ななみはわんこ?
実のところ、誰かと一緒に下校をする方が俺にとっては珍しい事なのだ。
最近、いろいろな人と関わっているから忘れているかもしれないが、基本的に俺は友達の少ないオタク野郎なのだ。唯一仲が良いといえる千尋は部活がある。それ以外の奴らとはわざわざ一緒に帰ることもない。
それでも、たまに偶然会った時は帰ることもあるでの、近頃はそれが重なっただけのこと。
学校が終わり、誰とも遭遇すること無く校門までやって来た。今日は一人か、そんなことを思ってしまうところ、周りに人がいる環境に慣れてしまったのかもしれない。
何となく、自分の心の変化に驚きながら歩いていると、トテトテと鈍い足音が近づいてきた。
自分へのものではないとしても、何となく気になる音だった。直感が言っている、あれは運動が出来ないタイプの奴の足音だ。そう思いながら、何気なく振り返る。
「あ、やっぱりそうだ! おーいっ!」
ぶんぶんとこちらに手を振ってくる女生徒に見覚がある。
走っているせいで、印象的なくるみ色の髪が激しく揺れる。俺じゃなかった時が怖いので、とりあえず足を止めることはしないが、なにぶんなかなか追いついてこない。どんだけ走るの遅いんだよ。
そしてついに、ぜえぜえ息を吐きながらその女生徒は足を止めた。
さすがに罪悪感が芽生え始め、俺じゃなかったとしても息を切らせる知り合いに声をかけたというニュアンスでいけば、恥ずかしくはないか。
そう自分に言い聞かせ、俺はさっき来た道を戻る。
「大丈夫か、ずいぶん辛そうだけど」
「なんッ……」
俺が声をかけると、そいつは短く言葉を吐いた。正直、何を言ったのかは聞き取れなかった。で、首を傾げると、そいつはバッと上げた顔を、俺に一気に近づける。身長差はあるが、その時中腰になっていたので、顔はだいぶ至近距離だ。
「なんでッ、足を止めて、くれなかったん、ですかッ?」
まだ完全に息が整えられていないので、切れ切れになりながら言葉を紡ぐその少女は、恨めしそうに俺を睨む。
「……まさか俺が女子に声をかけられるとは思わなくて」
「一度こっちを見たじゃないですか!」
「他の人に声をかけてるのかと……」
「こんな公共の場で大きな声を出して呼び止めれるような友達はまだいません!」
「そんな威張って言うことじゃないぞそれ」
というか、そこそこ由々しき問題だろ。もう一週間、そこそこグループが出来上がっていてもおかしくない時期だ。
それでも、そんなことを問題視していないのか、風波ななみは変わらぬ調子で吠える。
「そもそも、俺達だってそんなことが出来る仲かって話だろ。ぶっちゃけ記憶では会うの二回目なんだけど?」
「問題ありません。ななみは夢で何度かお会いしています!」
「じゃあ実質俺は二度目じゃないか!」
走ってきたせいで、ぼさぼさになった髪を手櫛で直しながら、俺の出した声にビクッと体を反応させる。
「で、何かあったのか?」
「はえ、どういうことですか?」
「いや、走ってきてたじゃないか。何か用があったんじゃないのか?」
「いえ、目の前に先輩の姿があったので声をかけました」
飼い主を見つけたわんこか。
俺がそんなことを考えながらぼーっと見ていると、ななみは「あ、でも」と思い出したように付け加える。
「この前のお礼をまだしていなかったので。なかなか校内では会えないものなんですね」
「あー、そういやそんなことあったね。でも、探せば見つけられるものじゃないの? 俺だってずっと教室にこもっているわけでもないし」
「いえ、探してました。昼休みは毎日先輩の姿を探して校内をうろついていました! おかげでもう校内のマップは把握しましたよ!」
ふんっ、と鼻を鳴らすななみは、やはり何かを達成し、誇らしげに撫でてーとでも言いたげな犬にしか見えなかった。
「そ、そうなんだ……それで会えなかったのは、まあ運がなかったね」
「はい! でも、今日会えたので良しとします! それでですね、先輩」
言って、ななみはまたぐっと身を前に乗り出す。だから近いんだよ、顔が! 興奮すると顔を近づける癖でもあんのかな?
「この前のお礼をしようと思うのですが、お時間はありますか?」
この前、というのは他でもない始業式の通学途中のことだ。迷っていたななみを学校まで案内しただけなんだけど、お礼がしたいと聞かなかったのでそういうことにした。
「まあ、時間はあるけど」
久々に帰って溜まったアニメを消化しようとしていたけど、それは夜でもいいしな。ここは後輩との交流を優先すべきだろう。
「では、ななみがよく行くお店の美味しいスイーツをご馳走しようと思います!」
「ほお、それはいいな。俺も甘いモノは好きだぞ」
「それは良かったです! では行きましょう」
先導して歩き始めたななみについて行く。ちなみに、どうして今日俺が自転車でないのかというと、何もまだパンクが直っていないわけではない。母さんが朝から使うと言って無理やり乗っていったので、電車で来ただけのこと。
そして、辿り着いた場所を見上げ、俺は絶句した。
「……おい、ここは……?」
「知らないんですか? ロウソンです!」
青と白が特徴的なコンビニエンスストアでした。確かによく行くけども!
「ニュアンスが違うだろ? こういう場合のよく行くってのは、なんかこう……あまり知られていない名店とか、普段は豪華でいけないリッチな店とかそういうのじゃね?」
「???」
「なぜ分からんッ!?」
「さて、入りましょう」
るんるん気分で中に入るななみに続いて、肩を落としながらもついて行く。まあ別にいいんだけどね、ちょっと期待していたところはあるけど。
「どれがいいですか? 何でも好きなモノを買ってあげます!」
スイーツコーナーの前に来たななみは、手を広げてそう言った。まあ、奢ってくれるというのなら、逆にこれくらいの方がいいよな。あんまり気を遣わずに済むし。
「コンビニスイーツというのは、存外舐めてかかるものではないですよ。手軽に手に入るというのに、近年ではそのクオリティがだんだんと上がっています!」
「まあ、確かにな。所詮はコンビニスイーツだとか言われてるけど、味は大したものだよな。高級店とかと比べればそれはもちろん劣るかもしれんが、だからって不味くなるわけでもない」
「そうです! 逆にこの値段で、手軽に買えるコンビニスイーツは素晴らしいんです! 周りの女の子はバカにする人もいますけど、そんなことないです!」
何に訴えているのかはともかくとして、コンビニスイーツに対する愛が凄いなこの子。
しかし、ほんとうにいろいろとあるな。種類も豊富で、だんだんと増えていってるもんな。
シュークリームやエクレア、プリンなんかはメジャーだけど、最近はクレープとかミルフィーユ、どら焼きなんかも置かれてる。それこそ、種類を上げればキリがないほどに。
「ななみ的には、このホワイトエクレアがオススメです!」
エクレアと聞いて思い浮かべるのは、生地にチョコレートがかかっていて、中にクリームが詰められているものだ。しかし、ななみが手に取ったのは少し違った。
見た目で分かる違いとしては、チョコレートコーティングがされていない。その代わりに、白い粉のようなものが振りかけられている。砂糖……シュガーパウダーか? それと、クリームを包むのではなくサンドしているので、その中身も目に見て
分かる。
「カスタードか」
「はい、やはりエクレアにはカスタードです!」
溢れるくらいにカスタードが挟まれているので、噛んだ瞬間に恐らく溢れてしまうだろう。黒いのではなく、白いおかげか、気持ち的に食べやすい感じもする。他にも美味しそうなものはたくさんあるが、確かにこれも美味しそうだ。
「よし、じゃあそれにしようかな」
「わたしも同じのにします。言ってたら何だか食べたくなってきました」
にへらっと笑って、ななみは同じシュークリームを二個手に取りレジに向かう。俺はどうしようかと思ったが、とりあえず店内でうろうろするのもあれなので外に出る。
あの程度の会計に、そこまで時間がかかるとは思えない。しかし、ななみはなかなか店内から出てこなかった。おかしいと思って、俺はもう一度中に入る。店内を探すと、同じようにきょろきょろと探すように店内を徘徊するななみを見つけた。
なにやっとんだ、あいつ。
「おい」
「あ、いました!」
声を上げて、駆け足で俺の元まで寄ってくる。そして、俺の顔にぐっと顔を近づけて口を開く。
「どこ行ってたんですかっ!? 探したんですよ!」
「何で俺が迷子になったみたいな言い方をするんだ。探したのも待ってたのも間違いなく俺の方だ」
「どこにいたんですか?」
恨めしそうに睨みながら、ななみは俺に尋ねる。
「外で待ってたんだけど……」
「やっぱり勝手に外に出た先輩が悪いじゃないですか!」
ええー、俺が悪いの? 確かに声はかけなかったけど、普通分からないですかね? あれか、俺も団体行動しなさすぎて感覚狂ってんのかな?
「もう、分かったよ俺が悪かった。以後気をつけます」
「はい、気をつけてくださいね」
納得してくれたので機嫌も戻り、俺達は改めてコンビニを出る。二人でそのまま駅まで向かう。
「ななみは電車通学なのか?」
「はい、基本的に。あまり電車に乗らなかったので、最初はここまで来るのも大変でした」
「電車乗らなかったの?」
「はい。乗ったこともあったのですけど、一緒にいる人に任せきりだったので」
そういえば、初めて会った日も道が分からんとかで迷っていたな。あまり外の世界と関わってこなかったタイプの人なのかもしれない。理由はどうあれ、自分の世界にこもったり外との道を遮断する人もいる。
だから、そうだったとして、何も考えずに理由を聞くのはあまり良いことではない。と、思う。
思えば、俺は彼女のことをまだ何も知らないのだ。
「ん? どうかしました?」
買ったシュークリームを口いっぱいに頬張って、俺の方を見るななみを見ても、とてもそんな過去があるようには見えない。
だとすれば、何かワケあり家庭なのかもしれない。そもそも、俺の妄想でしかないんだけどさ。何かあるのなら聞きたいとも思うけれど、やっぱり同時に怖いとも思う。
誰しも、蓋を開けるのが怖いと感じることはある。
なので、その疑問を口に入れたシュークリームと一緒に飲み込んだ。
「……うま」
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