これはデート?


 翌日、一一時半を過ぎた頃、俺はようやく駅前へと到着した。


 どうしてこんな時間に到着したのかというと、別に行き道で困っている老人を見かけたとか、迷子の子を助けていたとか、妹の看病をしていたとか、母が倒れたとか、そういうことは全く無く、言い訳が出来ないレベルのただの寝坊であった。


 天恋に起こされた時点で、既に待ち合わせ時間数分前。もうその時点で遅刻を覚悟したのだけど、せめて足掻こうと急いで準備をして出てきたのだ。


 ちなみに。


 菜乃花への連絡はしていない。


 何故なら、怒られるのが怖いからだ。どうせ行ったら怒られるのだから、電話で怒られるのは何となく嫌だった。


 そうこうして、今に至る。今日はあった自転車を駐輪場に置いて、俺は待ち合わせ場所である駅前のライオン像へと向かう。


 そこには、時計をチラチラと確認しながら携帯をいじる菜乃花の姿があった。


 何度か携帯が震えているのは分かっていたが、あえて出なかった。急いでいたので、それどころではなかったのも事実だけど。


 学校以外で会うのは、菜乃花がこっちに帰ってきてからは初めてなので、私服姿は実に新鮮であった。英語のロゴが入ったシャツにジャケット、下はショートパンツにタイツを穿いている。動きやすそうな、菜乃花らしいコーディネートだった。


 対する俺はといえば、上はパーカー下はジーパンの普通の服装だ。ああまでばっちり決めてこられると適当に選んだ自分が恥ずかしい。まあ、言うほどおしゃれな服なんて持っていないけど。


「悪い、おまたせ」


 出来るだけ軽く。それでいてその中に申し訳無さを出すように、俺は声をかける。


「…………」


 その声に反応し、こちらに振り向いた菜乃花は、かつて見たことがないような恨めしそうな顔をしていた。じとりと睨まれると、罪悪感が一気に増し、俺は「う……」と声を漏らして一歩後ずさる。


「言い訳があるなら聞くけど?」


「いやもう、そんなものございません」


「なんで電話に出なかったの? またゲームでもしてたの?」


「こ、こっちに向かうのでいっぱいいっぱいでして、気づきませんでした」


 言いながら、電話を確認すると、着信数すごかった。


「なんで遅刻したの?」


「完全完璧に言い訳のしようがないレベルの寝坊でございまず」


「寝坊なのは分かってるよ。あたしが聞きたいのは、どうして起きれなかったのかなんだけど」


「アラームが、起動しなくて」


「ふぅん。あたしはてっきり夜更かしでもしたのかと思ったけど、そうなんだ。ゲームでもしてて寝坊したんなら鉄拳制裁食らわしてあげるとこだったけど、それならまあ仕方ないね」


 ごめんなさい、ばっちりゲームしてました。


 違うんです、あの後ちょっとだけ進めようとプレイしてたらすごいいい展開になったの。止めるに止めれずに気付けば時計の針が一二時を余裕で回っていたんだ。絶対言わないけど。


 正直なのが一番とはいうが、誰かが幸せになる嘘もあると思うんだ。今回の場合、主に俺が不幸にならずに済む。


「すごい心配したんだから、遅刻するなら遅刻するで連絡してよ?」


 そう言いながら、菜乃花は歩いて駅の中に入っていく。俺もそれに数歩遅れてついて行く。


 改めて携帯の画面を確認する。着信は二桁程。これは怒りのものではなく、心配のものだったのか……。


 もし次の機会があるのなら、ちゃんと遅刻の連絡を入れるとしよう。


「次はしっかり連絡するよ」


「次は遅刻せずに時間通りに来てください」


「あ、はい」


 歩く菜乃花の後ろをついて行く段階で、俺はふと疑問に思う。


「なあ」


「なに?」


 俺が声をかけると、首だけをこちらに回して返事をする。歩みを止めることはなく、菜乃花はちらちら前を確認しながら俺の言葉を待っている。


「二人、なの?」


「えっ……そだけど。ダメだった?」


「ダメではないけど、全然」


 そんなしおらしく返事されると、たとえ嫌でも言えないじゃないか。いや、嫌ではないけどさー、でもあれだ、男女二人で出掛けるとかもうデートと言っても過言じゃなくね?


「そ。よかった」


 うん、デートだ。これはデートということにしておこう。はにかむように笑った菜乃花を見て、俺は自分にそう言い聞かせた。そうすることで幸せだと思える人がいるのだ、主に俺。

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