第二章 α 

ツンデレちゃん


 それは、土曜日の晩のこと。


 一人の時間というのは至高である。別に誰かと一緒にいることが嫌いなわけではないが、それでも一人の時間が好きという事実は変わらない。


 そういうわけで、いつものように風呂、飯を済ませた俺は自室にこもりゲームに勤しむ。何をしているのかといえば、もちろんギャルゲーである。最近発売したもので、今日の昼に買いに行った、手に入れたてほやほやのものだ。


 うきうきしながらプレイなうである。


 再会した幼なじみとの恋愛模様を描くこの物語は俺が持っているギャルゲーとは少し違う印象を受ける。従来のギャルゲーといえば、複数いるヒロインの中から一人を選び個人ルートへと突入するものが主流だ。それ以外だって存在はするけど、メジャーな作りなのがそれなのは間違いない。


 しかし、今回俺が買ったのは一人のヒロインとの物語を最初から最後までみっちり描くものだ。ファンディスクなんかでは、個人ルートだけを収録した作品だってあるけれど、本編がこうなのはやはり珍しいように思う。あくまで俺の偏見だけど。


 小さい頃にとある事情で別れたヒロインと、高校生になって再会した主人公。別人のように変わっていて、それでもあの頃と変わらない優しさをもつ彼女に惹かれていく。そうやって物語が進んでいくのだ。


 ベタというか、王道と言えばそれまでだけど、逆にいえばそうだからこそやはり燃えることが出来る。否、萌えることが出来るのだ。見飽きたような設定であっても、見せ方次第ではまだまだ活かすことは可能なのだ。俺はこの作品で、王道設定の新たな可能性を垣間見た。


 ヴヴヴ。


「うぉお!?」


 集中していた俺は、突然震えた携帯のバイブ音に間抜けな声をあげた。


 不意に音が鳴るのが嫌なのでバイブにしているけど、これはこれで驚くな。そんなに頻繁にこないから不意をつかれてしまう。


 で、なんなんだ?


 バイブが長いところから、誰かからの着信であることが予想できる。正直、ゲームに集中したいので出るのが非常に億劫である。どうせ大したことのない内容だろう。俺に電話してくる奴らなんて本当に限られているからな。


 なんて考えていると、バイブが止む。あまりに出ないから諦めたのだろうか?


 仕切りなおしてモニターと向き合った俺は、もう一度ゲームを始めた。


 が、三〇分程経った時、再び震えだした携帯の音で指を止めた。


 もちろん、声を上げたことはもはや言うまでもない。


「ったく、誰だ一体。俺の至高の時間を邪魔するとは、さぞ大事なようなんだろうな? これでくだらない用事であってみろ。着拒してやる」


 一人でそんなことを言いながら、通話ボタンを押す。


 あ、誰からか確認するの忘れた。


「もしもし?」


 誰かは分からないが、とりあえず不機嫌さを醸し出す低い声で応じる。


『あ、天助? ごめん、忙しかった?』


 その声を聞いて、俺は思わず耳に当てていた電話をベッドの上に落とす。


 男かと思って出たら女の声がしたら、そりゃ誰だって驚くでしょ。


『もしもーし、聞こえてるー?』


「ああ、悪い。で、なに?」



 その相手というのが、まさかの花咲菜乃花なのだから、動揺しないわけがない。


 そんなことになっていることがバレると恥ずかしいので、俺は出来るだけ平然を装って返事をする。


『なに動揺してんのよ。あたしから電話来てドキッとしちゃった?』


 バレてるし……。


「す、するかバカ! そもそも動揺とかしてねえし?」


『……ふぅーん。ま、どっちでもいいけど。今電話大丈夫だった? さっきも一回したんだけど、忙しかったのかな?』


「え? あー……まあ、それなりに」


 さっきの電話も菜乃花だったのか。何か悪いことしてしまったな。


『なーんだ、てっきりゲームでもしてんのかと思った。集中してんだから邪魔すんなよとか言いながら無視されてたらどうしようかと思ったよ』


「ははっ、お前の中で俺はどういうキャラなんだよー」


 こ、こいつ……エスパーかなにか?


『そんな感じのキャラなんだけど。電話できるならいいや。ちょっと聞きたいことあって』


 なんだろう。出された課題の範囲でも忘れたのだろうか? 案外おっちょこちょいなとこあるからなこいつ。


『明日ひま?』


「なんで?」


 菜乃花の質問に俺は瞬時に返事をする。


『え……なんでって、なんで?』


「そう聞かれて暇と答えて、いいことがあった試しがないからだ」


 どうして人間というのは、暇かだけを聞いてくるのか。どこどこに行くんだけど暇? とか、あそこ行きたくてついて来てほしいの、暇? みたいな。目的とかをはっきり開示してから暇かどうかを聞いてほしいものだ。暇であっても、そういう気分じゃない時だってあるんだよ。


『なにそれ……あ、あれよ、深い意味はないけどさ、明日あたし暇だから遊ばないかなーと思って。それだけ!』


 どういう表情で、そんなこと言ってんのかは分からないけど、萌えるな。


「そういうことなら、別に暇だけど」


『ほんと? じゃあ明日一一時に駅前集合ね。遅れたら許さないから、ゲームしてないで早く寝なさいよ! じゃね』


 早口に言った菜乃花は、こちらの返事も聞かずに通話を切ってしまう。


 ぼーっとしながら、とりあえずパソコンの前まで戻る。


 ゲームの画面は、ヒロインが話しているところで止まっていた。


『明日、遊びにいかない? べつに、暇なだけだから深い意味とかはないんだからっ。幼なじみだから荷物運びにでも使ってやろうってだけなんだからねっ!』


「……はあ」


 ツンデレっていいよな、やっぱ。

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