主人公
夜の一〇時を回った頃、携帯が震える。振動が続くので、きっと電話だろう。
「誰からだ?」
あいも変わらずゲームをしていた俺は、立ち上がって布団の上に無造作に置かれた携帯を手に取る。
「もしもし?」
『あ、天助か? 今電話大丈夫だったか?』
「ああ。ゲームの邪魔にはなったけどな」
『そんな怒んなよ』
電話の相手は千尋だった。あいつが電話をかけてくるのなんて珍しい。もう長い付き合いだけれど、こういうことは本当に数回程度しか記憶にはない。
つまり、雑談のために連絡をしてくるような奴ではないのだ。
「で、用は?」
『明日何時からだったかなって思って』
「そんなくだらない用事のために電話してきたのか?」
『くだらないはないだろう? 結構大事なことだと思うけど』
そんなもんなのか? まあ、誰かと会話したいという気持ちもまあ分からないでもない。素晴らしいゲームをプレイしてその感想を誰かと共有したい。せめて誰かに一方的に話したいという感情は俺にもあるからな。たまに。
それから、少しの間他愛のない会話をした。電話でするようなことではない、いつもしているような話だ。
『そういえばさ』
来た。
雑談をするために、わざわざ電話をしてきたなんてやはり信じられない。ほんとうは、何か言いたいこと、あるいは聞きたいことがあったのだ。それを誤魔化すように、明日の時間を確認したり雑談に持ち込んだりした。そして、タイミングを見計らって、仕掛けてきたのだ。
『天助はさ、最近どう? 学校、楽しい?』
それは、帰りに赤坂と話したような内容だった。まるで聞いていたかのようなタイミングだったが、あそこに千尋はいなかった。
「なんだ突然?」
『いやさ、最近の天助を見てると、なんか前までとは違うように見えるんだ。明日は創立者祭じゃないか? 去年は行かなかったけど、今年はちゃんと行くのかなって思ってさ』
「そりゃ、実行委員なんだし、サボるわけにもいかないだろ。そんなことしたら赤坂に殴られるぞ」
『それは、理由じゃない。去年の天助なら、それでも絶対にサボってたと思うけど?』
「……まあな。今年は、いろんな奴と約束があるからな」
去年と違うところを言えば、きっとそれは、人との繋がりだ。
俺は今年、周りと深く関わり過ぎた。
『いいことじゃないか。みんな女の子なのは、進歩なのかな?』
「……なんだその言い方?」
『言葉通りだよ。いいことじゃないか、やっとスタートラインに立ってんだぞ?』
俺は千尋の言っている意味がよく分からず、何も返事をしなかった。
『今年の春、二年に上がる前に俺が言ったこと覚えてるか?』
「ん? ああ、まあおぼろげに」
『まあ、いいんだけどな。ようやく、じっくり見てもらえるんだよ。そんで、お前も相手を見れる。いや、もう見てきたか』
「なにを言ってんだ?」
一人で盛り上がって、俺を置いてけぼりにしてんじゃないよ。しかもそれ、俺メインの話だろ?
『好きな人、できたんじゃないか? 少なくとも、今までの好きが本物では無かったことくらいは理解したかな?』
本当の、好き?
なんだそれイミワカンナイ。そう言ってやりたかった。でも、千尋の言うとおりなんだ。今までの俺は、相手を本当の意味で好きにはなっていなかった。
赤坂の言うとおり、焦りとか不安から告白していたのかもしれない。好きじゃなかったわけじゃない、でも外見とか最初の会話だけで決めれることでもないんだな。
相手と知り合って、分かり合って、そうやって初めて、始めることが出来るんだな。そこからやっと、人を好きになれるんだ。
『誰か、はまだ分かんないのか?』
「なんでそこまでお前に話さにゃならんのだ?」
今日はなんかぐいぐいくるな。恋バナで盛り上がるとか女子かよ。
『なんてったって、お前が言うところの、俺は主人公の親友ポジだからな』
「はあ?」
『天助は違うというかもしれないけど、俺にとってはお前が主人公だよ。必要なんだろ? ギャルゲーには、親友ポジってのはさ』
今絶対あいつドヤ顔だぜ。目に浮かぶもん。
しかし、俺の物語、ね。
『迷ってるんなら、道標を差し出すのも俺の役目だろ? 毎日の生活を見ていて思う。頭の中には何人かいるんだろうなって』
「なにを……」
言い当てられて、俺は返す言葉を失った。
言い淀んでいると、千尋は笑いながら、それでいて真面目なトーンで言葉を続ける。
『んー、四……いや、三人か? 幼なじみで初恋の相手、花咲さん。学園のアイドル、月島さん。そんで、お兄ちゃんと呼ぶほどに親しげな後輩ちゃん』
「お、おま、なんでそれをッ!?」
『まあまあ。思いつくところ、そんなとこか』
菜乃花だな。あいつマジでクラス中に言いふらしたのか? それならばさすがの天助さんも黙ってないですよ? 妹萌えキャラとかまでついたらホントに俺の学生生活終わりだもん。まだ終わりたくない。
『よく考えて答えを出しなよ。こんなこと言ってもお前はバカにするだろうけど、運命の相手ってのはどう遠回りしても、導かれてくるもんだよ。でも、一番大事なのは天助の気持ちさ。しっかり考えて、ちゃんと答えだしなよ。後悔しないようにさ』
運命の相手。
それは、あの神様も言っていたことだ。今、俺の前にいるんだよな、その相手ってのが。でもそれが誰なのかは分からないし、気にもしなくていいと言った。千尋と、言っていることは同じなんだよな。なんだよ千尋まじすげえじゃねえか。
大事なのは俺の気持ち、か。
後悔しないように、自分が一番好きな人選べってことね。
俺がほんとうに好きな人、それは一体誰なんだろう。誰にでもなく、自分に問いかける。
「……よけいなお世話だばかやろう」
『言うと思ったよ。俺が言いたかったのは、それだけなんだ。じゃな』
「千尋……」
問いかけに、答えは出てこない。そう簡単に出てくればこんなに悩みはしないか。
でも、答えは出さないと。エンディングってのは、いつだって突然訪れる。
「ありがとな」
『ああ』
こうして、創立者祭前夜は更けていく。
それぞれが、心に何かを秘めながら、何かを決意しながら、何かに悩みながら、それでも時間の経過というのは、誰にでも平等に訪れる。
それに置いていかれないように、俺達は前に進むんだ。
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