カラオケ
自転車で少し行ったところにあるカラオケに入った俺達は、店員に案内された部屋に入室する。
「……」
店に入ってからずっと物珍しそうにきょろきょろと周りを見渡す月島を、俺は横目で眺めていた。まるで、田舎から都会に出てきたての人みたいだ。
「そんな珍しいこともないんじゃないか? ここ結構放課後に来る生徒もいるみたいだし。月島は初めてか?」
「あ、いや……ここがっていうか、わたしカラオケ来るのが初めてなの」
機械やマイクを珍しそうに見る月島は、確かに初めて来たような反応ではあるけれど、そういう人もいるんだな。
まあ、あまりお金もないって言ってたし、そういうこともあるか。
「なんか悪いな、初カラオケが俺で」
「それは全然だよ。なんなら葉月くんでよかったって思ってるよ?」
「ほんとうにそう思ってるか?」
「思ってるよ」
言いながら機械をいじり始めたので、俺は使い方を説明する。
初めてスマホを扱う老人のようだが、さすがは若者、使い方はすぐにマスターした。
「せっかくだから、何か歌ってよ」
「ええ、わたしから!? ここは葉月くんからの流れじゃないの?」
「いいじゃんか、俺月島の歌好きなんだよ。聴きたいんだ」
月島の歌が好きなのは本当だ。あの時一回しか聴いていないけれど、それでも疲れとかが癒される、優しい歌声だったのだ。あの時はあまりしっかり聞くことが出来なかったから、一度ゆっくり聴いてみたいと思っていた。
「そんなこと言われたら、断れないじゃない……もう」
そう言って、歌を決める。
送信すると、流れ始めた。テレビでよく流れるバラード曲だ。あまり最近の歌を知らない俺でも知っているくらいの知名度である。
以前聴いた時も思ったし、今聴いても改めて思う。やっぱり、綺麗な歌声だ。
それから数時間、俺達はカラオケを楽しんだ。二人共疲れが見えてきて、お腹も空いてきたので、そろそろ出ようかと考えていた時だった。
「カラオケって初めて来たけど、楽しいね。周りに気を遣わずに歌えるのって、ほんとうに気持ちいい」
「人前で歌うのが苦手って言ってた割には、俺の前で普通に歌ってたけどな」
「そりゃあ、覚悟決めたんだよ。誰かに聴いてもらうのも、悪いものじゃないけどね」
そう言った月島の顔は、本当に楽しそうだった。きっと心の底からそう思っているのだろう。俺達にとっては、カラオケなんてただの娯楽だしいつでも来れるものだけど、月島にとっては別で、いろいろ思うところもあったんだろう。
「ほんと歌うの好きなんだな。俺も嫌いじゃないけど、月島には敵わないかもな」
「そんなことないよ。歌って、上手い下手じゃないでしょ? 大事なのって、気持ちだと思うんだ。わたしの家って貧乏だったから、みんなみたいにオモチャとかゲームってなかったんだ。遊びに行くことも多くなかったし」
そうやって話し始めた月島は、俺の方ではなくどこか遠くを見ていた。まるで、昔の光景を思い出しているようだった。
「小学校の時ってさ、歌の発表会みたいなのなかった?」
「んー、発表会かは分かんないけど、似たようなものはあったな。あんまり好きじゃなかったけどさ。小学生の時って、なんか人前で歌うことに躊躇いあったし」
「そうだよね、わたしも恥ずかしかったしあんまり好きじゃなかったんだけど。でもね、その時お母さんがすごく褒めてくれたの。嬉しかったんだ。あんまり勉強とか運動って得意じゃなかったから、褒められることとかも少なかったし。それからかな、よく歌うようになったのは」
それはほんの些細なきっかけだった。
友だちに誘われたとか、漫画に影響されたとか、見ていて面白そうだったとか、そんな有り触れたきっかけだ。それでも、その時から月島は歌を愛し続けた。そして、今に至るのだ。
お金がなくて、遊ぶこともなくて、そんな月島彩夜が初めて好きになったこと。それこそが、歌なんだ。
「いろいろね、大変だったんだけど、わたしが歌うと家族は笑顔になったんだ。みんなが幸せそうに、笑ってくれる。だから、みんなを笑顔にできる歌がわたしは好き。いつか、わたしの歌で、みんなを笑顔にしたいって思ってるの」
月島の家庭で、何があったのかは俺には分からなし、想像しようがない。考えるよりもずっと複雑な問題があるのかもしれない。今尚それが続いているのかもしれない。でも、今こうして月島は笑っている。
きっと大丈夫だ。そう思える安心感がそこにはあった。
「いい夢だと思うぞ? その為には、まず人前で歌うことに慣れないとな。苦手だなんて言ってられないぜ?」
「あはは、ごもっともだね」
誤魔化すように笑ったが、どうやら自覚はしているらしい。それが問題であることは分かっているのだろうけれど、でも分かっているからといってすぐに克服できれば苦労はないか。
でも、俺の前では普通に歌えたんだ。何かきっかけがあれば、変われると思うんだけど。
「そろそろ出るか、腹も減ったし」
「……うん、そうだね」
俺には何も言う権利はない。月島の問題なのだ、自分で解決しなければ意味は無い。
月島の歌う理由を知った俺は、改めて彼女の歌を好きだと思った。
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