初恋のお相手


「まさか、花咲さんが転校してくるなんて、どういう運命のイタズラなのかな?」


「……はぁ、最悪だ」


 花咲菜乃花は今なお、クラスメイトに囲まれて質問攻めである。花咲は可愛い、それは俺も認める。故に男子に人気があるのも頷ける。だいぶ大人っぽくなってるし。しかし、女子にも人気がある。運動が出来る奴だし、何よりも普通に良い奴なのだ。


 この俺に、初めて勘違いをさせた相手なんだからな。


「ま、あっちはあんまり気にしてないんじゃない? さっきの態度を見たところさ」


「そうであるならば、俺とは関わってこないだろ。ああいうタイプの女はイケメンとかが多いスクールカースト上位組に仲間入りするんだよ」


「スクールカーストとか言い出したらいよいよ終わりだよ。何かのアニメの影響?」


「何でもいいだろ。さ、帰ろうぜ」


 今日は始業式だけなので、学校は午前中で終わる。帰宅部にとってはさっさと家に帰れる最高の日だ。


「ふふ、まあいいけどさ。挨拶とかいいのか?」


「いいよ別に、これから嫌でも毎日顔を合わせるんだから」


 荷物の整理をして、カバンを持つ。まあ、初日だから整理するほど荷物もないんだけど。


 教室を出て廊下を歩く。宿題とかもないし、今日は一日フリーなんだよなー、なんて素晴らしい日なんだろうか。


 昇降口で靴を履き替えていると、バタバタと走る足音がこちらに近づいているような気がした。そう、あくまで気がしただけ。


「ちょっと、久しぶりの再会なのに、挨拶もなしに帰るのは冷たいんじゃない? まだロクに知り合いもいないんだし、声くらいかけてよね」


 気がしただけで、あってほしかった。


「……周りに友達いっぱいいたじゃないか。心配しなくてもみんな優しくしてくれるよ」


 急いできたのか、肩で息をする花咲が息を整えながらこちらを見る。


「それはそうだけど、やっぱ知った顔の方が気遣わなくて済むしさ。帰り道も一緒なんだし帰ろうよ」


「……えー」


 本当に、俺の告白など忘れてしまったような接し方である。無かったことにしているのか、それとも忘れているのかは分からないけど。少なくとも、ゲームみたいに上手い具合にフラグ立つとかはねえなあ。


「あれ、花咲さんも一緒に帰るの?」


「うん、いいでしょ?」


「俺は全然構わないけど」


 そう言いながら、千尋は俺の方を一瞥する。一応気を遣っているのかもしれないが、お前が了承してしまうと俺が断りづらくなるんだよ。


「もういいよ、帰ろう」


 なので、諦めて帰ることにする。あっちが無かったことにしているんだ、こっちも気にしていたら負けだろう。


「あ、ちょっと待って電話だ」


 立ち止まった千尋は携帯をポケットから出して通話を始める。


 特に話すこともないので、ちょっと気まずい。そんなことを考えていると、通話を終えた千尋が戻ってきた。


「ゴメン、今日一緒に帰れないや」


 え?


「何か用事出来たの?」


「うん、部活がさ」


「千尋くん部活してるんだ?」


「うん、バスケ部。今日は新入生に向けた部活紹介があるから部活はないって言ってたんだけど、それに出る先輩が風邪で休んでるみたいで、代わりに出てくれって連絡が来てさ。ということだから、悪いな天助」


「んー、まあ部活なら仕方ないよ。頑張ってこいよー」


 俺が手を上げると、それに応じるように手を振って行ってしまう。部室の方にでも

向かったのだろうか? まあいいや、帰ろう。


「二人になっちゃったね?」


「……まだ、一緒に帰るつもりなのか?」


「当たり前だよ。別に千尋くん目当てで近づいてる女の子じゃないんだし。しかし、千尋くんはあれだね、モテモテだね」


「どういう意味だ?」


「まんまだよ。いろいろ質問攻めを受けてる時にも、ちらほら千尋くんとはどういう関係なのかって聞かれたもん」


 くすくすと笑いながら、花咲は歩き始めた。もう逃げることも出来ないので、俺も諦めて横に並ぶ。


「そりゃあれだけイケメンで、優しくて気遣いできて、それに加えてバスケ部のレギュラーときたら、人気も出るだろ」


「千尋くんレギュラーなんだ、すごいねー」


「ま、だから狙うなら今だぞ。小学生からの知り合いってのは、案外有利に働くもんだ、ゲームでは」


「別に千尋くんと付き合うつもりとかないよ。でもまあ、その法則は一応覚えておこうかな、もしものために」


「そうしとけ。まあ、役に立つかは分からんけどな」


「しかし、千尋くんもそうだけど、天助も変わらないねー」


「そうか?」


 そういうことは言われたことがないので分からない。言われたことないのは俺の変化を知っているやつと会わなかったからだけど。


「うん、何となく変わらない。雰囲気とか、メガネなとことか」


「メガネは仕方ないだろ。視力が悪いんだから」


 ナシでも何とか生活は出来るが、不便でしかない。家では外していることもあるが、学校は授業もあるしだいたいつけてきている。


「ほらあれじゃん、高校生にもなるとコンタクトデビューする人が増えるじゃん? メガネがダサいとか何とかで」


「お前それ遠回しにメガネの俺をディスってんのか? だとしたら謝れ、俺にというよりは全国のメガネの人に謝れ」


「いや、世間一般的な意見であって、あたしは別に思ってないよ。うん、天助も似合ってるよメガネ」


「嬉しくねえっての」


 と、言いつつちょっと喜んじゃうんだよなー、もうホントやめて……。


「コンタクトにしないの?」


「目の中になんか入れるとか人間のすることじゃねえよ」


「あんたは全国のコンタクトの人に謝れば?」


 呆れたようにツッコむ花咲は、何というか変わったけれど変わらない。


「お前はあれだな、結構変わったな」


「そう? 自分では気づかないけど、そんなに変わった?」


「ああ、主に見た目が」


 気さくで人懐っこいところは昔と変わらない。久々に会ったというのに、そう感じさせない雰囲気を作っているのだろうか? 逆に、見た目は変わった。一瞬見ただけでは同一人物だと気づかなかったくらいだ。


「まあ、女の子は大変なんだよ。オシャレとかしなきゃいけないしさ。周りがそういうことし出すと、こっちもやらないと浮くじゃん?」


「周りの事を気にするからダメなんだ」


「女子ってのは浮いちゃうとダメなんだよ。どれだけ上手く相手に合わせるかが大事なの。そういうところで言うと、男の子って羨ましいな。ま、あたしはそこまで合わせてるつもりはないけどさ。可愛いなって思ったら真似てるだけ」


 本当にそう思っているのかは分からないが、俺の方を見るその瞳は嘘を付いているようには見えなかった。女子は女子でいろいろ大変なんだな。


「でもあれでしょ? ちょっとは可愛くなったでしょ? 努力の甲斐あってさ」


 くるっと回って、ウインクを決めた花咲は挑発的な笑みを俺に見えた。


「……まあ、普通じゃね?」


 可愛くなっていたし、その仕草も可愛いしで、何となく恥ずかしかったので俺は素っ気なく答える。


「ふふふ、照れなくてもいいのにぃ」


 そのからかうような目をやめろ。マジで照れる。


 校門を出たところで、俺は一度足を止める。それを見て、、花咲も数歩先で止まってこっちを振り返る。


「どしたの?」


「お前はどうやって来たんだ?」


「徒歩だけど?」


「帰りは?」


「もちろん徒歩だよ。それがどうかした?」


「いやなんでも……徒歩だと遠くないか?」


 自転車だとそうでもないけど、歩いて通うとなるとちょっと距離がある。だから今朝は電車で近くまで来たのだけれど、こいつはそう感じなかったのか?


「そうでもないよ。朝からいい運動だし。そういう天助は電車なの?」


「いつもは自転車だが、パンクしててな。今朝は電車で来た」


「そ。じゃあ帰りは一緒に徒歩だね」


 にっこり笑ってそんなことを言われると、断れないじゃないか。


 溜め息を付いて、俺は再び歩き始める。それを確認して、花咲は俺の隣についた。


「歩いてくれるんだ」


「まあ、たまには運動もしないとな」


「……そだね、しないとね」


 その時。


 ぐぎゅるるるるるるるる。


 盛大にお腹が鳴った。俺のものではない。ということはつまり、そういうことだ。


 俺は隣に視線を移す。


「えへへ、お腹空いたねぇ」


 照れながらそんなことを言う花咲は、やはり昔と変わらず可愛かった。

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