第66話 素朴な疑問

 下校中、なんの前触れもなく素朴な疑問が頭に浮かんだ。


 特に訊きづらい内容でもないので、私はそれを迷わず口にする。



「彩愛先輩って、部活には入らないんですか?」



 小柄で非力とはいえ、彩愛先輩の身体能力は目を見張るものがある。


 どの部活でも、充分に活躍できるはずだ。



「入らないわよ。運動は大好きだけど、あたしはまんべんなくいろんなスポーツを楽しみたいタイプだから。そんなのが入部したら、真剣に打ち込んでる人間に失礼じゃない」



「なるほど……そんな真面目な理由があったんですね」



 思っていたよりしっかりした考えを持っていて、ちょっと驚いた。



「まぁ、どんな部活だろうと、運動部であれば大活躍するのは間違いないわね」



 自信過剰とも呼べる物言いだけど、私は確かにそうだと納得してうなずく。


 彩愛先輩ほどの人材が埋もれてしまうというのは、なんだかもったいない気もする。


 そんなことを思い浮かべていた矢先、彩愛先輩がおもむろに腕を絡めてきた。



「は、恥ずかしいからあんまり言いたくないけど……一番の理由は、歌恋と一緒にいられる時間を減らしたくないからよ」



「ほぇっ!?」



 彩愛先輩の口からかわいすぎる発言が飛び出し、私は驚愕のあまり間抜けな声を漏らしてしまう。



「付き合い始めたいまでもケンカばっかりしてるけど、たとえ険悪な雰囲気になったとしても、あたしにとってはあんたと一緒の時間がなにより大切だから」



 なっ、ななな、なにこれ!? 本当に彩愛先輩!?


 と、とりあえず落ち着こう。冷静になれ私。



「め、珍しいですね、彩愛先輩がそっ、そんなこと言うなんて」



「たまには素直な気持ちを言っておこうと思ったのよ。ただ……想像以上に恥ずかしくて、頭が爆発しそうだわ」



 恥ずかしさを堪えるためか、彩愛先輩が私の腕を痛いほどに締め付ける。


 その様子がまたかわいらしく、たまらないほど愛おしく、体の奥底からマグマのように煮え滾った感情が湧き上がってきた。



「彩愛先輩、帰ったら覚悟してくださいね」



「へ? な、なにを?」



「彩愛先輩がかわいすぎるのが悪いんですよ。私の自制心では、家に着くまで我慢するだけで精一杯です」



「は? えっ、ホントにどういうこと!? なんか怒らせるようなこと言った!?」



 彩愛先輩は私の意図が読めず、動揺を露にする。


 怒りとはまったく別の感情であることを、帰宅してからベッドの上でたっぷりと教え込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る