彩夜のステージ
昼を回ると、腹が減る。
流石に休憩なしで昼まで働けば、それなりに疲れるわけで。しかし、そのおかげでついに俺は自由を手に入れた。
「助かったわ。約束通り、昼からは自由行動でいいわよ」
実行委員長、赤坂飛鳥の許可も得たので、堂々と俺は教室を出た。
合わせて自由時間を貰った菜乃花と千尋も一緒に、廊下を歩く。向かう先は、月島のクラスのカフェである。
「俺達はまだ仕事残ってるけどね」
「ぶっ続けでするとか、考えられないよ」
「まだ仕事が残ってんのかって考えると、楽しめるもんも楽しめないだろ」
道中、他のクラスがやっている屋台に目を奪われることも多く、たまに足を止めて買食いしたりする。
「今から食べるんじゃないの?」
「この辺でちょっと腹ごしらえしとくのもいいだろ」
「そうだよ、千尋くんも食べれば?」
「とりあえず、食べるか喋るかどっちかにしたら……?」
「……」「……」
「……黙るんだ」
正確な時間も分かっているので、その時間に合わせて行けばいい。時間もギリギリではない。しかし、席がなくなるかもしれないという千尋に連れられ、少し早めにクラスにつく。
「あ、葉月くん! 菜乃花ちゃんも」
「やっほー、彩夜ちゃん」
手を振り合って、挨拶を交わす二人。どうして女ってのは挨拶でさえも大袈裟なんだろう。抱き合ったりしないだけマシか、そうなってくると作品変わってくるな。
「席確保してるから心配しないで!」
そう言って、月島の案内されてテーブルに向かう。
教室の中は、うちと同じように特別仕様に変わっていた。机を幾つか合わせてテーブルを作り、黒板のスペースがステージとなっている。どうやらあそこでクラスの人達がパフォーマンスをするのだろう。
案内されたテーブルは、さすがにステージの前とはいかず、しかしそれほど離れてもいない真ん中辺りの場所だった。ステージも十分に見えるし、文句なしである。
「じゃあ、注文を受け付けます。ちなみにオススメはパンケーキです」
「あたしオレンジジュースとパンケーキ」
「女子はとりあえずパンケーキ食うよな。俺はコーヒーかな、それとパンケーキ」
「天助も食うんじゃないか……、じゃあ、俺は紅茶にしようかな、パンケーキも一緒にね」
お前も食うんかい、とツッコんだらきっと負けなんだと思う。だからあえて、俺は黙っていた。その代わりに吐き捨てるように言う。
「紅茶とか、いちいちイケメンっぽい注文しやがって」
「注文の仕方もスマートで格好いいよね」
チッと舌を鳴らしながら言う俺と、にんまりとイタズラな笑みを浮かべる菜乃花に言われて、千尋も笑顔を引き攣らせる。
「俺なんか悪いことしたのかな?」
「さ、さあ……?」
聞かれた月島もどうしていいか分からず、ただ苦笑いを浮かべるだけだった。
注文を伝えるために奥に戻った月島は、それから姿を見せなかった。恐らく、ステージの準備があるのだろう。
程なくして、注文した料理が運ばれてくる。菜乃花はきらきらした目でパンケーキを見つめる。ほんと、女子は甘いもの好きだよな。全員がそうではないのだろうけれど、イメージとしてはそれは拭えない。かく言う俺も、甘いモノは好きなんだけど。
「いただきまーす!」
手を合わせて元気に言った菜乃花は、パンケーキを一口サイズに切って口に運ぶ。幸せそうに頬を抑えて、息を漏らす。まるで、数日ぶりに食事にありついたような顔だった。
「ほんとにおいしそうに食べるよね、花咲さんって。昔からそうだった印象だよ」
「……そう、かな?」
口にパンケーキを含みながら、可愛らしく首を傾げる菜乃花。
しかし、千尋の言うことには俺も同意見だった。給食とかもすごい美味しそうに食べてたな。ごはん粒とか口元につけて、にへらと笑うその姿も、俺は好きだった。
「ねえ、天助?」
「そうだな、昔からそうだったよ。相も変わらずな」
「むぅ。あまり褒められてる気がしないんだけど、喜ぶべきなのか? それともここは一発がつんと叱るべきなのかな?」
「褒めてるよ、これでもかってくらい」
「うんうん、少なくとも貶してはいないよ。バカにされてると思ったんなら謝るけど」
「いいよ、そういうことなら素直に喜んでおく。わーい」
全然喜べてねえぞそれ。そんな感情のこもっていないわーいは初めて聞いた。もうちょっと嬉しそうに言えなかった?
それから、それぞれちまちまとパンケーキを食べ始める。
少し静かになったので、周りの生徒の会話が聞こえてくる。
「次のパフォーマンス、あの月島彩夜らしいぜ? 聞いた話によると歌唄うとか」
「月島彩夜って確か、去年のミスコンの?」
「そうそう。あの秋雨寧々を抑えて優勝したっていう例の」
「マジか、超楽しみじゃん。彼氏とかいんのかな?」
あれは恐らく、三年だろう。秋雨寧々というのは、俺は知らないが月島の一つ前のミスコン優勝者の名前らしい。曰く、その女生徒もすごく可愛いんだとか。一度見てみたいものだ。
「俺この前、月島と話せたんだぜ。他愛のない雑談を交わしたよ」
「まじかよ、羨ましいぜ」
「はっ、俺なんか握手したぜ!」
「馬鹿野郎、月島は誰にでもそういうことをするんだよ。そうやって勘違いして告白して振られた奴が何人いるか」
「高嶺の花だよな、やっぱ」
おれは二年の生徒だ。何度か見覚えがある。同じクラスではないし、知らない顔もあるが記憶にあるやつも中にはいる。月島と付き合いたいと思う奴なんてこの学校には、いや学校外にだってごまんといるのだろう。
それであの勘違いされやすい性格だ、そりゃ玉砕していく男が増えるのもやむを得ない。あれで勘違いするなと言う方がおかしいし。俺だって何度も何度も同じ過ちを犯しかけていた。
なんとか自分に言い聞かせ、免れてきたが、彼女は天使であるとともに、悪魔でもある。恐ろしい女性であることに変わりはない。
「人気だね、月島さん。ここにいるほとんどの生徒は月島さんのステージがお目当てっぽいし」
「彩夜ちゃん可愛いし、歌もうまいもん。こうなるのも納得だね。あたし達だってその一人なわけだしさ」
「まあ、そうだな。つーか、女子もちらほら見えるけど、ほとんどが男子だな。どんだけ人気なんだよ月島は」
周りの会話に耳を傾け、そんな話をしていると、急に教室の電気が消えた。
真っ暗になって周りが何も見えない。でも、そんな中で俺が一番驚いているのが、ビクッと一瞬体を震わせた菜乃花がちょんと俺の服の裾を掴んだこと。なんだよそれ可愛いじゃないか!
そして、簡易ステージに自分たちで作ったのかカラフルなライトアップが施された。どうやって作ったのかは全く分からないけれど、それでも暗闇に灯った光ということもあって綺麗に見える。
赤、青、黄のライトに照らされたステージには、一人の女生徒が立っていた。
「……あ、あれ」
「彩夜ちゃんだー」
制服ではなく、ステージ用に用意した衣装なのか、赤と白で彩られたドレスを来ていた。あまり見ない服なので、この時のために作ったのかもしれない。だとしたら、このステージにそうとう懸けているな。
『あー、あー、こんにちは。聞こえてますかー?』
マイクを通して、月島の声が教室の中に響き渡る。
外に漏れて迷惑ではないのかとも思ったけど、ふと教室に入った時に目に入ったダンボールだとかを思い出す。気休めかもしれないが、あれで簡易的に防音部屋を作っているのかもしれない。マジで気合入れてんなこのクラス。
『あのう、えっと、この時間のパフォーマンスはですね、わたしが担当することになってまして、何をしようかと悩んだんですけどわたし歌うこと以外に出来ることないので、ここでは僭越ながら歌を披露しようかと思います』
そう言うと、観客がドッと湧く。わあああああと拍手と共に起こる声に困ったように笑った月島は端にいるクラスメイトにアイコンタクトを送る。
『あまり練習も出来ていないので、全部で二曲だけなんですけど、よかったら最後まで聴いていってください。人前で歌うのはあまり得意ではないんですけど、頑張って歌います』
そして、音楽が流れ始めた。
なんだろう、どこかで聴いたことあるような。でも、何の曲かは分からない。
「これはあれだね、コマーシャルで流れてる奴だ」
「あ、ほんとだ! 言われてみれば確かに」
「ああね」
それで知ってるのか。よくよく考えても、俺が今流行りの曲を知ってるわけないもんな。テレビでくらいしか聴かないか。
「最初はみんなが知ってる曲で興味を惹こうってやつかな」
確か、若い女の子が集まるアイドルグループの曲だな。アイドルといえば、キャッキャキャッキャ歌う賑やかなイメージだけど、この曲はどっちかというとバラード調だ。卒業式とか、春とかを連想させる歌詞になっている。
月島は、アップテンポよりもゆっくりな曲の方がいいな。すうっと耳に入ってきて頭の中に広がるイメージだ。
程なくして、一曲目が終わる。
静かに終わり、黙って聴いていた生徒達から、次第に拍手が起こる。それに続いて、俺達もステージの月島に拍手を送る。
『あ、ありがとうございます。えと、一応一曲目はみんなが知ってそうな曲をチョイスしたんですけど、皆さん知ってたでしょうか? 知らなかった人も、いい曲なのでぜひ聴いてみてください。それでですね、たぶん次の曲は知らないと思うんですよ……わたしが子供の頃から聴いていた曲なんですけど、これを機に知って帰ってくれたら嬉しいです。最後になりますが、あと一曲お付き合いください』
ぺこりと、軽く頭を下げたところで、曲が流れ始める。
絶対に知らないと思っていたけれど、これも聴いたことがある気がする。千尋の方を見ると、どうやら知らないらしい。逆に菜乃花は、おおっと小さく呟いた。
「知ってるのか、この曲?」
「ううん、原曲は聴いたことないけど、彩夜ちゃんがよく歌うやつだからちょっとだけ覚えたんだ」
ああ、それでか。だから、聴いたことがあるんだ。
初めて……じゃないか、月島と再会した時に歌っていたのがこの曲だ。何となく耳に残っているだけで、覚えてはいない。俺は暫し、月島の歌に耳を傾けた。
改めて聴くと、いい曲だ。
例えばイライラしている時、きっと抱えているストレスを消し去ってくれる。例えば何かに怒りを覚えた時、その憤りを沈めてくれる。例えば悲しい気持ちになった時、慰めるように優しく包んでくれる。
そんな、優しい歌だ。
そして、最後の曲もあっという間に終わる。
ぺこりと深く頭を下げた月島に、いろんな感情のこもった拍手と歓声が飛び交う。もちろん、その中には俺達のものも入っている。
全ての歌を歌い終えてしまったけれど、時間的にはまだそこまで経ってはいない。これで終わりなのだろうか? そう思っていると、月島とは別の女生徒が壇上に上がってきた。あいつは見覚えがある、確か去年同じクラスだった賑やかしの女子だ。
「えーっと、残りの時間はですね、前回ミスコンの覇者であるこの月島彩夜への質問コーナーで繋ぎたいと思います。こんなに可愛い女の子に、質問がないなんてそれでもお前ら男かよって感じだし、みんな聞きたいことはあるよねー?」
すると、おおおおおおおおお! と客が沸く。なんだこのテンション。
そして、はいはいとそれぞれは手を挙げる。この質問コーナー挙手制なのか? そんな説明全くなかったけれど、そういう感じで進みそうだ。
「はい、じゃあ前の君……うん、そう君」
「彼氏はいるんですかー」
「おお、一発目からぶっ込んでくるな君! そんな質問答えるしかないよね、みんな気になってることだもんね! んでんで、実際のとこ彩夜ちゃんどうなの、いるの?」
「え、えと……いません、けど……」
おおおおおおおおおおおおお! 再び沸く客。
「はいはい! じゃあ好きな男のタイプは?」
なんか聞いた声だなと思ったら何やってんだ巧。
しかし、もはや挙手もせずに勝手に発言したというのに、誰ひとりとして言葉を発しない。ただ月島の返事を待っている。どんだけ知りたいんだお前。
「そうですねー、考えたことはないですけど、優しかったり……面白かったりする人かな」
「じゃあさじゃあさ、俺と付き合いませんか?」
「おおっと、ここでまさかの告白だ! 度胸諸々認めるけど、タイミング的にどうなんでしょう? 返事はするのですか彩夜ちゃん?」
「ごめんなさい」
「断られたああああああ!」
残念だったな巧。彼女が出来るのはまだとうぶん先になりそうだ。
「やっぱりすごい人気だねー。天助は気にならないの? 好みのタイプとか」
「べっつに、なんないけど?」
「じゃあ、天助の好みのタイプは?」
「お前それほんとに知りたいのか? 適当な気持ちで聞いてんじゃないだろうな、ていうか聞いてなんのメリットがあんだよ?」
目をくりんと丸めて俺を覗き込む菜乃花に、俺はそっぽを向いて答える。
「いいじゃん別に。ちょっと気になっただけ」
「……別に好みとかは考えたことないよ。そんなもん考えても、所詮理想は理想だし、そんなもん挙げても実際に目の前に現れることもない。仮に現れても俺なんか眼中にないだろうし。つまり、好みのタイプとか理想とか、そんなもん考えるだけ無駄だ。好みであってもそうでなくても、好きになるだろうし。強いて言うなら、好きになった人が好みのタイプなんじゃね?」
それでも、以前までの傾向を見ると、元気だったり優しかったりする人が好きなんだろうけど、それは口にはしなかった。
「ふぅん、まあ、そういう答えもありなのか」
「意外にしっかりした考え持ってるんだね天助も」
「意外はよけいだばか野郎」
くだらない話をしているうちに、質問コーナーはさらに進んでいた。
女子は普通の質問、言えば趣味とか好きな食べ物とか得意料理とか。そういうのを聞いたりして、男子は恋愛系とかが実に多い。狙っている奴らが多いのだろう。獲物を狩る肉食動物の目だ。
そして、場の空気を読んでか読まずか、核心に迫る質問がどこからか飛ぶ。
「好きな人っているの?」
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