突然の告白


 誰が言ったのかは、分からなかった。でも、その質問が出た瞬間、少しざわついていた教室の中が静まり返った。かく言う俺達も、その質問に耳を傾ける。


「う、ううん。どこから飛んできたか分かんないけど、その質問は通しちゃっていいのかなー? どうか分かんないけど、どうかな彩夜ちゃん……さすがにこの質問はねぇ、いろいろとデリケートだし。黙秘もありだけど」


 恐る恐る言葉を選んで月島に尋ねる。しかしあの女生徒も、ああは言いながらも答えてほしいと思っているだろう。聞く側からして、ここまで面白い話はないだろうから。俺があいつの立場なら確実に迫っている。


 そして、月島は考えるように俯いて黙りこむ。しかしその間、月島が声を出すまで誰も発言はしなかった。


 もしかしたら、月島の中で何かの葛藤があったのかもしれない。それを乗り越えるための、一歩踏み出すための勇気が出ないのかもしれない。


 そんな様子の月島が微かに顔を上げる。本当に上げたか上げていないか分からないくらいの角度だ。気のせいかもしれないが、その時一瞬目が合ったように思えた。


 すると、遂に何かを決意した月島が完全に顔を上げる。


 教室の中に緊張が走る。誰一人として発言せず、体を強張らせる。息苦しささえ覚えるこの空間の沈黙を破ったのは、月島彩夜だ。


「えっとですね、実はいるんです、好きな人。最近そうなんだなって気づいたところもあるんですけど、今は自信を持ってその人のことが好きだと言えます」


 その時、おおおおおおおおおおおおおお! とはならなかった。皆が驚き、目を見開き、固唾を呑む。続く月島の言葉をただ待つ。なんでここでは沸かないんだよ、ちょっと空気読んでんじゃねえよ。


「こういう機会だし、あの、ですね……言おうと思うんです、その人の名前を。勇気が出なかったんですけど、頑張って伝えたいと思います」


「え、えと、つまりそれは告白ということ、ですか?」


「……そうですね、そうなります」


「んん、てことは、そのお相手はこの中にいると?」


「はい。ここに立ってから見渡していましたけど、来てくれてるみたいなんで」


 観客は歓声を上げない。ただ、ざわざわと不安めいた、それでいてどこか期待が混じったざわつきを見せた。


「こ、これはまさかの展開です。正直、私もこんなことになるなんて予想もしていなかった。しかし何でしょうか、この胸の高鳴りは」


 あの女生徒、司会者ヅラしてるのが腹立つな。


 しかし、月島彩夜に好きな人がいて、それがこの中にいると。それはこの中にいる男みんな……いや、巧以外にチャンスがあるということ。もちろん、俺だって千尋だってそうなのだ。さすがに、ドキドキしないなんてことはない。


 勘違いしそうな場面は何度もあった。


 でも、そんなことは有り得ないと自分に言い聞かせてきた。そうすることで気持ちをセーブしていたし、現にここまで勘違い暴走も起こしていない。


 しかし、あんなことを言われれば期待しないわけがない。


「……花咲さん?」


「…………」


「菜乃花、どうかしたのか?」


「いや、なんかぼーっとしてるっていうか。心ここにあらずみたいな感じだから」


 千尋がそう言うと、菜乃花ははっと我に返る。


「どうしたの?」


「え? ううん、いや……なんでも、ないよ」


 菜乃花は昔から元気で明るい子だった。


 それこそ、クラスの奴らを引っ張って外に連れ出していたような、中心にいるような存在だ。彼女は、太陽に似ていた。暗くても、周りを明るく照らして、笑顔にする。


 泣いたりもしなかった。こけても、大丈夫だと笑っていた。お弁当をひっくり返して昼飯がなくなっても、えへへと笑ってみんなに分けてもらっていた。運動会でコケた時も、最後まで必死な顔して走り切った。


 俺はこいつの、そういうところが好きだった。


 だから、こんな不安そうな顔はあまり見たことがなかったのだ。


「ちなみに、その彼のどこが?」


 好きなのか? とは言わなかったが、言いたいことは伝わる。んー、と考える素振りを見せた月島は、一つ一つ言葉を選ぶように綴っていく。


「わたしが困っている時に、助けてくれるんです。落ち込んでいる時、励ましてくれるんです。辛い時、背中を押してくれたんです。それで、わたしが笑っている時、一緒に笑ってくれるんです」


「ほうほう。みんな心当たりあったかー? それじゃあお待ちかね、いろいろ言いたいこともあるだろうけど、とりあえずその羨ま死ねな男子生徒の名前を教えてください」


 なんだよ羨ま死ねって。ここはふざけるとこではないぞ? そして、教室内はかつてない緊張に包まれる。


 月島は、深呼吸しながら俯く。俺はもう何度も経験したが、告白というのは勇気がいる。簡単にしている奴もいるが、本来はそんな簡単なことではないのだ。


 そして、意を決したように前を向いた月島が笑顔を浮かべて、その名前を口にする。



「それは、葉月天助君です」

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