千尋は女ったらし?
葉月家の昼飯事情は妹の気分によって左右されるといっても過言ではない。
両親が共働きで、しかも朝が早いため、基本的に俺が起きる頃には二人共いないことが多い。朝食はたまに用意されているが、それでも天恋が作るときの方が多い。
そんな朝の早い母に昼飯の弁当を作る時間はない。なので、気分がいい日の天恋が弁当を作ることがある。週に二から三回程度。気分が乗らない日は普通に学食に行ったりする。
そして、今日がその気分が乗らない日だったのだ。
「千尋はどうすんだ?」
「天助学食行くんだろ? 弁当は持ってきてるから、あっちで食べるよ」
そう言って、千尋は荷物を持って立ち上がる。こういうことをすんなりとなんの気なしにするからコイツはイケメンなのだろう。
「ちょっとちょっと、そこのお二人さーん!」
教室を出たところで、後ろから呼び止められる。セリフ的に、別に俺達にかけられた声ではない可能性もあったが、声的には俺達である可能性が十分にあったので、二人で足を止めて後ろを向く。
「やっほ、あたしも一緒でいい?」
ふうと息を整えながら、ぱちりとウインク混じりにそう言って、菜乃花は横に並ぶ。走ってきたのだろうか? という疑問よりも、返事も待たずに並んでいるところをツッコみたい。きっと断ってもついてくるんだと思う。変換すると、さっきの言葉は「学食だよね? あたしも行くよ」くらいの声掛けに過ぎないのだろう。
「花咲さんはお弁当じゃなかった?」
「あー、うん、そうなんだけどね。今日はないんだー」
いつもは弁当を持ち、女子グループに混ざって食べていることが基本の菜乃花だが、別にそれが固定グループというわけでもないらしい。どこのグループにも属さないが、どこのグループにでも属せる人間なんだと思う。ある意味羨ましい。
なので、たまにこうして一緒に昼飯を食うこともある。
「お母さんがね、寝坊しちゃって。ほらうちの母って低血圧じゃない?」
「いや、知らねえよ」
「だからお弁当ないんだよ今日は。毎日買って食べてると、お金かかるでしょ?」
「そうなのか? 女子ってサラダとか食べて満足するんだろ? メシ代とか知れてんじゃないのか?」
「それは女の子にも失礼じゃない? ううん、そもそもそんな幻想もってると現実知ったらがっかりするよ」
呆れたように、菜乃花は首を振る。やれやれとでも言いたげだが、何というか腹が立つ。
しかしいちいち怒っても仕方がないので何も言わない。
そんな話をしているうちに、食堂まで到着する。食堂は体育館の下にある。教室がある校舎とは別のところにあるので、少し距離があるのだ。
中に入って列に並ぶ。受付のおばちゃんに注文をして、後は出来るのを待つだけだ。速くて多くてそれなりのクオリティがあるのが、この食堂のいい所だ。
「俺は何にしようかなー」
「あたし実は食堂来るの初めてなんだー。結構種類も豊富なんだね」
「ああ、だから人気なんだ。んーラーメンかなー」
「お、いいねえラーメン。って、ハンバーグあるんだ! 定食って、お得すぎるんじゃないの? しかもおかずトッピング出来るとか、サービス精神旺盛過ぎない?」
順番が来たので、俺は予定通りの注文を済ます。俺が先に注文も済ましたので、菜乃花もこの食堂のシステムをおおかた理解しただろう。
「ハンバーグ定食! ごはんは大盛りね、あとコロッケ追加でお願いしまーす!」
「めっちゃ食うな!? 晩飯のボリュームじゃないか!」
「年頃の女の子はお腹が空くんだよ。なに、サラダだけ食べると思った? 残念、ハンバーグ定食でした!」
グッと親指を立ててそう言った菜乃花は、実にいい笑顔だった。
これだけのものを頼んでも、ものの数分で料理が出てくるのだから、食堂のシステムというのは素晴らしい。作り置きとかだとしても、十分に美味しいので問題ない
し。
「相変わらず早いね、うちの学食は……って、花咲さん、それ全部食べるの?」
「うんっ。大丈夫だよ、食べてもちゃんと運動するからそこまで太らないんだよ?」
「別にそういう心配じゃないんだけどね」
あははと笑う千尋の横に俺が、向かいに菜乃花が座る。
少しの間、学食のガヤガヤをバックに飯を咀嚼する。ある程度食べたところで、ふと菜乃花が顔を上げた。
「でもあれだね、創立記念日にイベントあるのも珍しいよね」
「まあ、普通はただの休みだよな」
ズズズとラーメンを啜りながら、俺もそれに応える。
「花咲さんの前の学校は、そういうのなかったの?」
「うん、そういうのは普通に文化祭だけかな。だからほんとうに新鮮というか、純粋に驚いたよね」
さっきのホームルームを思い出してか、ふんふん頷きながらしみじみと呟く。
「大阪にいたっていうのも、さっき初めて知ったんだけど」
それでふと思い出したことを口にする。千尋も横で「確かにそうだね」と、俺の言葉に賛同する。
「言う機会もなかったからね。ていうか、そこまであたしに興味あった?」
「そりゃあ……」
そう言いかけて、俺は言葉を詰まらせた。何と言おうか?
興味はあった。そりゃ当然だ、好きだったのだから。でも、転校していったのって、告白した直後だったし、それを聞くのは何となく気まずくもあったよな。そう考えると、聞いてなくて当然か。
「大阪の学校はどうだったの? その調子なら友達とかの心配はなかっただろうけどさ」
俺が言い淀んでいる様子に気づいて、千尋が助け舟を出してくれる。もう何度助けてくれれば気が済むの! あまり物事を考えない菜乃花は、そのまま話題の変更につ
いていく。
「うん、友達はいたよ。今でも連絡取る子もいるし。でも、学校の行事とかでいうとこっちの学校の方が楽しそうかな」
「あっちのはそうでもなかったのか?」
「うん、普通。文化祭とか体育祭とか、そういうのだけだよ。一年だけだったから修学旅行とかもないし。あ、でも遠足とかはあったかな。そういう意味だと、こっちの
創立者祭があっちでいう遠足みたいな?」
「いや、うちも遠足はあるぞ」
「あるのっ!?」
「うちは学校行事がウリみたいなとこあるからね。他の学校に比べれば多いと思うよ。何やら校長がお祭り好きなんだとか」
「俺は学生時代に青春出来なかったからって聞いたぞ?」
「後者だと理由が悲しすぎるね……」
まあ、確かにな。俺達からしたら有り難いだけだけど、校長の学生時代を想像すると泣けてくるな。俺はそんな学生生活にならないように頑張らないと。
「そういえば、花咲さんは彼氏とかいなかったの?」
「ぶぶっ……げほ、げっほ。突然何聞いてんだよアホ」
何を思ったのか突然そんなことを言い出す千尋に、思わず食べていたラーメンを吹き出す。空気は読めるはずだから、意図的にやったとしか思えない。
菜乃花の方も一瞬ビクついて反応したものの、すぐにいつもの調子に戻る。
「ええー、そういうこと聞くのー?」
「やっぱり、気になるじゃん。昔と変わらず可愛いわけだし、やっぱりあっちでもい
たのかなーってさ」
「千尋くんはあれだね、なんだか変わらないけど変わったね」
「んん、どういう意味かな? それは結局変わったの?」
「誑しみたいな? そういうこと普通に女の子に言うのは反則だと思うな。しかもイケメンなんだもん」
顔を赤らめて、口に手を当てながらそう訴える。そういう女の子らしい反応もするんだな。俺の前では、腹を鳴らして食い物を奢らせ、バクバクと食べるようなことしかしてない気がする。
だから、なんかちょっと複雑な気持ちなわけで。
「いやいや、そんなことないよ」
「ちなみに、あたしがフリーだったら狙ってくれるの?」
「そっちがその気なら考えるけど?」
千尋がウインク混じりにそう言うと、菜乃花は考えるように唸る。そういう仕草が似合うところが憎い。マジで憎くて恨み殺せそう。
「んー……千尋くんと付き合うと、なんか後ろから刺されそうだから遠慮しとこうかな」
「そういう印象なんだ、俺って」
そして、違う話へと切り替わる。
あれ? 彼氏いるいないの話は? 結局どっちなんだ? いるのか、いないのか? なんで俺だけモヤモヤしないといけないんだ。話を振った以上、責任持って最後まで聞けよ。質問を解決しろよ!
「そろそろ戻ろっか」
休み時間ももうちょっとになっていた。あれだけ賑わっていた学食もいつの間にか、人が少しだけになっている。千尋が立ち上がったのを見て、俺と菜乃花も立ち上
がる。
「あ、ちょっと待って。ジュース買ってもいい?」
「別にいいけど。まだ腹の中に入れるのか?」
「食後は甘いもの入れないとねー」
食堂を出ると、自販機がある。ペットボトルから紙パックまで揃っている中で、菜乃花は紙パックのいちごオレを選択した。
ストローを差し、いちごオレを飲む。それを確認してから俺達は歩き始める。
「んー、おいしー」
「いちごオレって美味いか? 俺はあんまり飲まないけど」
「おいしいよー。食後にちょうどいい甘さなんだよ。飲む?」
そう言って、普通にジュースを差し出してくる。そんなん差し出されても、じゃいただきますとか言いながら飲めるキャラじゃないっての。男と思われてないのか分からないが、あっちが気にしてない分いろいろやりにくい。
「いや、いいよ……お腹いっぱいだし」
「ふぅん……じゃ、別にいいけどさ」
不満気な表情をしていたように見えたのは、俺の見間違いだろうか?
教室に戻ると、菜乃花は女子の集まりの中に戻っていく。席についた俺は、その前の席に座った千尋の方を向く。
「なんでさっきあんなこと聞いたんだ?」
「あんなことって?」
「惚けんな。その、あれだ……彼氏がいるとかどうとか」
俺がそう言うと、千尋はにんまりとイタズラに笑う。
「だって、気になったろ?」
「別になってない」
「お前は嘘をつくと視線を逸らすんだ。丸わかりだよ」
ぐぬぬ……。勝てる要素が見当たらない。
「別に花咲さんにしろってわけじゃない。ただ、花咲さんはアリだろ?」
「……知らん。分からん」
「まあいいけどさ。そんな簡単に出せる答えでもないしな」
「あと何であれ答えまで聞かなかった?」
「やっぱ気になってんじゃん」
うるせえ。
クスクスと笑う千尋を見ていると、何だか殺意が湧いてくる。こいつ、確実に俺を
からかっている。
「何かさ、答えたくないような雰囲気してたからさ。話の切り替えに乗っただけ。だ
から、気になるなら自分で直接聞くしかないんじゃないか?」
千尋は空気が読める。
こいつがそう言うということは、恐らくそうなんだろう。俺なんかよりもずっと目がいいんだから。
しかし、答えたくないって、どういうことだろう? まさか、本当に彼氏がいたのか? いやでも、いても不思議ではないよな。普通に可愛いし、優しいとこもあるし、気さくだし。逆に出来てない方がおかしいか……。
「俺は振られちゃったからライバルにはならないぞ?」
だから。
そういうことを平気な顔して言うなっつーの。
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