犬猿の仲だけど一緒にいるのが当たり前な二人の話

ありきた

第1話 今日も今日とて仲が悪い

「んん……うるさいなぁ」



 私こと犬山いぬやま歌恋かれんの朝は、隣の家から漏れるアラーム音によって始まる。


 軽く伸びをしながら、ベッドの上で体を起こす。


 もぞもぞと窓際に移動してカーテンと窓を開け放てば、憎き相手の部屋が目の前に現れる。


 隣の家との距離は数十センチ程度。驚くべきことに、自室の扉より向かいの部屋の方が明らかに近い。



「ちょっと先輩、早くアラーム止めてください! 毎日毎日うるさいんですよ!」



 窓から身を乗り出し、ガラスを割らないよう加減して窓をドンドンと叩く。


 手を滑らせたとしても、落下の心配はない。


 まだ私たちが幼い頃のこと。

 万が一を危惧した両家の保護者が業者に依頼し、窓枠のすぐ下に頑丈な板を設置してくれた。


 過激なノックを続けていると、ようやく部屋の主が動きを見せる。



「うぅん…………ああもう、朝からうるさいわね」



「は?」



 落ち着け。この春から私も高校生。子供じゃないんだから、握った拳は引っ込めておこう。



「チッ。寝起き早々にバカでかい胸を見せ付けられて不愉快だわ。慰謝料として、いますぐあたしによこしなさい」



「別に見せ付けてないです。だいたい、慰謝料を払うべきなのはそっちですよ。近所迷惑な爆音を鳴らしておいて、他人だけ起こして自分は起きないんですから」



「周囲に他の家はないし、あたしの親もあんたの親も仕事に出かけてる時間じゃない。近所に迷惑をかけてるとは言えないんじゃないかしら?」



「私に迷惑がかかってるんですけど?」



「早起きは三文の徳ってやつよ。感謝しなさい」



 屁理屈にもならない暴論を、ドヤ顔でやたら偉そうに言ってきた。


 私があと少しでも短気だったら、確実に殴りかかっていたことだろう。


 爆音のアラームを仕掛けているくせに、私に起こされるまで眠りから覚めない厄介な隣人。


 物心つく前からの旧知であり、私と同じ隣町の女子校に通う一つ上の先輩。


 黄金の髪と紺碧の瞳が印象的で、色白の珠肌は見るからに滑らかで瑞々しい。


 体型は小学生と見紛うほどに小柄。容姿は腹立たしいほどに整っていて、美少女と言わざるを得ない。


 甘く耳通りのいいアニメ声は、高飛車かつ傲慢な性格のせいで台無しだ。


 昔は普通に仲がよかったけど、小学校を卒業する前にはすでにいまと同じような関係だったと思う。


 このムカつく先輩――もとい猿川さるかわ彩愛あやめを一言で表すなら、私の天敵。


 病める時も健やかなる時も、誕生日パーティーの最中でさえ、些細なきっかけでケンカが勃発する。



「ふふんっ、言い返す言葉もないって感じね。土下座して謝るなら、勘弁してあげてもいいわよ」



「呆れて物も言えなくなっただけです。はぁ、朝から無駄に疲れました」



「あ、そうだ。支度を済ませたら、うちに来なさい」



「え? 今日って私が作る番でしたよね?」



「昨日のカレーが残ってるのよ。だから、あんたの当番は明日に持ち越しってことで」



「あー、なるほど。分かりました。すぐに支度します」



「遅れたらおかわりさせないわよ! 五秒で来なさい!」



「はいはい」



 適当に返事をして、そっと窓を閉める。窓越しに「『はい』は一回!」とか聞こえたけど、スルーしておく。


 五秒なんて、部屋を出る前に過ぎてしまった。


 部屋を出て廊下を進み、一階に下りて洗面所へ。


 鏡に映る私の顔は、嬉しそうに微笑んでいる。


 彩愛先輩に元気を貰った? いやいや、そんなわけない。


 ただ単に、カレーが楽しみなだけだ。そうに違いない。

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