ツンデレとはなんぞ
とある日の放課後。
既にクラスのみんなは出て行っている。素直に家に帰ったやつ、友達とどこかに寄り道をする奴、部活に向かった奴、校内に残って何かをする奴。そんな中、二人だけがまだ教室に残っていた。
「たこ焼きって、普通に焼くだけよね?」
「でも、それだと普通のたこ焼き屋って感じじゃないのか?」
「美味しいのを作るって言う意味じゃ、私達にはそれほどの知識はないと思うんだけど。そこのところあんなはどうなの?」
「……そりゃ、普通に普通のたこ焼きを作る程度しか出来ないけど」
創立者祭の催し物が、たこ焼き屋に決まった。それについてのミーティングが現在行われていた。誰がって? もちろん、実行委員を押し付けられた我がクラスのクラス委員、俺と赤坂飛鳥だ。
「だったらやっぱり、その辺に関しては花咲さん達がいたほうがいいわよね」
「そうだな、言い出しっぺだし。それか、何かいいアレンジでも思いつけばな」
「アレンジぃ?」
俺が適当にそう言うと、委員長は顔を歪めて嫌そうな声を出した。
「なんだよ、何か嫌な思い出でもあんの?」
「……まあ、ちょっとね」
「委員長は、あんまり型から外れたことしそうにないもんな。マニュアル重視みたいな?」
「すごくバカにされている気がするけれど、それはまあいいわ。そんなことよりも、一つ言っておきたいことが出来たわ、葉月」
何か癇に障ることでも言ってしまったのか、委員長がギロリと俺を睨む。
「な、なに?」
あまりの迫力に、俺は作った笑顔を引き攣らせる。
「その委員長って呼び方、やめてくれない?」
「え?」
「今更かもしれないけれど、私その委員長って呼び方好きじゃないのよね。みんなに言っても聞いてくれないからもう諦めてたけど、二人だから今あんたに言うわ」
思い返せば、一年の時から赤坂飛鳥は委員長と呼ばれていた。気づいた時にはそうだったし、それがいつからだったのかと言われれば、恐らくクラスの委員を決めるホームルームがあった後からだろう。
クラス委員なんて、誰かが好んで引き受ける委員ではない。それなのに、一年のあのホームルームで、赤坂飛鳥は誰よりも速く手を挙げた。それだけに狙いを定めていたように。もちろん、他に立候補者もおらず、好んで就いたことから、何の壁もなく彼女は委員長の座を手に入れた。
「そもそも、委員長ってなんなの? 私はクラス委員であって委員長ではないのだけど」
「いや、確か委員長だったと思うぞ? クラス委員のどっちかがそうなるんだけど、やりたがってたし確認も必要ないかって話だった気がする」
別に、委員長になったからって特別仕事が増えるわけではないし責任が重くなることもない。ただ、皆をまとめる役割を担うだけ。
つまり、偉いというわけでもないけれど、それなりの信頼とかリーダーシップとかがないと出来ない役職なのだ。
「委員長って呼ばれるってことは、それなりの信頼とかあってのことだろ? 光栄な話じゃないか」
「……いや、そうでもないわよ。委員長って、それって会社でいうところの部長とか課長とか、学校で言えば校長とかみたいなものでしょう?」
「んん、どうなんだろな」
また別物のような気がするけど、でもあながち間違いとも言い切れない。
「それって、委員長である私に対するものであって、私自身に対するものではないじゃない? じゃあ、私が委員長でなくなったら、皆は私をなんて呼ぶの?」
「……委員長じゃね?」
「委員長でもないのに?」
「委員長でもないのに。呼び慣れて定着したらそうなるんじゃないか?」
「それよ。私はそうなっても、委員長と呼ばれ続けるのが何というか……嫌なのよ」
よく分からないけれど、彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。それを何の気なしに否定する権利は俺にはないだろう。俺が思っているより軽い問題ではないのかもしれない。
「葉月、あんた確か妹いたわよね?」
「いたな。何で知ってんの?」
俺言った覚えないんだけどなー。というか、そもそもこんな面と向き合って話すのが二年になってからだし。
「それはまあいいじゃない。つまり、あんたはお兄ちゃんということになるじゃない」
まあ、そうなのかな? 俺の反応を待たずに、そのまま言葉を続ける。
「学校のみんなからお兄ちゃんって呼ばれることになっても、それでもあんたはいいって……言えるのか。それは嬉しい事なのか」
「待て、最後まで言え。自分で言って自分で納得するな」
「え、でも男はみんなお兄ちゃんってフレーズが好きなんでしょ?」
「みんながみんなそういうわけでもねえよ。いたとしてもごく一部だし、そもそも仮
にも女子はいいとして、男子からもお兄ちゃんと呼ばれるとか考えただけでゾッとするわ」
「……まあ、そういうこととして。それってやっぱり嫌でしょ?」
嫌のニュアンスが違わないか?
「だから私も、あまり委員長と呼ばれることを良く思ってはいないのよ。まあ、諦め半分でもあるんだけど。だから、せめて、同じクラス委員なわけだし、あんたは名前で呼びなさいよ」
「名前って、お前……飛鳥?」
「そうじゃない! なんで突然名前呼びなの!?」
バッと立ち上がり、前にあったノートで俺を叩く。
なんで俺叩かれてるの?
「だって、お前が名前でって」
「そういう意味じゃないでしょ! 普通に苗字でって意味よ察しろ!」
「だったらそう言え! あんまり女子とのコミュニケーションに慣れていない葉月さん的には勘違いすることもあるんだから!」
「なんで私が悪いみたいになってんのよッ!」
ある程度叩いた委員長は、ぜえぜえと肩で息をしながら赤くなった顔をぱんぱんと叩く。取り乱したことを反省でもしてるのだろうか。それよりも、クラスメイトをノートでバシバシ叩いたことを反省してほしいものだ。
「とにかく、あんたは名前で呼びなさい」
「赤坂ね。別にそれくらいいいけどさ」
特別な名前の呼び方は、男を勘違いさせる手段の一つだ。まだあの頃の俺ならば、これで赤坂飛鳥に惚れていてもおかしくはない。だが、学習し進化した今の俺は、この程度で動じることもない。
うん、成長したな、俺。
「ところで、何の話をしていたんだっけ?」
「……たこ焼きのアレンジの話」
話が脱線しすぎて、最初の話を忘れた赤坂が頬を掻きながら言う。
「ああ、そうだったわ。アレンジね」
「でも、仮に他のクラスと被った場合、その辺で勝負するしかないと思うけど。祭りのテンションなら、多少不味くても人は食うだろ」
「ダメよ、提供する以上は美味しいものを作る。そんな生半可な気持ちで作るものではないわ」
「まあでも、それはやっぱ作ってみないと分かんないよな。また今度にするしかないだろ。味で勝負する以外では、やっぱり巧の言うような感じになるんじゃないのか?」
「なに、やっぱ男ってみんなメイド好きのバカばっかなわけ?」
「別に好きなわけじゃないけど? ただそういうのになるんじゃないのってこと」
「メイド喫茶以外で言えば、何かあるわけ?」
「アニマルとかツンデレとか妹とか?」
「詳しいわね、なんかキモい」
「うるせえよ」
「そのつんでれっていうのは何なわけ? 他のはだいたい予想はつくけど。妹はどう
せお兄ちゃんとか言うだけでしょ? アニマルは……噛みつくのかしら」
「噛みつかねえよ、なにその喫茶怖い。猫耳とかつけて、衣装が動物っぽくなるだけ
だ。だからあんまり難しくはない」
「で、つんでれは?」
このご時世で、ツンデレ知らない人とかいるの? と思うけど、そういう発想がもしかしたらもうオタクなのかもしれない。自分の常識を相手に強要してはいけないな。
「だから、普段はツンツンしているけれど、突然デレる……それがツンデレで、それを応用した喫茶店、みたいな?」
「普段はツンツン、そんでたまにデレる?」
俺が説明しても、赤坂は理解しているようには見えなかった。ツンデレの知識が皆無の人に説明するのって難しいな。
「んー。それかあれだな、思っていることを素直に言えずに思ってもないことで着飾ったりする、みたいな?」
「それはただ素直じゃないだけでしょ?」
「こっちの世界では、そういう解釈もするの。そういうもんなの」
「やっぱり理解出来ないわ、つんでれ……」
「じゃあもう理解しなくていいよ別に。そんな大事なことでもないしさ」
「む。なんかバカにされた気がするわ」
そう言って、赤坂は頬を膨らませてむくれる。
そんなくだらない話をしている間に、どうやら思っていたよりも時間は経っていたらしく、下校のチャイムが鳴る。
「あら、もうそんな時間なのね」
「だな、あっという間だった。あんまり話進んでないけど」
「全くね。でも時間なら仕方ない。また次のミーティングに回しましよう。それまでに何か考えも纏めておくように」
「え……次あんの?」
当たり前でしょ、と鼻を鳴らしながら赤坂は荷物をまとめ始める。それに続くように、俺もカバンに荷物を放り込む。
教室の鍵を施錠し、職員室まで持っていく。その後、靴を履き替えて校門を出る。
「赤坂は電車なの?」
「ええ、そうよ。いいわね、家が近いって」
「まあ、遠い人からしたらそう思うかもな。でも、じゃあ何で大幕に通ってんの?
頭いいし、もっと上の学校もいけたんじゃないのか?」
歩きながら、何となく気になったことをそのまま聞いてみる。
赤坂飛鳥は勉強ができる。学力テストでも常に上位にいるし、質問されれば言葉を詰まらせることなく答える。正直、この学校では、赤坂の学力には合っていないよう
に思える。
「まあ確かに、受験する前は親にも反対されたし、先生にももっといい学校を勧められたわ。それでも、私にはここに通いたい理由があったし、それを言ったらみんな納得してくれたわ」
「好きな人がここに通うからとか?」
「乙女か。そんなんで進路先を決めはしないわ」
「因縁のライバルがここにいるのか」
「いないわよ。どこのバトル漫画よそれ」
「憧れの先輩の母校だとか?」
「生憎だけど、今のところそういう人はいないわ」
「じゃあ、何?」
もう自分の中で候補が浮かばなかったので、俺は赤坂に答えを尋ねる。
「なに、知りたいの?」
「そりゃここまで来たら聞いときたいだろ。なんかもやもやするし。別に言いたくないような内容なら無理には聞かんけど」
そうでもないわ、と赤坂は俺に向けていた顔を前に戻す。その先には、沈み始めた夕日があった。赤く照らされたその顔を、今度は俺が見つめる。
よく見ると、綺麗な顔立ちしてるんだよな、赤坂って。メガネかけてて、真面目な雰囲気だから普段はあんまり気にしないけど、十分に綺麗なんだ。本人に言えば、また何されるか分からないから、絶対に言わんけど。
「ここって、学校行事多いでしょ?」
「まあ、多いな」
「だからなの」
その答えに、俺は思わず間抜けな顔をした。開いた口を塞ぐことも忘れて、赤坂の顔を見続ける。すると、こっちを向いて目が合った赤坂は、何だか恨めしそうに睨みつけてくる。
「この話をすると、みんなそういう顔をする。友達も、先生も、親も、みんなね」
「いやだって、何というか……意外だったから」
「でしょうね、きっとみんなも同じ思いだったでしょう。普段は勉強ばっかで、あまり人付き合いもよくない私が、高校を選んだ理由が学校行事が多いから。どっちかって言うと、学校行事なんか必要ないって言いそうなタイプでしょ、私って」
「自分でそこまで言う?」
「周りの目が、そういう風に言ってたから。でも、違うの。確かに勉強だって頑張ってるし、あまり人とも遊ばない。仲良い友達だってそんなに多くないわ。だからこそ、勉強と差別化して、一生懸命に取り組める学校行事が好きなのよ。その準備をしている時は、勉強しろなんて言われないでしょ? 別に、私だって好きで勉強してるわけじゃないんだから」
頭のいいやつにも、いろいろと考えることはあるらしい。俺みたいに、好きなことだけをやっている人間には、きっと分からない問題なのだろう。好きでなくても、やらなければいけないから勉強をする。それは、すごく素晴らしいことだ。それが凄いと分かっていても、実際に行動できる人なんて僅かだろう。少なくとも俺は出来ない。
こういう時に実感するな、才能よりも努力が大事なんだって。天才天才と謳われている奴は、きっと影で努力をしているのだろう、って。
赤坂飛鳥はきっと、何事にも、好きなことにも嫌いなことにも、得意なことにも苦手なことにも、どんなことにも前向きにひたむきに、一生懸命取り組む人間なんだ。
改めて、凄いと思った。それと同時に、
「だからクラス委員をするのも、率先して学校行事と関われるからっていうのもあるのよ。だって、おかげでこうして催しについて考えたり出来るでしょ? 文化祭とか体育祭とかさ、本番はもちろん楽しいけど、準備してる時間も同じくらいに楽しいじゃない?」
「そうだな、やっぱ楽しまないとな」
面倒だと思う準備だけど、楽しそうに話す赤坂を見ていると、少しは頑張ろうかなとも思えた。
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