ななみのお兄ちゃん
「あれ、先輩じゃないですか! おーい!」
ぶんぶんと手を振って、こちらに近づいてくる影が見えた。
食堂で別れた赤坂がここにいたら、また白い目で見られるとこだった。
「あー、あれが例の後輩ちゃんか」
「お前見んの初めてだっけ?」
「いや、創立者祭の時にちょろっとは」
俺の目の前まで来て、ぺこりと頭を下げたななみは、いつもの笑顔で俺の顔を見る。ほんとうに、尻尾があったらぶんぶん振っていることだろう。
「こんなとこで会うなんて奇遇ですねー。どうしたんですか?」
「教室に戻るとこだ。ななみはどうしたんだ?」
「ななみ達は移動教室の最中です! 次の授業は化学なので、先に行ってわからないところを復習しようと」
復習とか、なにこいつ偉い。
「急に、走り出さないでよ……」
後ろから走ってきた遠藤さんが、息を整えながらななみに言うが、とうのななみは悪びれた様子もなく、汗を流す遠藤さんの顔を覗き込んでいる。
「だいじょうぶー? まめちゃーん」
「ダイジョブだけど、疲れた」
そう言って顔を上げてから俺達に気づいて、慌てて頭を下げる。上司と部下じゃないんだからそんなかしこまらなくても。
偉くないよ、俺。何なら授業前に復習しようとしてる君たちのが偉い。
「おおっと、こんなとこで時間をつぶしてられません! 復習の時間がなくなってしまいます! というわけで、失礼しますね先輩! またどこかで会いましょう」
言い残して、タタタと駆けて行ってしまう。向かった先は化学室だろうけど。一人でたどり着けるようになったのだろうか? ならば、ほんとうに大きな成長である。
「うーん、俺の存在には全くツッコミがなかったね」
「そうだな。心の中でちょっとざまあみろと思ってしまった自分がいるぞ」
「それはそれは、酷い話だ」
「なっちゃんは、葉月先輩のことすごく気に入っているんですよ」
走って行って見えなくなった廊下を見つめて、遠藤さんが呟く。
「私と初めて会った時も、話すようになってからも、よく先輩の話をしてましたから」
「そっか……」
初めて会ったのは、始業式の日だったな。あの日に声をかけていて良かったと、今ならば思える。バカだし、脳天気だし、空気読めないけど、あいつと知りあえてほんとうに良かった。
「あいつ最初一人だったんだ、それからも一人でいること多くてさ。だから、この前友達と来たって言われた時なんか嬉しくてさ。なんていうか、妹みたいなもんなんだよ、感覚が」
「なっちゃんも、お兄ちゃんだって言ってました」
「いや、お兄ちゃんではないけどな……まあ、仲良くしてやってくれよ、これからも」
「……はい、もちろんです」
もう一度頭を下げて、遠藤さんもななみの後を追って行ってしまった。
その後暫し、誰もいなくなったその廊下を、俺は眺めていた。
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