第60話 現実逃避したい時もある①

 人間誰しも、現実から逃げたくなるような事態に直面することがあるはずだ。


 私と彩愛先輩は、まさにいま、その状態である。


 コンビニのイートインコーナーで肩を並べて座り、買ったばかりのファストフードを黙々と口に運ぶ。


 晩ごはん前だからもう少し軽めの物にしておけばよかった。なんて、軽く反省してみたり。


 私が購入したのはハニーメープルカスタードパイ。彩愛先輩は激辛チョリソーだ。


 いつもなら自分の好みと正反対な食べ物に対して二言三言交わすけど、今日は特になにも言わず、黙々と口に運ぶ。


 高校生にもなると、自分が住む家や自分自身についての新しい発見なんて、滅多にあるものではない。


 それがついさっき、いろんなことに気付かされた。


 私も彩愛先輩も、一度熱中すると周りのことが意識からすっかり消えてしまうこととか。


 長年使っているベッドは、自分たちが思っている以上に軋むこととか。


 そう言えば二人とも、自室の真下はリビングだとか。


 周囲に民家がないから多少騒いでも近所迷惑にはならないけど、二階で激しく動けば下の階に振動や音が響くこととか。



「ごちそうさま」



「ごちそうさまでした」



 同じタイミングで食べ終わり、包み紙をクシャッと丸める。


 一緒に買っておいた飲み物でのどを潤わせ、ふぅ、と一息つく。



「まさか、こんなことになるなんてね」



「完全に想定外でしたよね」



 チラッと互いを一瞥しながら、苦笑混じりにつぶやいた。


 見るからに暗い雰囲気に包まれている私たちが言ったところで誰も信じないとは思うけど……実のところ、深層心理では未だかつてないほどに安堵している。


 人生において極めて重要な問題を乗り越えたという実感から来る安堵であり、それは決して誇張表現や勘違いなどではない。


 にもかかわらず、私と彩愛先輩はこれまでになく意気消沈している。


 できればあんまり思い出したくないけど、望もうと望むまいと、ふとした拍子に鮮明な映像となって脳裏に浮かんでしまう。


 すべての原因となる出来事は、ほんの十数分前に起きた。

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