おにいちゃん
自転車でちょっと行ったところにショッピングモールがある。いろいろと揃っている大幕生に人気の寄り道スポットの一つだ。コンビニでも買えただろうけれど、安さと量を考えればちょっと遠くてもこっちに来るべきだろう。
何の躊躇いもなく自転車の後ろに乗った菜乃花を連れて向かう。
「……二人乗りは、校則では禁止されてるらしいが。そもそも法的にもアウトらしいけど?」
「バレなきゃ大丈夫よ。なに、そんなこと言っちゃって、キャラじゃなくない?」
「いや、何となく」
そして、到着。惣菜コーナーやらお菓子コーナーを回る。
「おにぎりとかあるといいかな」
「ごめん、ちょっと買い物してて」
「あ? なに、何だよ、ここにきて面倒くさくなったとか言うんじゃねえだろうな? させねえぞ」
「違うわよ、ちょっと……」
「させるか、正当な理由でない限り、俺は意地でもお前をここから行かせない!」
「なにその頑なな意思! ちょっ、空気読んでよ」
「読まん! 俺はもう悲しい思いはしたくない!」
「知らんわ! ……あぁー、もう、トイレよトイレ! 女の子が何も言わずにちょっと離れるって時はだいたいトイレなんだよ! 言わせるなばか!」
顔を真っ赤に染めて、訴えかける勢いに圧されて、俺は一歩退く。
「ご、ごめん……って、いや、お前この前とか普通にトイレ行ってくるとか言ってただろうが! 今更紛らわしい恥じらい方すんじゃねえ!」
「うわーん、最悪だこのデリカシーナシ男ーっ!」
「おおい! 俺をバカにしながら走っていくんじゃない!」
しかし、俺の叫びは菜乃花には届かなかった。あいつ走るの速すぎだろ……。
「もういいや、一人で済ましておこう。そうだ、甘いものも欲しいな」
呟きながら、俺はデザートコーナーに向かう。
よくよく考えたら、デザートって冷えててなんぼみたいなとこもあるし、食べれても確実に味の質は落ちるとこあるよな。買って帰ってもみんなでちまちま食べることになるし、クラスにはお菓子を買って帰ろう。これはここまで来た俺へのご褒美ということで。
「あれ、先輩?」
声をかけられて振り返る。誰なのかは振り返らずとも分かったけれど。俺のことを先輩と呼んでくれるのは一人だけだ。
「おお、ななみか。なんでこんなとこに?」
デザートコーナーに向かうと、先着がいた。こちらに気づいたななみが、てててと駆け足で寄ってきた。
「お買い物です、クラスのお友達と。トイレに行ったのでその隙に甘いものでも見ようと思いまして!」
「悪いことするわけじゃないんだから、別に一緒にこればいいじゃないか」
「先輩はどうしたんですか?」
キョロキョロと周りを見ながらそう言ったななみは、恐らく一人ですかなにしてんですか? 的なことが言いたいのだろう。
「友達と二人でな、買い出しだ。明日の創立者祭の準備だよ」
「創立者祭! 明日楽しみですねー。先輩のクラスはなにをするんですか?」
「うちはたこ焼きを焼く。美味いかは保証しないが、良かったら来てくれ」
「いきますよ! 一番に行かせてもらいます!」
大きく身振り手振りで感情を伝えようとするななみは、正直見ていて面白い。菜乃花や赤坂とはまた別の何かを感じる。
なんだろうか、一緒にいて安心するとかそういうのじゃなくて……言葉には出来ないが、この感覚はあれだ。
そう、天恋といるときに似てるんだ。
「どうしたんですか? じっと見つめられると、照れるじゃないですかぁ」
ほんとうに照れているのか、ななみはもじもじと体をくねらせる。
「いや、お前といると妹といる時みたいな気分になるなと」
「先輩妹いるんですね。それってあれですか、ななみも妹みたいだみたいなあれですか?」
「え、あ、いや……どうなんだろうな。深い意味はないんだけど」
「ななみは、お兄ちゃんもお姉ちゃんもいないので、お兄ちゃんができたみたいで嬉しかったですよ? 初めて助けてもらったときとか、優しい人だと思いました」
「そ、そうか? 喜んでいいことだよな?」
「あたりまえです! なんなら誇ってください! 先輩がそういうのなら、ななみはこのまま妹になってもいいのですけど」
「いや、それは疲れそうだからいいや」
「断られました! じゃあ、せめてお兄ちゃんと呼ばせてもらっても?」
「それもあらぬ誤解を生むことになるフラグがビンビンだからパスかな」
「またしても断られました! じゃ、じゃあ、お兄ちゃんに憧れていて、ついにそれに似た人と出会うことができたななみは、どうしたらいいんですか!?」
「いや、知らねえけど……」
「じゃあ、こうしましょう。先輩はななみのお姉ちゃんと結婚します。そうすることで、先輩はほんとうにななみのお兄ちゃんになります!」
「お前さっき姉いないって言わなかったか!?」
「いませんけど……」
「じゃあなんで言った!?」
「ごまかせるかと」
「そんな甘い考えで通る話じゃなかったろ!」
すると、ななみはぷうっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
「じゃあななみは、先輩に何を求めれば……?」
ちらと、何かをねだるように横目でこちらの様子を伺ってきた。
「俺はななみの兄にはなれないし、お前の満足のいくようなことは出来ないだろうけど、もし困ったことがあったら、全力で助けてやる。お兄ちゃんにはなれないが、お兄さんにならなってやれるぜ」
「……なにがちがうんですか?」
そう素で返されると、俺にもよく分からないんだよなあ。
「まあ、とにかく困ったら頼れってことだよ」
「はい! 頼りにしてます、お兄ちゃん!」
「それ絶対誰かの前で言うなよ!?」
そんな呼び方学校でされたら、確実に俺は死ぬ。
事実どうあれ、後輩にお兄ちゃんと呼ばせてたとかマジ事案モノだわ。ただでさえ立場が危ういのに、これ以上落ちるわけにはいかないぞ。
「あ、友達戻ってきたみたいなので、行きますね。たのしかったです」
「ああ、じゃあまたな」
「はい、また学校で!」
そう言って、遅い駆け足で行ってしまった。俺が早歩きしたら追い抜けるんじゃないだろうか? どんだけ運動音痴なんだあいつは……。
「ただいま。何してたの?」
ななみと入れ替わりで、菜乃花が帰ってきた。まるでタイミングを見計らっていたような登場だ。
「別に。疲れたし甘いものでも買ってこうかなと」
「……ふぅん。いいじゃん、買ってこうよ。経費で出すと委員長に怒られるかもだけど、そこのところどうする感じ?」
「分かってるよ、自分で出す」
「じゃああたしは何にしようかなー?」
「その言い方、お前俺に奢ってもらうつもりじゃないだろうな? ふざけんなよ、自分で買え」
こいつは事あるごとに俺の財布の中を貪ろうとする。何だかんだで、どれだけ奢ったことか、もう覚えていない。
断ると、菜乃花はにんまり笑って俺の顔を覗き込む。
「……な、なんだよ?」
「いいじゃない、買ってよ、お・に・い・ちゃ・ん」
…………。
こいつ、聞いてたのか……? じゃあやっぱり隠れて見てた、というのか?
「ねえ、いいでしょ? お兄ちゃんってば」
肘で俺の脇を攻撃してきた菜乃花が、ウインクを飛ばす。
「あ、ははっ、仕方ないなあ! ここは俺が奢ってやるか! ただし、条件があるぞ? それが聞けるかどうかが重要なですね」
「ん、なに?」
「いえ何も……」
女って、やっぱり怖いよう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます