、なかなかエッチなこと考えるじゃない」



「そっちこそ、幼い外見に反してさすが年上って感じの発想ですね」



 経験上、こういう言い争いは決着までにかなりの時間を要する。


 殴り合いのケンカを避けたい私たちは、一旦息を整えて気を静め、ひとまず話を保留することにした。


 仲直りのしるし――というわけではないけど、ピッタリと密着してベッドの端に座る。



「いまさらだけど、歌恋はあたしとエッチするの、嫌じゃない?」



「あのやり取りの後で、本当にいまさらな質問ですね。嫌なわけないじゃないですか」



「ん、よかった。優しくするから、安心していいわよ」



「彩愛先輩こそ、安心して身を委ねてください」



「……あんた、さりげなく自分が攻める側に回ろうとしてるわよね」



「……そのセリフ、そのままお返ししますよ」



 本番を迎えた際、攻め手に回るのはどちらなのか。


 いまはまだ、私たち自身にも分からない。

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