赤坂飛鳥の告白
「いよいよ明日、か」
教室の中は、静寂が支配していた。
そんな中だからこそ、ぽつりと独り言のように呟かれた赤坂の言葉が、意識せずとも耳の中に入ってくる。反応すべきかは分からないので、とりあえず黙っておく。たまにあるじゃないか、ほんとに独り言の場合とか。
他の誰かが反応するのを待っているというのは愚策だ。何故なら、既に今教室にいるのが俺と赤坂だけだからだ。
八時である。他のみんなは少し前に団体で帰っていった。あとは実行委員の我々が仕上げるわとかいう赤坂の出しゃばりのせいである。素直に帰るみんなもみんなだけどね。
作業が終わり、準備万端という状態で改めて教室内を見渡した赤坂が、腰に手をやって満足気にそう言ったのだ。教室の中は、明日のたこ焼き屋のために机などが移動されて、飾りもついている。手作り感満載で、チープなものだけれど、学校行事らしい味はきっと出ている。今出来る最高の状態であることは間違いない。
「なんか、反応すれば?」
なんて考えながらぼーっとしていると、赤坂が呆れた調子で俺を睨んできた。
「反応してほしいなら、もう少し反応しやすいセリフにしてくれ。独り言なのか話しかけてるのか分からんかった」
「……そういう風に言うのは、ずるいんじゃないかしらね」
「別にずるいとかの話じゃないと思うけどさ」
俺がそう言うと、会話が途切れた。もともと会話らしい会話ではなかったけれど。
二人して、黙って装飾された教室を暫し眺める。
いつもは机を並べて授業を受けているこの場所が、まるで別の場所のように思える。きっと同じ空間ではあるけれど、同じ場所ではないのだ。
何だかんだ文句を言いながらも、この期間俺は働いた。誰に文句を言われようと俺は働いたと胸を張って豪語する。
だから、やっぱり成功してほしいとは思う。それは隣で眺めている赤坂も同じだろう。
「さて、と。そろそろ帰りましょうか。いつまでも残ってると先生に怒られるわ」
「そうだな、この社畜生活もこれで終わりかと思うとちっとも悲しくもならずにただただ精々するな」
「ほんと、あんたって人は雰囲気とかがあるでしょうに……ほら、荷物まとめなさい。出るわよ」
テキパキと荷物をまとめた赤坂は最後に床に落ちているゴミを拾ってゴミ箱に入れる。その間に俺もカバンを手に取る。まとめるほどカバンの中に荷物は入っていない。
鍵を締めて職員室に向かう。先生に終わったと報告をして、俺達は廊下に出る。そのまま二人並んで昇降口まで向かう。
最初は特に会話もなく、静かな廊下を静かに歩いていたけど、沈黙は不意に破られる。それも、赤坂飛鳥によって。
「そういえば、聞きたいことがあったのよ」
「……突然なんだよ?」
思い出したように言った赤坂。ほんとうにそうなのか、それともタイミングを伺っていたのか、その真意は俺には分からない。
「最近、やけに女の子と仲良いじゃない?」
「ほんとうに突然なんなんだよ?」
「以前話したじゃない、私は楽しい学校生活を送りたいんだって」
「ああ、言ってたな。あまりにも意外すぎて、たぶんこれから先忘れることはないと思うけど。それが何か関係あるのか?」
「なかったら言わないわよバカじゃないの? 有意義な学校生活が何なのかなんて人それぞれだし、それこそ価値観によって違うじゃない? 勉強するのが楽しい人だっていれば、友達とバカしている時間が幸せな人だっている。学校行事が楽しみな人もいれば、他にも何か私には思いつかないようなことを楽しみにしている人達もいるわけよ。でもね、それでもイメージの話……完全に私個人のイメージの話になるんだけど、青春といえば恋愛って感じはするのよね」
雑音のない廊下には、俺達の歩く音と赤坂の声だけが響く。
青春といえば、恋愛。その考えは浅はかで、幼稚だ。しかし、理解は出来る。俺だって同じようなことを考えるからだ。
楽しい下校、賑わう昼休み、騒ぐ学校行事。
有意義な生活と言われれば人それぞれだが、青春を問われれば一人では成り立たない。友達だったり、少なくとも周りに誰かは必要だ。
それが彼女であれば、それは間違いなく青春と言えるだろう。バラ色の高校生活、そんなことが言われるほどだ、イメージとしては申し分ないし、高校に入学する誰もが、きっと心の何処かではそれを望んでいる。夢見ている。
俺だって、そんな人間の一人だったのだ。
「恋人が出来なくても、好きな人がいるというだけで生活は変わるわ。いろんなことが楽しくなる。手っ取り早い方法といえば安く聞こえるけれど、恋愛ってのは青春を謳歌する上で大切なことだと思う」
遠くを見つめて、何か懐かしむように赤坂は言った。その先には何もない、ただ暗い廊下が続くだけだ。赤坂が歩んできた道ではないだろう。それは、俺がこれから歩む道だ。暗くて、先の見えない、不安だらけの道。
「なんか、経験おありな言い方ですけど?」
「そう思う? まあ、私だって一応年頃の女の子なわけだし、そりゃ恋愛の一つくらいしてるわよ」
「あんまりそういうイメージなくて……」
「ちょっと気に喰わないけどまあいいわ。今はそんな話ではないし」
そうだ。
そもそも、俺が最近やけに女の子と仲がいいという話だった。今までの話を聞いてもやっぱり何でその話になるのかは、検討もつかないけど。
しかも。
「別にそんなに仲良くした覚えもないんだよなー。確かに以前に比べればそう見えるかもだけど、普通に男女が仲良くする程度じゃないのか?」
「あんたにしては、って話をしてるのよ今は。一年の時はそんなに親しい女の子っていなかったじゃない?」
「まあ、な」
一年の時は、あまり思い出したくはない。いろいろと残念な記憶が多いからだ。
女の子は俺に話しかけてくれる。悪意はなく、かと言って善意があったのかは分からないけれど。恐らく何も考えず、ただ無心で、挨拶を交わすような気軽さで、それだけだったと思う。
でも俺は、それを深読みして、履き違えて、勘違いした。
結果が、今のこれである。話しかけてくれた女子は、それからは声もかけてくれなくなった。気にせず普通に接してくれた人もいたが、俺にとってはそれもまた辛いことでしかなかった。
だからか、一年の三学期には俺と会話する女子はいなかった。
それでも告白するところ、あの頃の俺はマジで鉄のハートの持ち主だったと思う。冷静になって、いろいろと反省した今思い返すとちょっと引くレベル。
確かに、もしその光景を見ていたとしたら、今の光景はさぞ珍しく見えるだろう。
赤坂は、俺を見ていたのか?
「だからさー、その中に好きな人でもいるのかなって思って。葉月は何ていうか、私に似ているところがあったから、気にはしていたの」
なにそれ、告白?
俺と赤坂が似ているなんて、そんなことは今までに一度だって思ったことはない。
「似てるか? メガネってとこくらいだろ」
「浅いのよ考えが。違う、そういう外見的なことじゃなく中身の話」
中身、と言われて尚更似てはいないだろうと思った。それを口にはせずに、赤坂の言葉の続きを俺は黙って待った。
「何ていうか、自分が何をすればいいのか分からない……みたいな。どうすれば、満足のいく学校生活になるのか必死に探しているような。その結果が、あなたの場合あれだったのよ。いい結果、とはお世辞でも言えはしないけれど」
あれ、というのが何なのかは最早聞くまでもない。
告白し、撃沈し、浮いていった結果のことだろう。
「私も同じだった。何をすればいいのか分からずに、とりあえず思いついたのが、委員長になること。そうすれば、学校行事に否応なしに関われるし、そうすれば何か変わるかもしれないって思ったの。行動も結果も、全く違うけれど、私達は確かにあの時同じ目をしていた。だから、気になって見てたのよ」
「それってやっぱ告白?」
俺は冗談っぽく、それでいて真面目な調子を出して赤坂に問う。
すると、赤坂は大きく溜め息をついて微笑む。優しい笑顔だった。
「そんなわけないでしょ、そういうとこ学習した方がいいわよ? 勘違いされても困るから先に言っておくけど、私とあんたにこれ以上の関係はないわ。ただのクラスメイトで、同じクラス委員の、」
そう言って、赤坂は少し考えるように唸った。
その先の言葉を、どう言っていいのか分からないのだろうか? ただのクラスメイト、そう言ってしまえばそれまでだ。だけど、そうではないのかもしれない。
「そうね、きっと、ただの友達。対等で、同じ夢を持つ、友達。進む道は違うでしょうけど、辿り着きたいゴールは一緒でしょう?」
「まあ、そうだな」
ゴール。
俺にとってのゴールが、赤坂と同じかは分からない。お互いに楽しい学校生活を過ごしたいと思っていることは確かだ。そして、そのために足掻いて、苦しんで、前に進もうと必死でいる。
そうだな。そんな俺達を表す関係は、きっと友達が一番しっくりくる。
でも、その前に俺にはやらなければいけないことがある。
それを言うことは出来ないけれど、例え回り道をしてしまっても、必ず追いついてみせる。俺は今、青春の一ページを刻もうとしているんだ。
そう、青春だ。
戦っているんだ、恋の神様……いや、ラブコメの神様ってやつと。
「なに?」
まじまじと見つめられて、不快に感じたのか、赤坂は睨みつけるように俺に視線を向けた。
「俺がさ、今ラブコメの神様と戦ってるって言ったら、信じてくれるか?」
「信じるわけないでしょ、バカじゃないの?」
ですよね……。
いいんだ、これは俺だけが知っている、俺だけの戦いなんだ。何なら、神様との戦いですらない。
これは、自分との戦いだ。
「ま、でも、何かと戦ってるって言うんなら、頑張りなさい。その先には、きっと明るい未来が待っているわよ」
「赤坂……」
その先に待っているのは、ほんとうに明るい未来か? 失敗すれば、それは絶望の未来だ。それだけは分かっている。そんなことが出来るのかは分からないが、あの神は本気でやる。間違ったら、マジで一生彼女出来なくなる。
他の人にとってはいつか来るであろう、いつ来るか分からないような一生に一度の大勝負、そう言っていいくらいのものが、今俺の目の前にあるのだ。
「なによ?」
「さっきのお前ツンデレっぽかったぜ?」
「あら、私はつんでれというやつだったの?」
今さら属性増やしても、もう俺達の間にフラグが立つことはないんだけどな。
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