第10話 顔を埋められたり揉まれたり

 今日は学校から帰ってすぐに彩愛先輩の家に赴き、クッキーの作り方を教えてもらった。


 彩愛先輩のおかげでおいしいクッキーが作れたんだけど、複雑な気分というか、普通に悔しい。


 ともかくコツは掴んだので、次回以降は私一人でも彩愛先輩に喜んでもらえるような――じゃなくて、彩愛先輩が認めざるを得ないようなクッキーを作ってみせる。


 晩ごはんを食べた後は、ご厚意に甘えて先にお風呂をいただき、彩愛先輩のベッドでゴロゴロしながらスマホをいじる。


 いまは彩愛先輩が入浴中で、多分そろそろ上がる頃だ。


 長年の経験に裏付けされた予想の正しさを示すように、階段を駆け上るせわしない足音が部屋に近付いてくる。



「ふぁ~、いい湯だったわ。ちょっと歌恋、仰向けになりなさいよ」



 部屋に入るや否や、意図の読めないことを要求してきた。


 なんだこの先輩と呆れつつも、私はスマホを枕元に置いて指示通り仰向けになる。


 まさかプロレス技でも仕掛けてくるつもりだろうかと警戒していたら、彩愛先輩は特別な反応もなくベッドに乗り、私の胸を枕代わりにしてうつ伏せに寝転んだ。



「なにしてるんですか?」



「んー、思った通りね。ふわふわ柔らかくて、ほどよい弾力もあって、無駄にいい匂いもするし、これは最高の枕だわ」



 質問の答えになっていない。


 けど、彩愛先輩はご満悦な様子だし、嫌味ではなく純粋に褒めてくれてるっぽい。


 失礼なことを言ってきたら蹴り飛ばそうと思っていたけど、武力行使はまだ必要なさそうだ。



「でも腰が細くてバランスが取りづらいわね。もっと太りなさいよ」



「嫌ですよ。っていうか、文句があるならどいてください。邪魔なので」



「生意気ね。この体勢、どっちが有利かわかってないのかしら?」



 彩愛先輩は私の胸に埋めていた顔を上げ、上体を起こして下腹部の辺りに座る。


 両手の指をくねくねさせながら、不敵な笑みを浮かべてこちらを見下ろす。



「も、もしかして……」



「うりゃうりゃっ、参ったって言ってもやめてあげないわよ!」



「っ!?」



 嫌な予感が見事に的中した。


 胸を鷲掴みにされ、これでもかというほど執拗に揉まれる。



「ふふっ、ストレス解消に最適な揉み心地だわっ」



「ちょっ、あんまり強く揉――はぁんっ❤」



 慌てて両手で口を抑えたものの、時すでに遅し。


 静かな部屋の中、たまたま聞き逃すなんて偶然が起こるはずもなく。


 私の口から出たとは思いたくない卑猥な声は彩愛先輩の耳にしっかりと届いており、さっきまで絶え間なく動いていた手がピタリと止まる。



「ご、ごめんなさい、変な声出ちゃいました」



「あ、あたしこそ、さすがにやりすぎたわ。ごめん」



 二人同時に飛び跳ねるようにしてベッドの淵に座り直し、視線を明後日の方向に逃がしながら謝罪し合う。


 お互いに一言も発さないまま、時折チラチラと相手の方を向く。


 ケンカしないに越したことはないけど、気まずさを濃縮したような状況を打破できるのなら、ノーガードで殴り合った方がまだマシかもしれない。


 胸がやたらとドキドキしているのも、きっとこの慣れない雰囲気のせいだ。


 顔が燃えるように熱いのも、彩愛先輩のことを直視できないのも、同じ理由に違いない。

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