ななみ襲撃
「宣言通り、一番にやってきました! 先輩、いませんか? せんぱーい? おにい」
「聞こえとるわバカタレ!」
入口を勢い良く開けていやってきた風波ななみを薄っぺらいメニュー表で叩く。こいつ、今なにを言おうとした? 俺が言ったこと全く理解してねえ。
「先輩、今日は先輩が今密かにポニーテールよりも来ている髪型と噂されているハーフアップにしてきたのですけど、どうですか?」
「それは、似合っとる!」
いつもはふわっとした髪を下ろしているななみだけど、今日は言っているように後ろで少し髪をくくって垂らしている。あまりみない髪型だけに、普通に可愛いと思ってしまう。
なんで行事事になると女の子は髪型をアレンジするの?
「友達といっしょにきたんです! まめちゃんです」
そう言って、ちょこっと横にズレると、後ろに女の子が一人立っていた。
背はななみよりも、何なら俺よりも高い。少し茶色がかったショートヘア、すっとした鼻や柔らかそうな唇が、ショートカットを際立たせている。短い髪って美人しか似合わないらしいぜ? 体は大きいのに、もじもじと恥ずかしそうにしているのが印象的だった。
「あ、どうも、遠藤朱子です」
「なんでまめちゃん?」
「えんどう豆だからです!」
「遠藤感なくないか!?」
お客さん第一号は、この二人だった。まだ中に客はいないので、静かな店内に俺は二人を案内する。一応役割としては作る側だけど、知り合いなので案内役に回った。こいつを他のやつに任せると何言われるか分からん。
「あれが例の……」「妹役の?」「お兄ちゃんの?」「後輩ちゃんか」こそこそと話しているつもりだろうけれど、中は結構静かだから丸聞こえなんだよ。話すなら裏で話せ。ていうか話すんじゃねえよ。そもそも、菜乃花の奴まじで言いふらしてるじゃん。泣けてきた。
「注文決まったら呼んでください」
「オススメはなんですか?」
……。
んー。
「はばねろたこ焼きとか?」
「じゃあそれで!」
「ええ、いいのなっちゃん!?」
「遠藤さんは?」
「私は、普通のソースのを」
「はーい」
あいつ、アホだな……。
お客さんも少しずつ増えてきて、みんながそれぞれ忙しくなる。俺は自分が受注したななみ達の分を自分で作る。はばねろたこ焼き頼むとかなんだよ、そもそもそんなもん用意してねえよ。仕方ないので、辛くなりそうな調味料を片っ端から入れていく。
さすがにそれだけだと悪いし申し訳ないので、普通のたこ焼きも追加で作る。これはあれだ、俺との約束を守らなかった罰だ。
作ったたこ焼きを机に持っていく。
「はい、これはサービスだ」
二人の前にそれぞれの頼んだたこ焼きを置く。それから真ん中にサービスのものを置く。
「わあ、すごくおいしそうです! ではいただきます……おああああああああおおおおおおおおおおッッッ!?」
思っていたよりもずっと辛く出来上がったらしい。今まで聞いたことのないくらいの低い声が聞こえた。女の子もああいう声出すんだなー。
けほけほ言いながら俺が出した水を飲む。涙目になりながら、俺の方を向く。
「ぜん、ばいっ!?」
「これはあれだ、約束を守らなかった罰だ。これに懲りたら人の前で俺をお兄ちゃんとは呼ばないことだな」
「ううう、ごめんなざい……あ、こっちのはおいしい」
俺がおまけで作ってきたたこ焼きを一つ食べたななみは、すぐに機嫌を取り戻す。単純なやつだな。
「先輩、こっちはおいしいです!」
「おう、そりゃよかった」
「でも、これも結構美味しいですよ」
ぱくりと、激辛たこ焼きを口にした遠藤さんが、平気な顔してそんなことを言う。
いやあ、さっきのななみ見た感じ結構やばかったよ? 平気なの?
「え、マジで? ……がっらあああああああああああいッ」
そんなもんかと一つ食べてみるとやっぱり辛かった。辛いっていうか、もう舌が痛い。目の前にあった水を手にとって一気に飲み込む。
「先輩、間接キスですね」
「ごめん今そういうのにつきあってられない……」
「軽く流された!?」
想像を絶する辛さだぞこれ、平気な顔して食べてるとかこの子人間じゃないんじゃないのか? ななみの友達だし、有り得るぞこれは。ななみの友達人間じゃない説。
「私、辛いの好きだからかもしれません。本当にイケます」
もう一つと口にする遠藤さんはもう信じられない。
「まめちゃんは、超人なんですね」
「違うけど?」
「人間じゃねえよ……」
「すいません人間です」
それから二人は暫し楽しそうに喋りながらたこ焼きを食べていた。忙しくなり始めたので、俺も仕事の方に戻る。
入学式、一人で学校にさえ辿りつけなかった風波ななみ。少し前に会った時も、仲の良い友達はいないと言っていた。でも、今彼女には隣に友達がいる。もう一人ではないのだ。
一度だけ、俺は校内でななみを見たことがある。
あれはまだ、入学式から間もない頃だったと思う。一人で校内をうろうろしている姿があった。移動教室の最中だったのか、一人で散歩していたのか、それは俺には分からないけれど、その時はまだ一人だったのだ。
たまたまだったのかもしれない。でも、あの時のななみは、初めて会った日と同じような不安げな顔をしていたのだ。分からないことがあっても、それを誰かに聞くことは出来ない。頼れる相手もいない、孤独な日々だったのかもしれない。
だから、こうして一緒に創立者祭を回ってくれる友達が出来たというのは、何というか嬉しいものだ。
やっぱり、妹みたいな感じなんだよなあ。
「先輩、ごちそうさまでした! 忙しそうなので、いきますね!」
たこ焼きを食べ終えたななみが、教室を出る前に一度立ち止まり、俺に話しかけてきた。ちょっと距離があったにも関わらず、彼女は奥せず大声を出す。いろいろ足りないけど、度胸はあるんだよな。
「おう、楽しんでこいよ」
ななみ達の元まで駆け寄って、俺は軽く手を挙げる。
「はい! 堪能してきます!」
ブンブンと手を振りながら、ななみは教室を出て行く。その後を追ってぺこりと一礼した遠藤さんも教室を出た。
「ななみ!」
まだそんなに距離はない。大声でもない、普通のボリュームで俺がななみを呼んだ。廊下を歩こうとしたななみがこちらを振り向き、首を傾げた。
「よかったな」
「? ……はいっ!」
俺の言った言葉の意味が届いたかは分からない。
でも、もう大丈夫だろう。昔の俺は分からなかった、でも今なら分かることがある。一人ってのは孤独だ。一人が好きな人はいるし、俺だってそうだ。でも、一人でいることに耐えられる人間はいない。
俺にも大事な友達ができて、それを初めて理解した。
あいつの横には、もういるんだ。
俺ではない、大切な友達が。
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