第三章

妹タイム


 四月二四日、大幕高校創立記念日、創立者祭当日。


 俺の目覚めは、実に最悪なものだった。


「おっきろーっ!」


「ごフッ……」


 朝からどうしてそんなにテンションが高いのか甚だ疑問に思えてくる状態の天恋が眠っている俺にだダイブしてきて、俺はケホケホ言いながら体を起こす。


「おま、急になんだ……」


「いつまで経っても起きてこないから、可愛い可愛い天恋ちゃんが起こしに来てあげたんだよ。初回特別サービスで料金は割り引いとくよ?」


「勝手に起こしに来て料金発生とか、お前はどこの悪徳商法の回し者だ!?」


「妹が起こしに来るんだよ? お兄ちゃんの大好きなゲームのワンシーンじゃない。それともなに、わたしじゃ不満だって言うの? そんなこと言うお兄ちゃんには、めっだよ!」


「あざといんだよ、着替えて降りるから先に戻ってろ」


「はーい」


 適当な返事をして、とてとてと部屋から出て行く。時間的には、何ならいつもよりも早いくらい。それでも、下が静かなところ、既に親は仕事に出ているのだろう。ほんと、朝から晩までご苦労なことだ。大人になるとあれが日常化するって思うと、歳取るのが憂鬱になるな。


 そもそも、今日創立記念日なんだよなー。本来なら休みで昼まで寝れるというのに、こうして朝早くに起こされるとかやっぱ学校行事ってなんだかな。去年は寝たなー、がっつり昼まで寝たわ。


 制服に着替えてリビングに向かう。洗面所で歯磨きを準備し、もう一度リビングに戻る。シャコシャコと歯を磨きながら、何故か鼻歌交じりでキッチンに立つ天恋の様子を眺める。


「なんでそんなテンション高いの?」


 俺はまだ完全に働き始めていない脳を動かして、そんな言葉を絞りだす。


 寝起きでぼーっとしている俺とは裏腹に、天恋は鼻歌を止めて、それでも元気いっぱいな笑顔を浮かべて俺に向き直る。


「逆に聞くけど、なんでそんなにテンション低いの? 朝なんだよ? 一日の始まりなんだよ? これから楽しいことが待ってるっていうのに、これがテンション上げずにいられるっていうの? 人間やめたら?」


「最後の最後で罵倒してくんじゃねえよ」


 こういう思考回路だと、きっとさぞかし毎日が楽しいのだろう。何かに悩むこともなく、脳天気にいろんなことを純粋に楽しめる。そういう意味では、羨ましくもある。こいつもこれから受験があって、夢の高校生活に足を踏み入れる。その時、理想とのギャップにやられて歪まなければいいけど。


 俺は歯ブラシを置きに洗面所に戻る。歯を磨き顔を洗うと、気持ち目が覚めた。それでも、テンションが一気に上がるようなことはないけど。


「何作ってんの?」


 リビングに戻ると、朝飯とは別にテキパキと料理を進めている。鼻歌交じりなのは気分が乗っているからだろう。ただ問題なのは、その歌が俺のギャルゲーの主題歌なところ。なに気に入ってんだよ、嬉しいけどちょっと複雑じゃねえか。


「サンドイッチだよ、わたしの昼ごはんっ!」


「朝じゃないの?」


「朝は朝でちゃんと用意しているよ。今日お兄ちゃんお昼ごはんいらないっていってたから、じゃあちょっと女子っぽいの作ろうかなって」


 今日はあっちで何か適当に食うだろうから、昼飯は予めいらないと言っている。だから、普段出来ないような内容を作るのは全然構わないんだけど。


「サンドイッチって、女子っぽいのか?」


「わかんないけど、なんかサンドイッチ食べてる女の子って可愛くない?」


「それは偏見だろ」


「ほらよく言うじゃん、デートでお弁当持ってくる女の子は好感度高いって。サンドイッチだよ? お兄ちゃんのゲームでも、デートで持ってきてたじゃんサンドイッチ」


「だから勝手に俺のゲームやってんじゃねえよ」


 着々と俺の所持ギャルゲーをプレイしていってやがる。ハマってんのか? だとしたら嬉しいような、でもやっぱりお兄ちゃんとしてはちょっと複雑ですよ。


「あ、コーヒー入れて。こっちももうできるから」


 よく見ると、トーストを焼いている。お皿に用意された目玉焼きやらベーコンやらを机に運んで、俺は冷蔵庫からコーヒーを出す。


 俺は微糖程度でいつも飲むが、正直天恋のコーヒーは俺では調合できない。


「お前自分でやるか?」


「お兄ちゃんやってていいよ。こっちはもうお弁当箱に詰めるだけだし」


 やっててと言われても、ぶっちゃけ無理だろ。しかし、やれと言われれば、仕方ないから作ってみる。


 天恋は苦いのが好きじゃない。じゃあ牛乳飲めよと言ったことがあるが、それは何故か嫌らしい。絶妙にブレンドされたコーヒー牛乳を好んでいる。しかし、コーヒー牛乳天恋ブレンドの調合は正直あいつにしか出来ない。あれはもう黄金比率のレベル。しかも、思っているのと違うと怒るもんだから母さんもお手上げの域。


 そんなことを考えながら砂糖と牛乳を適当にとぽとぽ入れる。これだけ入れれば、まあ大丈夫だろう。俺なら甘くて飲みたくないレベル。


「準備おっけー。じゃあ食べよっか」


 二人して手を合わせてから用意された食事に手を付ける。


 パクパクと調子よく食べていたけど、ズズズとコーヒーを飲んだ天恋が、目を瞑って舌を出して叫ぶ。


「にがっ!」


「マジか!?」


 結構ドバドバ入れたんだけどなあ。


「もう、お兄ちゃんのへたくそ!」


 そう言いながら、さらに砂糖を放り投げる天恋。それ以上の甘さはもう考えられなかったんだよ。頬を膨らませていた天恋が、ふと思い出したように俺の顔を見上げる。


「そういえば、今日はなんとか祭なんだよね?」


「創立者祭な」


「創立記念日にお祭りあるなんて、珍しい学校だよね。大幕って」


 おいおい、こいつマジか。もうコーヒーっていうか砂糖だぞそれ。いつもそんな量なのか砂糖。もう黄金比率でもなんでもねえよ。一口飲んで何でそんな幸せそうな顔ができるんだ?


「去年そんなのあったっけ? 話題に出てなかったような気がするけど」


「去年は行ってないからな」


 そういえばそういうことを言った記憶はないな。でも、こいつもこいつでうろ覚えながらも去年のこの時期のことが記憶にあるんだな。


「なんで行かなかったの? そんな楽しそうな行事、行かない以外に選択肢ある?」


「あるわ。あの時期は別に学校に楽しみなんてなかったし、家でゲームをしている方が有意義だったんだよ」


「お兄ちゃんのそんな悲しい青春事情聞きたくなかったよ……辛い思いをしたんだね」


 よよよと泣いたふりをして、ハンカチを目に当てる。妹に同情される灰色の高校生活とか悲しすぎるだろ。今まで思ったことないけど、今初めて灰色だったんだって自覚したわ。


「でもさ」


 そう言って、天恋は顔を上げる。嘘泣きはもういいらしく、いつものようにあっけらかんとした顔をしている。


「今年は行くってことは、今は学校が楽しいってことだよね?」


 きっと、こいつはなにも考えずに、ただ思ったことを口にしている。そんなことを気にしたこともないし、考えたこともなかったけれど。


 そうか。


 俺は今、学校に行くのを、楽しいと思っているのか。


「まあ、去年よりはな……」


 妹に心の中を見透かされたような気がして、俺はそっぽを向いて答えるのだった。

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