かっこわるい
アミューズメント施設、舞浜スポーツセンター。
バッティングやビリヤード、サッカーバドミントンテニス等、あらゆるスポーツを行うことが出来る施設である。スポーツ関連だけでなくゲームセンターも中にはあるので、休日の遊び場としては持って来いだ。価格も良心的なので、学生からも人気である。
「で、ここなの?」
「イエス。どうせ、こんなとこ来ないでしょ? たまには体動かさないとダメだよ?」
「……まじかよ」
昼飯を済ました俺達は、電車に乗って四駅のところにあるこの場所へと来ていた。ちなみに、昼飯は遅刻した償いとして奢った。ていうか奢らされた。
「さっ、入るよー」
基本的にインドア派の人間なので、俺は運動は得意ではない。体育だって決していい成績とはいえない。対して、菜乃花はご覧の通りどちらかというとアウトドアというか、スポーツ少女なのである。
「俺あんまりこういうとこ来ないからよくわからないんだけど」
「あたしがやるよ」
受付で話を済ませて、中へと入る。スラスラと話を進めていたところ、きっとこういうところに慣れているのだろう。俺とは大違いであった。
「時間制なんだな」
「そりゃ、中でいちいち精算してたら面倒でしょ。さて、何からしようか? せっかくだから勝負しようよ」
「勝てる姿が想像できないんだけど」
「男の子なんだから、女に負けるとかダメでしょ」
「出たよ、そういうセリフ。男とか女とか、そういうの今は関係ないだろが」
「負けた方はどうする?」
「待て、俺はまだやるとは言ってない」
「負けた人は、勝った人の言うことを何でも聞く。拒否はなし、これでいこうか」
「なんでも?」
「なんでも」
「拒否なし?」
「拒否なしだよ。なんでも受け入れるよ」
「仕方ねえ、ここらで本気出してみるか」
「分かりやすいなあ、天助は」
呆れたように言う菜乃花だが、しかし嬉しそうにも見えた。俺が乗ってくるってきっと分かってたんだろう。それでも乗るのは、男の夢を叶えるためなのだ。
「さて、じゃあ何から始めよっか?」
かくして、勝負の行方は最終勝負まで持ち込まれることとなった。
菜乃花からすれば予想外のことだろう。あいつは俺が運動が得意でないことを理解した上でこの勝負を持ちかけてきたのだ。圧勝出来ると踏んだ勝負だったはずが、追い込まれたのはあいつの方だ。
勝負の内容は交互に決めることとなっていた。
一試合目は、菜乃花の選択によりバスケのフリースロー対決。もちろん、素人の俺が経験者の菜乃花に勝てるはずもなく完敗。
二試合目は俺が決めることとなる。純粋な運動神経を競えば俺の敗北は免れない。なので、せめてお互いに経験したことのない種目にした。ビリヤードである。手先が器用でないこともあってか、この勝負は俺に軍配が上がった。
そして三試合目。菜乃花はバッティングを選択し、もちろん俺の完敗。四試合目は俺がロデオマシーンを指定し、より長時間跨っていた方が勝ちという内容で勝負。
俺が負けた。
いや、でも、いいものが見れたのでこの負けはもはや俺の勝ちといっても過言ではない。こんなこと菜乃花本人には絶対に言えないが。
追い込まれた状況下で、菜乃花に選択権が移る。勝負内容がボウリングに決定した時点で俺は負けを確信した。ボウリングなどもう数年していない。対して菜乃花はたまに友達と行っているらしいし。しかし、ここでまさかのビギナーズラック。奇跡の連発で俺の逆転勝利だった。
六試合目は俺が決めることが出来る。カラオケを選択した。俺が勝った。
「カラオケはスポーツじゃない! よってこの勝負は無効だ!」とか抗議を申し立ててきた菜乃花だったが、施設内にある以上そんな言い訳は通用しない。そう、花咲菜乃花は音痴である。それも、そうとうの。
そして、時間も時間だし、何より俺の体力が限界なので、次が最終勝負だ。
「……はぁあああ」
「いつまで凹んでんだよ」
カラオケでのことが忘れられずに、未だに赤面中の菜乃花に俺は呆れるように声を掛ける。確かに、お世辞でも上手いとは言えなかったけど、昔に比べればマシになったと思うよ? うん。
「呪ってやる」
「俺もお前に似たように恥かかされてんだからお互い様だろ。それよりも、最後の種目はお前のターンだぞ」
今のところ、勝数は互角。この勝負で決着がつく。
「正直、ここまでいい勝負されるとは思ってなかったわ」
「男の欲望の力を舐めるな。目の前に手に入れたいものがあれば、時に男は信じられない力を発揮するのだ」
「なんだそれ……」
そう言いながら、菜乃花はうーんと唸る。
いろいろな種類の競技を遊べるこの施設は、恐らく一日だけでは遊びきれない。スポーツ系だけではなく、さっきのようにカラオケやゲーセンもあるから尚更だ。
「ここまで追い込まれるとも思ってなかったし、最後の勝負が呆気無く決着ついてもつまんないよね。ここはフェアな勝負で行きますか」
「俺とお前に、フェアな競技なんて存在するか? 極端にどっちかに寄ってない?」
「んー、パターゴルフとかどう? あんまり運動神経の勝負って感じじゃないし、あたしも経験ないし。天助は?」
「経験なし」
「じゃあ決定だ」
場所を移動し、道具を借りて準備を始める。
ぶんぶんと素振りをしながら、菜乃花が口を開く。
「もうややこしいのナシで行こう。このホール入れたほうが勝ちね」
「ああ、いいだろう。あと一つだけ言うけど、パターゴルフって転がすもんだからな。普通のゴルフみたいに飛ばさないぞ?」
「……知ってるわよ」
「嘘つけ! 飛ばす気満々だったじゃないか!」
誤魔化すように視線を逸らした菜乃花はスタート地点にボールをセットする。
先行は菜乃花、後攻が俺。勝敗は純粋に先にボールを入れた方が勝ち。
コースはどれを選んでもいいみたいだったので、難しすぎず簡単でもない中級者コースを選んだ。俺は初心者コースでもよかったのだけど、菜乃花が頑なに嫌がった。曰く、簡単だと燃えないらしい。
「じゃあ、いくよ」
勢い良飛ばされた球は穴の近くまで転がっていく。さすが、センスだけは一人前だぜ。
続いて、俺のターン。
「いいとこ見せなよー」
「うるさい、気が散るわ!」
集中だ。決して難しいことはない。今の菜乃花のプレイを見ていても分かるが、大事なのはパワーではない。よって、力強く振っても当たらなければ意味は無い。ここはゆっくりでも確実に当てることを考えよう。子供でも出来るんだ、俺に出来ないことはない。
「……っ! あれ?」
空振り。
「かっこわるーい」
なんだこれ、思っていたよりも難しい。なに、これが最初から出来る子供とか何なの? センス抜群じゃないか。菜乃花とかもうセンスの化けモンだろ。
「なんか失礼なこと言ってない?」
「言ってない言ってない」
そして。
お察しの通り、これ以上は何も起こらなかったので、ダイジェストで済まさせてもらう。
菜乃花は着実に穴に近づける一方、俺は三巡目でようやく球に当てることに成功。しかし、その次の次のターン、菜乃花の放った球が穴に入る。
何の興奮も感動もなく、山場もなく盛り上がりもなく、こうして俺は敗北したのだ。
「かっこわるーい」
「二回言うな!」
何だかんだ、最後の勝負が一番納得出来ない敗北であった。
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