第二章 β

そこにいるのは


 創立者祭まで、残り一週間を切った。


 文化祭と創立者祭で大きく違うのが、準備期間だ。文化祭は午後の授業が準備に当てられるが、創立者祭は放課後にしか準備出来ないのだ。参加したがらない生徒がいるのも、それが原因と思われる。ソースは去年の俺。


 実行委員を押し付けられた俺は、今日も居残りである。残業させられるってこんな感じなのかな? だとしたら、残業とか絶対にしたくないなー。就職したくない……。


 解放されたのは、五時を回った頃だった。部活動を除いて、基本的に下校時間が五時なのだ。


「疲れた……くそう、赤坂の奴、散々こき使いやがって。こんな日はあれだ、寄り道だ!」


 甘いモノが食べたい。


 そう思った俺は自転車に跨がり、ペダルを回した。コンビニで適当に食べるのもいい。この前ななみに教えてもらったのも美味しかったし、このご時世コンビニスイーツはやはり侮れない。


 しかし、俺はあえて青葉池公園の方に向かった。今日何があるのかは分からないし、そもそもやってないかもしれないけど、何というか自然の中で甘いものを食べると癒される気がする。


「ん、あれって……」


 公園の中を自転車で走っていると、ベンチに座ってぼーっとしている見知った顔を見つけた。ブレーキをかけて、俺は来た道を戻る。


「こんなとこで何してんの?」


 ベンチの前まで行って、俺は声をかける。


 これで知らない人だったら完全にナンパである。


「あ、葉月くん?」


 月島彩夜が、一人でベンチに座っていた。


 ころころと髪型を変える月島なので、一瞬違うかとも思ったけど、やはり本人だった。


 サイドテールで髪を垂らすのが基本のスタイルだが、今日は一本に纏めて肩から垂らしている。何というか、お姉さん感が増している気がする。


「どうしたんだ、一人で?」


「あー、うん、ちょっとね。ぼーっとしてたの」


「珍しいな。でも、もう暗くなるしそろそろ帰ったほうがいいんじゃないか? 変質者だって、女の子が一人でいたら放っておかないぞ?」


「あはは、葉月くんは面白いこと言うね」


「いや、冗談じゃないんだけどな」


「あのね、ちょっと家に帰りたくないから時間潰してたんだ。それより、そういう葉月くんこそどうしたの?」


「準備で疲れたからなんか甘いもんでも食おうかと。平たく言うと寄り道だよ」


 そっか、と月島は小さく頷いた。


 家に帰りたくない、そういう時は俺にだってある。勉強したくない時、家族とケンカした時、なにか後ろめたいことがあるとき。理由をあげればキリはないけど、月島にだってそれなりに悩みはあるのだろう。

「それなら、どっか室内に入ったほうがいいんじゃないのか? 寒くなるかもだし」


「えへへ、わたしあんまりお金なくて」


 そういえば、そんなこと言ってたな。俺もそんなに余裕あるわけじゃないけど、月島はあんまり自由な生活してるように思えない。この前も、空腹と戦ってたしなー。


「……どっか行くか? 高くなければ奢ってやるけど」


 このまま帰るのも、なんか違うよな。


「え、いや悪いよそんなの」


 しかし、月島は予想通りに断ってくる。ぶんぶん手を振って断ってくるもんだから、真剣さが伝わってくる。


 お金があまりないってことは、お金の大切さを知っているということだ。どれだけ貴重かも、それをどれだけ苦労して手に入れるのかも理解している。


 だから、あまり奢られるとかも好きじゃないんだろうな。


「俺も気分転換したくてさ、今日とかストレスも溜まったし。だから付き合ってよ」


 これも、ゲームで得た知識。こういうタイプの女の子には、こういうことを言えば上手くいく。ゲームでは。


「うん、そっか。ありがとね、葉月くん」


 嬉しそうに笑う月島は、ミスコン優勝も納得の可愛さを持っていた。


「でも、どこに行くの? なにか食べに行くんだっけ?」


「いや、二人で気分転換するんなら、カラオケとか?」

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